まいにち、晴れて

満奇

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坂本凪の悪夢1

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 水曜日、辻のバイト先に行くか行かないか迷って、結局行くことにした。カフェなんておしゃれ大学生やOLが集っていそうな場所に一人で行くのは気が引けたが、小西たちを誘うことは出来なかった。

 ただの友だちでいると強く決心したのだから、「友だちになったんだ」とか言って、紹介すればよかったと今は思うが、辻に恋心を抱いているという後ろめたさが、俺の行動を妨げていた。時間がたてばきっと、それも振り切ることができるだろう。

 

 辻のバイト先は、大学の最寄り駅から二駅の駅前すぐにあった。ミシュレという名前のカフェは、ケーキがおいしいことで有名らしいが、ランチやディナーも提供しているらしい。一人でケーキを食べる勇気はなかったから、大学で昼飯を食べずに来た。男ひとりでもランチならなんとか格好がつくんじゃないかと考えたからだ。まあ、それでも変な目で見られそうな気はしてるけど。

 辻に会うことと洒落たカフェに入るという2つの緊張を抱えながらも、なんとかカフェのドアを押して入った。チリンと可愛らしいドアベルの音がなり「いらっしゃいませー」という爽やかな声がした。それが辻のものだとすぐにわかって、なんだか気恥ずかしくなる。

「坂本、来てくれたんだね」

「あー、うん・・・暇だしな」

 辻は満面の笑みで「ありがとう」と言うと、少し澄ました店員の顔になって「お客様こちらへどうぞ」と店内へ案内してくれた。

 辻が通してくれたのは、2人席のテーブルで、壁のすぐ横のため、他の席からは少し見づらい位置だった。どうやら配慮してくれたらしい。

「本日のランチはハンバーグ、パスタランチはキノコと地鶏の和風パスタ、サンドイッチランチはたっぷり野菜とローストビーフのサンドとございます」

「あ、ハンバーグで」

「かしこまりました」

 口調は店員なのに顔は笑顔で、いつも接している友だちとしての辻だった。そのギャップがおもしろくて、俺もクスッと笑ってしまった。それを見て、辻もまた笑う。

「うちのハンバーグおいしいから、ちょっと待っててね」

 オーダーを取り終わった辻は、そう言い残して、笑顔のまま奥へ引っ込んでいった。



 しばらくすると、辻が湯気のあがったおいしそうなハンバーグを持ってきた。目玉焼きまでついていて、卵が好きな俺は軽率にテンションが上がってしまう。

「本日のランチでございます。スープはコーンポタージュです」

「ありがとう」

「ふふ、ほんとは坂本が食べるとこ見てたいんだけど、仕事だから、また覗きに来るね」

 そう言って辻は、手をひらひらと振って見せた。なんだよ「食べるとこ見てたい」って。辻の言動が心臓に悪すぎて、しばらくドキドキしていたけど、目の前のハンバーグの誘惑がすごすぎて、すぐナイフとフォークを握った。

 一口口に入れる。・・・うまい。肉汁から旨味を存分に感じる。

 自分で作るのとは、まったく違うクウォリティーに感嘆しながら手を動かした。

「お水お注ぎします」

 無我夢中で食べていると、声をかけられる。男の声だが辻ではなかった。ただ、聞き覚えがありすぎる声でもあった。ハンバーグを口に移す手が止まり、店員の方を見て、目を見開いた。

「誰かと思ったら兄貴じゃねーか」

相手は店員とは思えない相手を威圧するような態度で、俺を見下し、にやりを笑った。

「こんな偶然あるもんなんだな」

「坂本―、水足りてる?」

 最悪すぎるタイミングで辻が現れた。どっちの坂本に声をかけたのかはわからないが、現れた彼は俺たちの様子に気付いたようだった。

「どうした・・・?」

「ねー辻さん、今日来るかもって言ってた可愛い友だちって、この人?」

 俺と辻を交互に見て、店員・・・弟の文高は笑う。

「そうだけど」

 だめだ、無理だどうしたら助けて助けて怖いなんでこんなことに

 文高のいる空間に耐えられなくなって、俺は急いで鞄から財布を取り出し、「これ、お代」と2千円をテーブルに叩き付けて、逃げるように店を出た。
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