芸術で稼ぐ異世界

アズ

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 エマとマーサの展示会はアカデミー主催の展示会場の隣の建物で同じ展示会の日に行われた。
 ウォルターが二人の為に用意した建物は展示会としてだけでなく、いずれ二人がアカデミーを出た時のアトリエとしても使えるように広いアトリエをウォルターが用意してくれたものだった。
 エマは描き直した2作目の日の出と、クレアとアンジェの似顔絵の二点に加え、浜辺、断崖の風景、大都市の冬の景色を出展した。
 マーサは自分の似顔絵、しかも怒った表情にエマとマーサとロビンのアトリエ、更に何点かの風景画を出展した。
 アカデミー主催の展示会で自分達の展示会をやろうとする前代未聞に世間が騒ぎ、ウォルターが新聞に広告を出すなどの宣伝効果も働いたのか、展示会に沢山の人が足を運びにきてくれた。
 そこには貴族の方もいた。
 マーサはお客さんの反応を見ながら、エマの絵を見た。
 エマの絵は日に日に上達していくようで、特に自分の知る画家のモネに作品の雰囲気が近づいていっているようだった。案外、エマは生前画家だったのかもしれない。ただ、自分みたいに記憶がないだけで。
 人生の何回かを経験でもしてなければ、10歳が描くような絵ではないだろう。いや、もう11歳か。



◇◆◇◆◇



 昼頃、自分とエマは近くのパスタを出す店に向かった。昼頃ということもあって、店は混んでいた。店の前には何人か並んで待っていた。
 自分はエマの方を見た。目線は下に向く。やはり、絵を見ると大人が描いた絵だが、身長は子どものままだった。
「どうする?他の店を探してもいいけど」
「ううん、ここでいい」
 自分もそれでいいと思った。どうせこの時間帯ではどこも混んでいると思われたからだ。
 暫くたってから、エマ達の番になり店に入ると自分はいつものメニューを頼んだ。エマも少し悩んでから俺と同じメニューにした。
 当たり前だが、この国に日本食という文化はない。もし、自分の知っている日本の文化に近い国がこの世界にあるのなら、その国に是非とも行ってみたい。なにせ、日本食が恋しいのだ。
 ここのパスタは日本で食べるパスタと比べてかなりコッテリしており、腹に意外とたまる。腹ペコ男子なら日本のパスタ店ではお洒落なパスタが出てきて、そんなに量があるわけでもないのにちょっと高かったりする。そんな小洒落た食事では男子の胃袋は満足させられないが、これなら俺は満足できた。
 この国では朝食はパン、昼はパスタだったりと自分が知る外国の食文化だと思った。
「ねぇ、あなたの国について教えてよ」とエマは突然質問してきた。
「島国だよ。小さなね」
「ねぇ、そこはどこにあるの?」
「どうして?」
「なんでこっちが聞いてるのに聞き返してくるの? あまり言いたくない?」
「いや……俺は日本という国から来たんだ」
「ニホン?」
「ほら、知らないだろ?」
「うん。そこはどんな国なの?」
「どんな?」
 俺はフォークを置いて記憶を遡った。
「日本には美味しい食べ物が沢山あるんだ。例えば魚は生で醤油に付けて食べたりするんだ」
「生で? お腹壊さないの?」
「ああ、大丈夫だよ。この国では魚は生で食べないみたいだけど」
「それが美味しいの?」
「ああ、滅茶苦茶うまい」
「ちょっとだけ、食べてみたいかも」
「そうだな……でも、醤油は流石に手に入らないかな」
「ニホンの物は他では手に入らないの?」
「ああ、手に入らない」
「他にはどんなのがあるの?」
 エマは興味津々に聞いてきた。俺は彼女の質問に答えていっては、彼女は驚いた。
 俺も日本の話しを誰かにするのは久しぶりだ。話しているうちに、なんだか懐かしく感じる。
(まさか、生まれ育った国が今では遠く感じる時がくるなんて……)
 エマは遂に最大の質問を最後にした。
「マーサはさ、なんでカロンに来たの?」
「そうだな……分からない」
「ん?」
「来たくて来たわけじゃないんだ」



