ファン・ミス・ノーウッド

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07 病院 〈前編〉

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 香しいパンに毎朝腹をすかせ小綺麗な道から大通りへ出ると、その通り沿いにウォルターの出勤先が見えてくる。署の一階には毎日のように色んな人が出入りし、それは警官ばかりではない。金属探知機のゲートを通過し、受付前では違反キップをきられた違反者がクレームをしているが、一度も聞き入れられたことはない。彼らはそのことを知らないつもりなのか?
 階段を上がって2階にはそれぞれの課があり、ウォルターは捜査一課の自分のデスクへと向かう。そのデスクは書類やファイルが山積みになっており、更にその上にはウォルター宛ての封筒や書類が上積みされてあった。ウォルターは目の前のデスクを無視して先にコーヒーメーカーのところへ向かい、カップに砂糖多めのコーヒーを注ぐ。そのカップを持ってデスクにある書類をどかしカップを置くとウォルターは腰をおろした。
 すると、隣にいる若手刑事が「ウォルターさん、書類の山をこっちに寄せないで下さいよ」と困り顔で言ってきた。そのデスクはいつも綺麗に整理されてある。
「そこにスペースがあったから寄せただけだ」
「困りますって」
 これはいつものやりとりだ。ウォルターは淹れたてのコーヒーを飲みながら一番上の封筒を破る。ウォルターが事件捜査で依頼した調査結果だ。
「アーサー、10時には出るぞ」
 アーサーというのは先程の若手刑事のことだ。ここに配属されてからまだ2年だ。
 アーサーは一つ返事で準備に取り掛かった。
 ふと、ウォルターは見覚えのない封筒が一つあったことに気づく。差出人を確認するとグレイソンからだった。グレイソンといえば、いつも特ダネ探しに奮闘する記者で、よく署の記者会見の場ではほぼ見かける顔だ。動きやすいようスーツにスニーカーという格好で、ネクタイがいつも曲がっている。あまり外見を気にしないタイプなのかもしれない。彼はいつも父親の形見として古びた腕時計をしている。特に高価なものではなく安物だが、壊れたら修理を出してずっと使っている。
 グレイソンから自分宛に手紙がくることは初めてだ。いつもなら直接アポ無しで現れ事件についてあれこれと聞かれる。こちらも捜査情報を一般人に答えるわけにはいかないが、グレイソンは前回の事件捜査で独断でジョンに捜査情報を教えていたことを嗅ぎつけたのだ。いったいどうやって知ったのか、まさか盗聴器? とにかくあいつの鼻は油断ならない。
 というわけで、少しだけは奴に協力したりしなかったりで、この手紙も読む前から嫌な予感がした。
 手紙の内容は以下の通りだった。




 ウォルター刑事、協力をお願いしたい。本来なら直接連絡取れればと思ったが、あんたなら俺からの電話を無視するだろ。直接会いに行ってもあんたは事件捜査でいなかったから書き置きする。
 実はあんたが生まれ育った田舎村の丘の上にある精神病院、そこに入院していた患者は俺と連絡を取り合っていたが、今週亡くなった。その患者は精神病院での酷い扱いを受け、更に他の患者への虐待が横行していることをリークしていたんだ。俺はその患者と病院で何が起こっているのか何度か連絡を取り合っていたわけだが、今月に入って急に連絡が取れなくなったんだ。それで、直ぐに病院へ行って面会を求めても病院側は家族以外の面会は原則として認めていないの一点張りでね。だからそいつの家族に病院での出来事を伝えようとしたら、自分の息子だって言うのに「家族に関わらないでくれ」って言うんだ。正直、こうなったらどうすることも出来ない。
 結局、その患者は亡くなったと知り、もう一度病院に聞き込みをしたが今度は「そんな事実はありません」と一点張り。調査もろくにしようとしなかった。
 警察には相談し、最初は病院へ行ったようだが、病院からは適切な処置で、たまに患者が妄想や暴力行為に出る為に身体拘束をすることはあるが、それは入院時に家族やご本人にも伝えた上で了承され入院されているので問題はないと、それで警察は納得して引き返したんだ。
 その患者の供述だけでは信憑性に疑いがあるし、証拠がなければこれ以上の捜査は出来ないと言われ、俺はあの病院の闇を暴くつもりだ。
 だが、あの病院……実はそれだけじゃない。同業者も実はあの病院を睨んでいて、調査して以降姿を見ていない。突然消えたんだ。俺はあの病院と何か関係があると見ている。
 記者として真実を追い求めるのは、必ず社会の闇は暴かれるんだと知らしめる為でもある。その真実を追う者がいなくなれば社会はきっと連中の思うがままだろう。
 危険な綱渡りは何度もしてきたつもりだが、今回のネタは特にヤバいって分かる。もし、俺に何かあった時、あんたにその続きをお願いしたい。身勝手な願いなのは承知しているが、あんたに正義があるなら、その正義を俺の為に振るってはくれないか。


  グレイソンより。





 手紙を読み終えたウォルターは机の引き出しから、だいぶ昔にグレイソンから渡された名刺を見つけ出すと、その連絡先に電話した。
 だが、電話はいくらかけても出てこない。
 ウォルターは受話器を戻し頭を掻いた。
 ただ連絡がつかないだけで警察は動かせない。ましてや、この手紙を理由に担当捜査から抜けるわけにも……悩んだ末に思いついたのは、自分の代わりにジョンに病院へととりあえず確認しに行ってもらうことだった。





