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第三部
69.異国の少女 1
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翌日、起きてみると体が重かった。
初日は半日だけのレッスンだったけど、これからは一日フルになるからますます大変になるだろう。
朝早くからストレッチと氷上練習があり、そのあとリフト用の陸上レッスンがあって――これは日本では経験したことのないことが盛りだくさんだったのでとても貴重ではあったのだけど――、午後のレッスンに入るころには僕はもうかなりぐったりしていた。
陽向さんも多少は疲れているようではあったけれども、まだまだ余裕の表情で氷に乗っていた。日本では朝五時からレッスンのことも多いからねと笑っていた。僕は日本では朝練に参加してなかったわけだけど、だから疲れやすいというわけではなくて、日本にいる時よりもはるかに本気を出していた。体を動かすという面だけでなく、頭を使うという面でも。
『二人は、二人で一つなんだよ』
『素晴らしいユニゾンは見る人の心を打つんだよ』
『ユニゾンというのはね、動作を揃えてやることとは違うんだ。二人の間につながりがあるから、ユニゾンが生まれるんだよ』
同じような言葉を何度も何度も繰り返される。つまりそれは僕たちがまだ、二人で滑れていないということなんだろうか。
先生は僕たちのClose to Youを、このテーマを学ぶのに最適なタイトルだねと言った。
『君たちはClose to Youという音楽を、どんな風に分かち合いたいと思っているだろう?』
リンクの向こうで滑る二人組を先生が指さす。ウエストサイドストーリーを滑る、例の特別な二人だ。
『二人が見えない何かで繋がっているようだろう?』
二人の間には、見てはいけない何かが見えた。
陽向さんと僕はよくプログラムについて話し合うようになった。
「制覇君、Close to Youの意味は分かる?」
「日本で調べてきました。歌詞も」
close to は「近くに」という意味。
意中の男性の近くにいたい気持ちを、女性サイドから歌った曲だ。
「そう――じゃあそこは問題ないとして。この先どうすればいいのかしら。音楽を分かち合う……音楽を分かち合う……」
何度も何度も僕たちはプログラムを滑り、言葉を交わした。
Close to You。
二人のつながり。
考えながらウエストサイドストーリーを滑る二人に目を向ける。見るからに特別な関係の二人。
この二人の間にあるものって、つまり――そういうことだよな。
これは女性サイドからの歌。そう考えると、このプログラムは僕の方からどうこうできるものではないのかもしれない。陽向さんから僕を慕ってくれないことには。
でも、それは演技であっても難しいのでは……。ここに来る途中で陽向さんの友だちが、僕を見て何と言ったか。
「どうしたの、制覇君。遠い目をして」
「……いえ」
それに人前で恋だの愛だのを演じるなんて、あまり気が乗らない。何かになりきったような衣装を着て劇のようなダンスをする選手もよくいるけれど、僕はそういうのは受けつけない。
だけどもしかするとそれが表現力というものなのかもしれない。将来シニアで成績を出すには、そういうのが必要なのかも……。
「そうだわ、この話はしたかしら? フォックストロットっていうのはね、キツネの小走りっていう意味なんだとばっかり思ってたら、踊った人の名前に由来してるんですって。つまらないわよね。キツネがトコトコしてるとこ思い浮かべながら滑った方が、絶対にいいと思うんだけど」
「そ……そうですね」
陽向さんの頭の中には、どんなロッカーフォックストロットが広がっているんだろうか。
『次は三〇分後に、トレーニングルームでー! 各自水分取ってねー!』
氷上レッスンが終わりコーチから声がかかると、みんなゲートに向かって動き出した。僕の目の前を、アシュリーが過った時だった。
「『アシュリー!』」
僕は反射的に、彼女に声をかけていた。
「『もう一度、僕と滑ろう』」
それは僕が作ったことのある英作文の中で、一番難しい英作文だった。僕はアシュリーと最後まで滑りきってみたかった。隣で陽向さんが目を丸くした。
「制覇君……英語しゃべれるの?」
「え? あ、ほんとだ」
驚いている僕の方にアシュリーは振り返り、そしてにっこりと笑った。
『ごめんなさい』
なんでにっこり笑いながら、断るんだよ~!?