◇◆◇◆◇



 昼食を終え自分達の展示会に戻ると、ウォルターがエマを呼んだ。
 エマは手招きに従ってくると、ウォルターのそばに高そうなドレスを着た容姿端麗な女性が立っていた。一目で貴族の人だと分かる。
 エマは貴族に頭を下げて挨拶した。
「ウォルターさんの仰った通り本当に子どもが描いたのね」
「エマです」
「私はヘレンです。小さな画家さん、私はあなたの絵に感銘を受けました。良かったらあなたが今後も制作できるよう援助させて欲しいの」
「え?」
 すると、ウォルターはエマに「ヘレン様はお前の絵が気に入ってくださったんだ」と説明した。
「援助をする代わりに、もし作品を手掛けたら私に優先的に売って欲しいの」
「あの、マーサは?」
「ごめんなさい。私はあなたの絵に興味を持ったの」
 こうなることは分かっていた。平凡な美術部だった自分よりも彼女の方が才能はあった。それは絵を見れば分かることだ。
 俺はなんとかエマの前では気にしていない顔をした。
 しかし、内心は悔しいと思っていた。エマには悪いが、子どもに俺が負けたと思うと、ああ、本当につくづく運に見放されたと思ってしまう。
 本当に絵は好きだった。だが、生前は本気で取り掛かることもせず、大人ぶって現実的になっていた。
 才能がないことは分かっていたが、この世界にきてアカデミーに入った俺は僅かにも夢を持った。
 日本にいたら、周りの大人達に言われ通り、確実な道を夢を追いかけずに違う道へいってしまった。
 だからこそ、前世の記憶を俺だけが持った時、これはもしやチャンスかもしれないと思った。
 だが、いくら夢に続く道を選択したところで、その道は暗く先が見えず歩く人を不安にさせ、引き返そうと臆病な心が自分に訴えてきやがる。そうやって夢を諦め別の少し先の見える明るい道をつい求めてしまう。



 そして、俺はあんなに意気込んでいたのに、もうすっかり心が折れてしまった俺は、別の道を選択していた。



◇◆◇◆◇



 3年後。
 イオ国は独立し、新たな国民主権のも政権が発足した。
 エマは14歳となり、既にアカデミーからは出ていて、ウォルターさんの用意したアトリエで絵を描き続けていた。
 マーサはというと、同じくアカデミーをとっくに出ていており、画家の道は諦めウォルターさんのもとで、労働者やスポーツ選手向けのデザインを描いていた。デザインといっても、自分が前世にいたときにあったファッションデザインをただ記憶の通りに描いているだけで、あとはウォルターさんがその絵を元に制作するといったものだ。ウォルターさんにしてみれば新しいアイデアに見えても、俺はそうではなかった。
 それでも、ウォルターさんにとって俺はアイデア発掘機みたいなものに見えたんだろう。
 発掘先で貨幣がじゃんじゃん生まれてくる。
 しかし、それも枯渇しなければいいが。
 因みに、此方のスポーツは前世にいた世界のスポーツとよく似た競技が幾つも存在した。ちょっとしたルールの違いはあるものの、ユニフォームを考える分には困ることではない。



 エマは二階の東側の部屋を使い、俺は西側の部屋を使った。
 そんなある時、エマが俺の部屋に入ってきた。
「もう絵は描かないつもり?」
「描いてるだろ」
 冗談のつもりで、ウォルターさんに提出する用の新しい服のイメージの描きかけの絵を見せた。
 だが、エマは真剣そうに「そうじゃなくて」と否定した。
 俺は思わずため息をついた。
「自分の絵が好きじゃないの?」
「なんだって?」
「好きなら描けばいいじゃない! 誰かに怒らわれるわけでもないんだから」
「お節介か?」
「え?」
「いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」
「ねぇ、教えて。あなたが3年前に描いた展示会で私とマーサとウォルターさんと、もう一人の男性を描いたあの絵を。なんであの絵を描こうと思ったの?」
 そう言われて俺はハッとした。
 エマの「なんであの絵を描こうと思ったの?」という言葉が自分の脳内でもう一度リピートされた。
 そして徐々に思い出す。だが、完全に思い出す前にエマはそれを言い当てる。
「あの絵の中に自分を描いたってことは、単に思い出の絵を描きたかったわけじゃないんでしょ? あの中に自分を入れたのは、自分がその中に入りたかったからじゃないの?」
(そうだ……そうだった)
 すると、エマは筆を渡した。それは自分が絵を描く時に使っていた筆だった。
 俺はその筆をじっと見てから、気づけば自分はその筆を受け取っていた。



 エマが部屋を出てから俺はキャンバスの前に立った。
(ロビンに悪いことをしてしまった)
 俺はあの絵を有名にする為にも自分が画家として有名にならなきゃならなかった。
 誰かがあの絵を見て、その絵にいるロビンも一緒に注目されるように。
 俺は数年ぶりに本気でキャンバスに向き合い制作に取り掛かった。
 その部屋の外では、一階から上がってきたウォルターと部屋を覗いていたエマと鉢合わせた。
「なにしてるんだ?」とウォルターが聞くと、エマは「暫くマーサの部屋には入らないようにして」とウォルターにお願いした。
「あいつ、どうかしたのか?」
「絵を描き始めたの」
「絵を!?」
 ウォルターは驚いた。
 エマは「それじゃ」と言って自分の部屋に戻っていった。
 一人突っ立っているウォルターはまだ驚いていた。
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