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5.告白

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「悪かったなルース。王子に盾突かせてしまった」
「私はいいんだ。どうせ王子に気に入られていなかったし」

 アルガーノン様は明るくて派手なお人柄だ。私のような地味な人間はあまり好いていないように思う。もしギルバートが彼の補佐であったなら、きっと今頃取り立てられているだろう。

「そう思ってるのはお前だけだろ。俺の友人の中でルースが一番の秀才なんだから、きっと王子も頼りにしてる」
「秀才なんかじゃない。……ただ暗いだけだ」
 
 ただ暗いだけというのは本気で言ったのだけれど、ギルバートはそれを冗談だと思ったようだ。小さく笑うと、がばりと私に抱き着いてきた。

「……!? ギル?」
「暗くないさ。その遠慮深いところも魅力的だよ」

 魅力的なものか。
 そう反論したいけど、圧し掛かられる体重に緊張してしまって私は目を白黒させていてそれどころじゃない。ぎゅうぎゅうと強い力で抱きしめられたまま、耳元で囁かれた。

「親友のルースには、失恋の癒し方を一緒に考えてもらわなくちゃいけないな」
「癒し?」
「ああ。そうだ、今度また一緒に家の南の領地に行かないか? 二人で遠乗りをして、狐狩りに行こう。きっと楽しい」

 抱きしめられたままなので声が耳の近くで響いて心臓が跳ねる。

「久しぶりにゆっくり過ごして、傷心の俺を癒してくれ」

 そう告げられて、背中に回された手にさらに力が籠められる。
 間近で感じる体温に、私は顔が赤くなっていくのを感じて、あわてて逃げようと体を揺すった。


「待ってくれ、その、腕を放して……というか、私は恋愛経験が皆無だから」
「ルースはずっと勉強が恋人だったもんな」
「そうだよ。私はずっと片想いしていて、他の誰も好きになることができなかった。だから失恋を癒す方法は分からない」

 恋を失ったばかりのギルバート。だけど私は恋人どころか恋が成就することすらなかったのだ。そんな人間に気の利いた慰めができるはずがない。ついでに言うと私の状況だって悲惨だろう。そんなつもりで、ずっと秘めていた恋心を彼に告げてしまった。もちろんギルバートを好きだなんて絶対に伝えられないけど。

 だが。
 てっきり笑うかと思っていたギルバートが、なぜか私の言葉にびしりと体を硬直させた。

「…………は? 片想い? 好きな人がいたってことか?」
「え? あ、痛!」

 ぎゅ、と抱きしめられていた腕に力が籠められる。その尋常じゃない強さに思わず悲鳴を上げると、ギルバートは慌てたように体を離した。だが離れた腕にがしりと両肩を掴まれて固定され、今度は鼻先が触れそうなほど近い距離で顔を覗き込まれた。

「え、ギル? どうし……」
「なぁ、俺それ聞いたことないんだけど。ルースの好きな人ってどんな人? まさかイヴリン嬢に本気なのか?」
「へ?」
「真面目なルースがイヴリン嬢の名前を出すなんておかしいと思ったんだ。そうか。悪い女に騙されていたんだな? 気がついてやれなくて済まなかった。だがイヴリン嬢はすでに若い愛人がたくさんいるんだぞ。お前だけを愛することはない」
「ちょ、待って、待ってくれ」
「そもそも彼女は不誠実すぎる。一体どこで粉を掛けられたんだ? クソ、俺がもっと近くで見張っていれば……!」
「いや、だから! イヴリン嬢じゃないよ」
「なんだと? じゃあ一体誰だ。……まさかアルガーノン王子だなんて言うなよ?」
「ちょ、ちょ、痛い! 肩痛い!」

 ぎしぎしと再び強すぎる力で肩を握られて、悲鳴を上げて身を捩る。

「悪い。ルースに好きな人がいるなんて驚いてしまって、つい」

 そう言いながらもギルバートは手を放そうとしない。多少力を緩めてはくれたけど掴まれたままだ。それにさっきから爛々と光る瞳が私を射抜いていて、どこかぞくりとしたものが背筋を走る。ギルバートは一体どうしてしまったんだ。レイナ嬢のことで落ち込んでいたさっきよりも、なんだか焦っている気がする。
 どこか背中に怒気のようなものを背負ったまま詰め寄ってくるギルバート。彼に気圧されて私はたじろぎながら口を開いた。

「大丈夫。……あと、好きな人はもう諦めたから、今は私もギルと同じで失恋したてだよ」

 言い訳にもならない言葉。だけど彼に勘違いされたままだと困ると言葉を重ねる。するとギルは私の言葉を小声で繰り返した。

「諦めた?」
「ああ」

 そうだ。諦めたのだ。不毛な恋には決別したつもりだ。

「俺と同じ、失恋したて……か」
「ギルが一緒にされて嫌じゃなければ」
「嫌じゃない」

 しっかりと恋人ができて、それを盗られてしまったギルバートとは違うかもしれないけど。でも私は今の彼と同じようにずっと心に痛みを抱えてはいる。今だって、彼の顔を見て声を聞いているだけでまだ胸は痛んでいるのだ。

 そんな私の顔を穴が空くほど見つめていたギルバートは、また何やら苦悩するような表情になり……それからふと肩の力を抜いた。そして顔に、今までに見たことのないような複雑な笑みを浮かべて口を開いた。

「なぁ、ルース。だったら俺がお前の失恋を癒してあげるよ」
「私の?」
「ああ。……だから俺と、付き合わないか?」

 そう言いながら、肩に置いた手を私の顎へと滑らせてくる。そっと撫でられてくすぐったいはずなのに、私の頭は彼の予想外な言葉に占められてしまった。

「…………ギル?」
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