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5-1. 出会い
しおりを挟む「……だから、ごめんねー」
「うるせえ! なんで俺の相手ができないんだよ!」
ダメだ。完璧なる酔っ払いだ。俺はさっきから何回も繰り返しているやり取りに、うんざりとため息をついた。
「また今度会った時に、ね?」
できるだけ興奮させないように、穏やかかつ冷静な声を意識して出す。
日本にいた時も酔っ払いはいたけどこの世界だと体格が違う。もし軽くでも殴られたら、俺の骨の一本や二本は簡単に砕けるだろう。走って逃げようにも酔っ払いの獣人の方が遥かに早いからそうもいかない。
最後の最後で、面倒な奴に引っかかっちゃったな。
獣人は酒に強い。だがその分浴びるように飲むから、たちの悪い酔っ払いになる奴も多い。レオンと違って手と口だけで「仕事」をする俺は、勢い余って押し倒そうとしてくる酔っ払いは極力避けていた。シラフそうな奴に声をかけていたんだけど……今日最後の客の予定だった男は、かなりの酔っ払いだったみたいだ。多くの獣人は、顔が赤らむことも千鳥足になることもないから話しかけるまで分からなかった。
やっぱり男娼っていうのはこういうリスクも高いな。特に俺やレオンは、どこの娼館にも所属していないから、用心棒になってくれる人もいない。
まぁ娼館に属するとそれだけピンはねされたり、本番しなきゃいけかったりでデメリットが多いから、するつもりはないんだけど……それでもこういうことがあると、この商売の大変さを実感する。
その小さい口に突っ込みたいだの、ケツの穴も可愛いんだろうとか卑猥なことを大声でわめきたてる男に、俺もいい加減イライラしてきた。
「だからさ、他をあたってよ」
「うるせぇ! てめぇなんか汚い淫売だろうが! 黙って脚開いてればいいんだよ!」
トン、と肩を押されて__と言っても俺には本気で突き飛ばされたくらいの衝撃がある__その場に転がってしまった。
「っいて!」
跳ね飛ばされてべたんと尻もちをついた俺を、犬の獣人らしき男は興奮しきった瞳で見下ろしていた。グルグルと唸る声が地を這うように響く。
……マズイ。
今までもちょっと酔っぱらって乱暴な獣人とか、俺のこと抱きたいとか言ってしつこい奴はいた。でもそいつらも『俺の獣性が薄いから』っていう理由で、手を上げることは絶対にしてこなかった。口で嫌だと言えば、しぶしぶながら諦めてくれた。だから俺は、獣人の男のことを舐めていたのかもしれない。いくら酔っ払いで理性を失っていても、せいぜい怒鳴られて終わりだろうって。
犬の獣人の大きな掌がゆっくりとこちらに伸びてくる。頭の中でぐわんぐわんと警鐘がなるのに、何も反応できない。どうしよう。どうしよう。そんな言葉ばかりが頭の中を駆け巡っていた、その時。
「っ! おい、子供相手になにをしている!」
綺麗な真っ白い|鬣(たてがみ)が、目の前に飛び込んできた。
「うるせぇ!お前には関係ないだろうが!」
「目の前で暴力沙汰を起こしておいて、よく騎士団員にそんなことが言えるな。いい度胸だ」
白い鬣……に見えたのは、綺麗な銀髪をした獣人だった。しなやかで均整のとれた体は、大柄な酔っ払いよりもさらに頭一つ大きい。凍える様な声とともに男が手をひねり上げると、犬の獣人からキャンといった情けない高い声が上がる。
「騎士団員……! ?ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ俺はなにもしてねぇよ!」
「彼が勝手に転んだとでもいうのか?」
「俺は触っただけなのに、こいつが大げさなんだよ!」
「反省の色もないようだな……」
キャンキャンとまさしく負け犬らしい声が酔っ払いから上がる。その声に、俺はどうやら騎士団、つまりこの国の軍人かつ警察の獣人に助けられたとようやく理解した。二人は言い争いながらも力関係は明白だった。このまましょっぴいてやろうか、というところで、俺は慌てて声をかけた。
「あの……すみません。俺は大丈夫ですから、放してあげてください」
助けてもらったのはありがたいが、|大事(おおごと)にはしたくない。この酔っ払いを警邏に引き渡して、俺の身柄まで調べられたら困る。俺は身分を証明できるものなんて何一つとしてないし、なにしろ「ニンゲン」なのだ。
俺の言葉に銀髪の獣人が手を放すと、犬の獣人は「覚えていろ」など悪役らしいことを言いながらあっという間に路地の彼方に消えて行った。
「……立てるか? 怪我は?」
大柄な男から、低い声がかかる。よろよろと立ちあがり、そして男の顔を初めて正面からみて……俺は息をのんだ。
月の光を受けて輝く銀の髪。男らしく引き締まった口元に綺麗にとおった鼻筋。酷薄そうな薄いブルーの瞳が、彼の鋭利な美貌をますます近寄りがたいものにしている。見上げるほど大柄な体は、服の上からでも分かるほど綺麗な筋肉に覆われて彫像のようだ。
騎士団の制服に身を包んだ男は、男である俺でもぽかんと口を開けるほど格好良かった。
「……うわすごいイケメン」
「何か言ったか?」
「あ、いえ何でもない、です。助かりました。ありがとうございます」
俺はなさけない耳を隠すようにフードを深くかぶりなおすと、ぺこりと頭を下げる。彼に比べたら骨と皮のような体も、薄汚れた服も少し恥ずかしいとすら思った。ここに来てからそんなこと思ったこともなかったというのに。
「いや。問題ない。それより行かせてしまって本当に良かったのか?」
「あはは。ちょっと転んだくらい大丈夫ですよ。でも本当にありがとうございます」
へらりと締まりなく笑って、俺はこそこそと彼の視界から逃げ出そうとすると声を掛けられた。
「待ってくれ。帰るのか?家まで送ろう。」
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