 当然、連絡を貰ったジョンは最初断ろうとした。なんでそれで俺なんだと。非番の刑事にでも依頼すればいいだけの筈だ。ウォルターにだって頼れる同僚くらいいる筈だ。
 そもそも、病院だろ? 大袈裟な。精神病院の印象が悪いのは分かっていた。長期入院によってむしろ復帰が難しくなる事例だってあるだろうに、精神病院の治療には一般人からして未知な部分が多い。
 だからといって人が消えたりするだろうか?
 だが、それについてはウォルターもほぼ同意するところだが、ウォルター曰くグレイソンはこれまでもかなり無理をしてきたのを知っており、その上で書き置きとは初めてのことでグレイソンにとってそれだけのネタであるという覚悟のようなものを感じたからこそ、手を打つなら早く動けるものにお願いしたいということだった。
 それならばとジョンは半信半疑であるもののウォルターの為に一肌脱ぐことにした。





 場所はウォルターの生まれ故郷。都会から高速へ入り4時間。ウォルターの中古ではもっとかかっていただろう。
 爽快に走る赤い車は、田舎風景には全く似合わなかったが。




 こうして到着した精神病院の建物は鉄筋コンクリートで、見た感じかなり年季を感じられる。正面玄関入口には受付があり、面会希望者はそこで受け付けを済ませることになっている。そのカウンターには女性職員がいて、直ぐにジョンに気がついた。
「こんにちわ。今日はどういったご用件でしょうか?」
「ここに記者を名乗る男が来なかったか?」
「記者ですか?」
「スーツを着た男性だ。ここへは何度か来たことがあったと思うが」
「あぁ……その人なら関係者じゃないんで病院への立ち入りをお断りしているんですよ」
「では、ここへは来ていないんだな?」
「えぇ、いらしてはいませんが、あの……あなたはどういった方でしょうか?」
「俺はジョンだ。その記者は俺の友人の知り合いでな、その友人は刑事なんだ」
「刑事?」
 女は明らかに刑事という言葉に反応した。
「では、あなたも警察なんですか?」
「いや、違う。俺はその刑事に頼まれた……そうだな、協力者といったところか」
「そうでしたか。しかし、今申し上げた通りそのような人物はいらしていません」
 ジョンは目線を職員から下へと落とす。そこには受け付けの指名を書く記入欄があった。その日の日付にはまだ空欄のままで受付に来た人は一人もいなかった。
「信じてもらえましたか?」
「あぁ。邪魔した」
 ジョンは踵を返そうとして寸前で止まる。
「そう言えば、最近ストレスのせいか落ち込むことが多くてね」
「え?」
「俺は見ての通りこの体格、昔は闘技場で出場する選手だった。そこでは観客達は俺を応援した。俺が勝利すると歓声があがり英雄と呼ばれた。チャンピオンにもなったんだ。あんた、闘技場に興味は?」
「いいえ。でも、父は好きだったから父に聞けばあなたのことも知っているかも」
「だが、引退してからまるで人生に穴があいた気分でね。どうやったらその穴を埋められると思う? 俺はあらゆるものを試した。酒や煙草、女や賭博も。だが、結局闘技場でのあの痺れるような刺激、プレッシャー、肌に伝わってくる熱気、あれが恋しいと感じるんだ。酒や煙草、女でもない。俺には闘技場しかないって分かったんだ。でもな、いつまでも現役ではいられんもんさ。こんな時、どうしたらいい?」
「本日ご予約はされていませんが、今でしたらあきがありますのでよかったらどうですか?」
「では、是非とも」
「少々お待ち下さい。先生をお呼びしてきます」
 そう言って女性職員が離れたところを見計らってジョンは近くにあった2階へ続く階段へと登っていった。
 2階に着くと異臭が漂っていた。
 何の臭いだ?
 臭いを我慢しながら通路を歩いていくと、四人部屋の病室で身体拘束を受けている患者がベッドで寝たままになっていた。あれでは寝返りも出来ないだろう。高齢者なら間違いなく皮膚トラブルやそれ以外の問題が起きそうだ。だが、その病室はほとんどが中年ぐらいの年齢ばかりだった。他の部屋も同様だ。
 すると、別の病室から男の暴言が聞こえてきた。行ってみると、男性看護師が患者に向かって怒鳴り声をあげていた。
 そこへ、さっきの受付にいた女性職員と白衣を着たおそらくはこの病院の先生が駆け足で現れた。
「何をしてるんですか!」と女性職員が大声をあげた。
「トイレを探してただけだ。だが、この病院は随分と患者の扱いが酷いようだ」
「そうか、やはりあなたもあの男同様記者なのね!」
「いや、嘘はついていない。俺はジョン・ノーウッドだ。調べれば分かる」
 すると、白衣の先生が反応する。
「ジョン・ノーウッド……そうだ! 見覚えがあるぞ! あの英雄ジョンだ!」
「俺を知ってたか。嬉しいもんだ」
「こいつに知られたらマズい!」
「それじゃどうする?」
 すると、白衣の先生は近くにあった警報器のボタンを押した。
 警報音が鳴り響く。
 そこへぞろぞろと警備員や医者が2階へと集まってきた。
「この男を捕らえよ!」
 ジョンは指を鳴らした。
「俺が誰か分かって言ってるのか?」
 だが、ジョンの警告を無視して全員が飛び掛かった。
「やれやれ……」
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