売れ残りの神子と悪魔の子

のらねことすていぬ

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3-2.騎士

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砂利を踏んで耳障りな音がする。
簡単なサンダルしか履いていない足元は走るのには向いていなくて、足元を取られてその場に膝をついた。
いい大人がこんなに必死に走って、しかも顔は泣きそうだし誰かに見られたら最悪だ。

それにしても俺はバカだ。
俺はとんでもないバカだ。

レーンはたまたま掃除夫として出会った少年で、恋愛の相手として見ることすらできないのは分かっていたじゃないか。
想いを伝えなくていい。
きっと彼には俺よりも大事な誰かがいる。
今はいなくても、いずれ俺のことなんて忘れ去る。
何度もそう自分に言い聞かせていたつもりなのに、この俺の取り乱しようはなんだ。

まさかいつか彼と心が通じるとでも思っていたのか?
彼の社交辞令のような言葉が本当だとでも?
そんなことあり得るはずない。

いい大人なのにあまりにも滑稽な自分自身に嫌気がさし、砂利の敷き詰められた地面を殴ろうとして。
振り上げたその手が強く掴まれた。



「どこへ行く気?」


冷たい、温度のない声音。
それでもゾクリとするほど魅力的なそれに、まさかと思って振り返ると。
レーンがこちらを冷たく見据えていた。

なんで、ここに。
彼は神子を選びに神殿に来たんじゃないのか。
レーンにお似合いの相手を見つけているんじゃないのか。
彼が騎士になることすら教えてもらえなかった俺のことなんて、放っておいてくれればいいのに。

ただ訳が分からず首を横に振って、腕を放してもらおうと子供のように体を揺する。
情けない顔を見て欲しくなくて顔を俯けると、彼はまるで怒りを堪えるかのようなため息を零した。


「……僕が神殿に来て、怖くなった?」


怖く、は確かになった。
彼が他の神子を選んで、近寄ることすらできなくなるのがとてつもなく恐ろしい。
まだあと少しくらいは一緒にいられると思っていたのに、急に取り上げられて心臓が止まりそうなほど苦しい。
だけど幼く優しい彼にそんなこと言って困らせることもできなくて、俺は口を噤んだ。
すると彼が掴んでいた手を強く引いて、無理やり腕の中に閉じ込められる。


「あなたが、僕のことをまだ子供だと思っていたのは分かってた。騙し討ちみたいにしてごめんね。……だけど、あなたは僕のものだから。他の男は絶対に駄目だ。僕が貰う」


苦しいくらいに強く抱きしめられて、耳元でささやかれる。


「なに、言ってるんだ……?」

「まだよく分かってないのかな?だったら混乱しているうちに連れ去ろうか」


そのままひょいと子供のように担ぎ上げられて俺は目を白黒させた。
彼の細い体のいったいどこにこんな力が隠されていたんだ。

それ以上に彼の言っていることが理解できない。


「ま、待ってくれ!レーン、降ろしてくれ!」

「ダメだよ。降ろしたらまた逃げようとするでしょ?絶対に逃がさないけど、逃げようとされるだけで腸が煮えくり返るからダメ。優しくさせてよ」

「逃げない!逃げない、から!約束する!」


バタバタと足を揺すると、諦めたかのように小さなため息がつかれた。


「……逃げる素振りでも見せたら、縛り上げる。そのまま二度と外を歩かせないから覚悟してね」


なにやら物騒なことを言いながらも、レーンはそっと俺を地面に降ろした。
未だに二の腕を強く掴まれたままだけれど。
まっすぐ間近で見る礼服姿の彼に、今更ながら顔に朱が上った。


「レーンは、その、騎士になったんだな。」

「そうだよ。それなりに実家に金も権力もあるし、妥当だと思うけど。僕なんかがなるのは不服?」

「そんなわけない!レーンは、格好いいし魔力も強いんだろ?貴族っぽいなって思ってたし、不服とかじゃない」

「じゃあ何で逃げたの。」


情けなく神殿から逃げ出したことを指摘されて、思わず言葉に詰まる。
まさかレーンが格好いいから、彼が好きだから他の神子に取られるのを見ていたくなかったなんて言い出せない。
彼と少し仲良くなった気でいた俺が、彼が騎士になることすら知らされていなくてショックを受けたなんて言えない。
それを言ったら彼が思った通り、醜く彼に選んで欲しいと身の程知らずにも願ってるみたいじゃないか。

黙りこくる俺を冷めた視線で刺したレーンは、冷ややかな空気を発したままだ。


「まぁ、別に言わなくていいよ。どうせ何言われたって関係ないから、早く戻ろう。専属の申請をしないと」


再び腕が俺を持ち上げようと伸びて来て、びくりと体が震える。
彼は、俺を連れ戻す気なのか。

それで専属の申請って、もうどの神子にするか決めてるっていうことだろう。
神殿に連れ戻されて、レーンが誰かと専属契約するところを間近で見ろとでも言うのか。

それは彼が俺を意識していないからなのか、俺への牽制なのか分からないが……そんなの耐えられない。

俺の好きになった人は残酷だ。
はっきりと引導を渡してもらわなければいけないんだろう、と震える唇を開いた。


「俺みたいなおじさんが何言ってるんだって思うだろうけど……俺はレーンが好き、なんだ。だからレーンが誰かを選ぶところは見たくない。俺は売れ残りで外れクジだって分かってるけど、それでもレーンが他の誰かと専属を結ぶことを祝福できないんだよ。だから一緒には行けない。」


俺が途切れ途切れに呟いた言葉にレーンが息を呑む音が聞こえる。
遥かに年下の彼にこんなこと言って、不愉快な思いをさせてしまって申し訳なくて体を縮こませた。


「気持ち悪いよな、ごめん。掃除は、これからは別の人にしてもらってもう顔を合わせないようにするから、もう目の前に現れないから……許して欲しいとは言えないけど、」


今日までは君を好きでいさせてくれないか。
その言葉を口に出していいか迷っている時。
不意にレーンが鋭い声を発した。


「冗談でしょう?」


彼の顔を振り仰ぐと、邪眼まで発露している。

ああ、やっぱり気持ち悪いと罵られるのか。
冗談なんかじゃない、本気なんだ。
でも嫌がっている相手にそれを告げられるほど勇気はなくて唇を戦慄かせていると、レーンの腕が俺の後頭部を掴んだ。


「……っ、い!」

「呉木は、僕が必死に口説いてもちっとも靡いてくれなかった。なのに、僕が好き?」

「いや、口説くって、あの社交辞令?」

「社交辞令じゃない。僕はいつも本気だって言ってた……ねぇ、僕のこと好きって本当?」


怖い、彼の真剣な顔が近づいてくる。
吐息が触れ合いそうで恥ずかしくて辛くてやめてほしいのに、俺を拘束した腕は力強くて身動きが取れない。
観念して涙声で『本当に好きだ』と呟いたら。


すぐ傍にあった唇が、俺の唇に合わせられた。


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