横から笑顔でバーリントンが入ってきた。
『悪く思うな。この子は、下手なリードでは滑れないだけなんだ』
「え?」
『余計なことしゃべってないで、行きましょ』
アシュリーがバーリントンを無理無理とその場から連れ去っていく。陽向さんが気まずそうな目で僕を見た。
バーリントンに何を言われたのかは聞き取れなかったけど、だいたいの見当はついた。
僕はその日から陽向さんとClose to Youを追い求める一方で、練習の合間にアシュリーを追いかけるようになった。
『今は時間がないわ』
『バーリントンと練習したいから』
『休憩中よ、見てわからない?』
しかし色々な理由で断られ、再び滑ることは叶わないまま何日も過ぎていった。
初日は半日だけのレッスンだったけど、これからは一日フルになるからますます大変になるだろう。
朝早くからストレッチと氷上練習があり、そのあとリフト用の陸上レッスンがあって――これは日本では経験したことのないことが盛りだくさんだったのでとても貴重ではあったのだけど――、午後のレッスンに入るころには僕はもうかなりぐったりしていた。
陽向さんも多少は疲れているようではあったけれども、まだまだ余裕の表情で氷に乗っていた。日本では朝五時からレッスンのことも多いからねと笑っていた。僕は日本では朝練に参加してなかったわけだけど、だから疲れやすいというわけではなくて、日本にいる時よりもはるかに本気を出していた。体を動かすという面だけでなく、頭を使うという面でも。
『二人は、二人で一つなんだよ』
『素晴らしいユニゾンは見る人の心を打つんだよ』
『ユニゾンというのはね、動作を揃えてやることとは違うんだ。二人の間につながりがあるから、ユニゾンが生まれるんだよ』
同じような言葉を何度も何度も繰り返される。つまりそれは僕たちがまだ、二人で滑れていないということなんだろうか。
先生は僕たちのClose to Youを、このテーマを学ぶのに最適なタイトルだねと言った。
『君たちはClose to Youという音楽を、どんな風に分かち合いたいと思っているだろう?』
リンクの向こうで滑る二人組を先生が指さす。ウエストサイドストーリーを滑る、例の特別な二人だ。
『二人が見えない何かで繋がっているようだろう?』
二人の間には、見てはいけない何かが見えた。
陽向さんと僕はよくプログラムについて話し合うようになった。
「制覇君、Close to Youの意味は分かる?」
「日本で調べてきました。歌詞も」
close to は「近くに」という意味。
意中の男性の近くにいたい気持ちを、女性サイドから歌った曲だ。
「そう――じゃあそこは問題ないとして。この先どうすればいいのかしら。音楽を分かち合う……音楽を分かち合う……」
何度も何度も僕たちはプログラムを滑り、言葉を交わした。
Close to You。
二人のつながり。
考えながらウエストサイドストーリーを滑る二人に目を向ける。見るからに特別な関係の二人。
この二人の間にあるものって、つまり――そういうことだよな。
これは女性サイドからの歌。そう考えると、このプログラムは僕の方からどうこうできるものではないのかもしれない。陽向さんから僕を慕ってくれないことには。
でも、それは演技であっても難しいのでは……。ここに来る途中で陽向さんの友だちが、僕を見て何と言ったか。
「どうしたの、制覇君。遠い目をして」
「……いえ」
それに人前で恋だの愛だのを演じるなんて、あまり気が乗らない。何かになりきったような衣装を着て劇のようなダンスをする選手もよくいるけれど、僕はそういうのは受けつけない。
だけどもしかするとそれが表現力というものなのかもしれない。将来シニアで成績を出すには、そういうのが必要なのかも……。
「そうだわ、この話はしたかしら? フォックストロットっていうのはね、キツネの小走りっていう意味なんだとばっかり思ってたら、踊った人の名前に由来してるんですって。つまらないわよね。キツネがトコトコしてるとこ思い浮かべながら滑った方が、絶対にいいと思うんだけど」
「そ……そうですね」
陽向さんの頭の中には、どんなロッカーフォックストロットが広がっているんだろうか。
『次は三〇分後に、トレーニングルームでー! 各自水分取ってねー!』
氷上レッスンが終わりコーチから声がかかると、みんなゲートに向かって動き出した。僕の目の前を、アシュリーが過った時だった。
「『アシュリー!』」
僕は反射的に、彼女に声をかけていた。
「『もう一度、僕と滑ろう』」
それは僕が作ったことのある英作文の中で、一番難しい英作文だった。僕はアシュリーと最後まで滑りきってみたかった。隣で陽向さんが目を丸くした。
「制覇君……英語しゃべれるの?」
「え? あ、ほんとだ」
驚いている僕の方にアシュリーは振り返り、そしてにっこりと笑った。
『ごめんなさい』
なんでにっこり笑いながら、断るんだよ~!?
横から笑顔でバーリントンが入ってきた。
『悪く思うな。この子は、下手なリードでは滑れないだけなんだ』
「え?」
『余計なことしゃべってないで、行きましょ』
アシュリーがバーリントンを無理無理とその場から連れ去っていく。陽向さんが気まずそうな目で僕を見た。
バーリントンに何を言われたのかは聞き取れなかったけど、だいたいの見当はついた。
僕はその日から陽向さんとClose to Youを追い求める一方で、練習の合間にアシュリーを追いかけるようになった。
『今は時間がないわ』
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『休憩中よ、見てわからない?』
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