2 / 12
2.出会い
しおりを挟む『そこのモノは何だ?』
それが初めて魔王様から掛けられた言葉だった。
私の両親は悪魔の中でも非力な存在で、魔界のごく浅い部分に住んでいた。
だが私を生んでそれほど経たずして、両親ともに人間に狩られ、私を残して灰と消えてしまった。
ようやく私が一人で走りまわることができるようになった、それほど幼い頃だった。
幸か不幸か、端くれとはいえ私も魔族だから体は強い。
木の根をかじり泥水を啜る生活でも命だけは辛うじて繋がっていた。
もちろん体は痩せ細り、髪はパサつき、着の身着のままで、目を背けたくなるほど汚れていた。
それでもたった一人になってから、かれこれ数年は経っていただろうか。
大人とは言い難いが、幼かった体はいくらか大きくなっていた。
魔王様の軍が通ると聞いて、とりあえずその場に跪いて頭を下げていたところで掛けられたのがその言葉だった。
道端に転がっている私を見て、『モノ』と言った魔王様の気持ちがよく分かる。
泥と垢に塗れた私が、同じ魔族だということすら信じがたかったのだろう。
『孤児のようでございます』
『孤児か……これも、天使どもが無為な力を行使するせいだな。人間に加護など与えても碌なことをしない』
『仰る通りで』
魔獣に騎乗した魔王様とその側近たちが、難し会話を頭の上で繰り広げている。
自分のことが会話に出たのだと朧気には分かったけれど、かといって声を掛けられたわけでもなく、ただ私はその場に這いつくばっていた。
恐る恐る顔を上げて見ると……そこには、息を呑むほど美しい魔王様がこちらを冷めた瞳で見据えていた。
生まれて初めて目にする、あまりにも端正な顔立ちと肌を刺す魔力。
目が合ったのは分かったし、それが不敬なのだろうとも思ったけれど瞳を逸らすことすらできない。
私がただただ口を開けて惚けていると、低い声が掛けられた。
『名は?』
『……なまえ』
言葉は辛うじて分かった。
学はないけれど、最低限の会話程度は、周りを盗み聞きして覚えていた。
だけどその頃には、自分の名前を呼んでくれる人などずっといなかったから、とっさに言葉が出てこなくて、私は間抜けのように口を開いたり閉じたりした。
ああ、こんな失態を魔王様の目の前で演じてしまうなんて。
不興を買ってしまう。
腕の一本や二本、いや、虫のように命さえ取られてしまうかもしれない。
だって穏やかだと公言する人間ですら私の両親を殺してしまったのだから。
言葉が口から出なくて、そのことに余計焦って息が苦しくなる。
服の胸元をぎゅっと握りしめて泣きそうになっていると、魔王様は魔獣から降りて地に足をつけた。
『ひっ!』
殺されてしまう。
きっとあっという間に、粉々にされてしまう。
近づいてくる足音が恐ろしくて私は強く目を瞑る。
だけど。
魔王様は、腰を抜かして地面に座っている私をその腕に抱え上げた。
ゴミと区別がつかないほどに汚れている私を、その腕に。
『へ……?』
強く瞑っていた瞳をそっと開くと、すぐ目の前に魔王様の血のように赤い瞳。
無表情のまま私を見つめているその瞳は、何度かゆっくりと瞬きをした。
『名前がないのか?』
『……あ、……あ、あります!……でも、覚えていなくて』
『そうか』
なぜか私を抱えたまま魔王様は再び魔獣に飛び乗る。
私が目を白黒させていると、冷たい瞳のままの魔王様が薄っすらと笑うような気配がした。
『では思い出すまで、我が城にいるといい』
低く静かな声で彼はそう呟くと、あっさりと私を魔王城まで連れて帰ってしまった。
側近たちは少し呆れていたようだけど、魔王様である彼に逆らえるはずなんてない。
魔王城に着いたら、風呂に入れられ真新しい服に着替えさせられ、たっぷりと食事を与えられて。
そうしてあれよあれよという間に私は小姓の座に収まった。
学も魔力も体力もない私にできることなんてあるのかと思っていた。
けれどこまごまとしたことをお手伝いし、魔王様の身の回りのお世話を覚えるのは生まれて初めて感じた程の喜びだった。
周りから少々のやっかみや非難の声なんかもあったけれど、魔王様のお近くに居るせいかそう危険な目にも遭うことはなかった。
それから早いものでもう200年は経っているだろうか。
結局私は一向に名前を告げることはできなくて、いつからか魔王様に『レヴィス』と呼ばれるようになった。
私も今ではその名を名乗っている。
魔王様は、美しく恐ろしく、それでいて驚くほどお優しかった。
圧倒的な美貌に、最初はただただ恐ろしい方だと思っていたが、側に仕えるうちに彼の優しさに触れて……どんどん惹かれてしまった。
天界と対峙する時は味方でさえ震えあがるほどなのに、執務を終えて部屋に戻ると、穏やかで温かい。
本当なら目を合わせることすらできないほどの立場なのに。
そんな彼に、心が囚われないわけはない。
だけど残念なことに、彼の食指が動くのは純粋そうな美青年や美少年。
可愛げのある『人間』ばかりだ。
間違えても部下なんて抱いてはくれない。
間違えても、純粋でも可愛げがあるわけでもない悪魔なんて、抱いてはくれない。
……そのことを考えると、胸の奥から黒い靄が湧き出てくるようだった。
たとえ取り縋って泣いたとしても、相手にされるはずがない。
ましてや悪魔としても落ちこぼれでパッとしない私なんて論外だ。
人間が少しの間抱かれたところで、ひと時の夢を見るだけだと分かっている。
それでもあの腕に抱かれる姿を想像するだけで嫉妬に胸が焦げた。
しかも私は、好きな人が抱く相手をわざわざ探してこないといけないなんて。
この胸の中の思いは日に日に大きくなってしまって、今にも破裂しそうだ。
「……もう、辞めようかな」
520
あなたにおすすめの小説
鬼の愛人
のらねことすていぬ
BL
ヤクザの組長の息子である俺は、ずっと護衛かつ教育係だった逆原に恋をしていた。だが男である俺に彼は見向きもしようとしない。しかも彼は近々出世して教育係から外れてしまうらしい。叶わない恋心に苦しくなった俺は、ある日計画を企てて……。ヤクザ若頭×跡取り
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。
お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)
番に囲われ逃げられない
ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。
結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。
騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】
おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。
親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた
こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる