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部屋探しはなかなか進まない。私は現状で満足しているから焦っていない。
それでもタイミングはやってくる。幸せが形になる。
彼と何気なく散歩をしていた今まで探していた駅の反対側で、希望通りの物件を見つける。あまりにも好条件すぎて思わず曰く付き物件ですか? と聞いてしまった。そういう物件はちゃんと事前にお知らせしなくてはいけないと、不動産屋さんに笑われる。ネットでそういう情報を調べられるサイトを見ても該当はない。単純にリフォームの順番待ちが後回しになったのと一階で人気がなかったからと言われた。むしろ私たちには一年先、二年先を考えると地階の方が都合がいい。
「鈴木、ちょっとこっち来い。」
「はい。…?」
新しい仕事の話だろうか、難しい顔をしたマネージャーの中田さんに呼ばれた。
「鈴木最近痩せたか? 顔色も良くない。」
じっと鋭い目で私を見る。ますます緊張する。中田さんが慌てて付け加える。
「あ、セクハラ的な意味じゃなくて、部下の体調気遣うのも仕事だから。」
「大丈夫です。病気ではないです。」
「最近昼飯の量も減ってるみたいだよ? …恋人とうまくいってないのか?」
「そこまで見られてましたか。いってますよ、仲良しですよ。」
「ならいいけど、……」
「病気じゃないです、ただの寝不足です。」
言ってから思わず赤面する。
「……引っ越しはそういうこと? 配置換えや休みの希望は?」
「たまたまです。荷物片すのでバタバタしてるだけで、休みの希望は今のところはありませんよ?」
「本当? 俺で言い難かったら…」
「あんまり先読みしすぎないでください。配置は多分ここが一番慣れてるし、定時なので都合がいいです。」
「わかった。お大事に。って病気じゃねえんだよな。」
「はい。」
打ち合わせスペースを出るときに、ポソッと呟いたのが聞こえた。
「…あー、やっぱり、ダメだったか。」
「え、何です?」
「いいや。なんでも。」
「?」
「えー、なかなか進展しないなっちゃん達、超えられるかと思ったのに。」
「人と競うようなことじゃないでしょ。」
「うー、そろそろ彼の任期が~」
「物件って、本当タイミングなんだね。」
「え、物件がなかったからってだけ?」
「ん? 前にも言ったと思うけど、考えてなかっただけだよ。でも去年色々あったから、いやでも考えさせられた。」
昨年一年を振り返ると、なんともドタバタした一年だと思う。年度の切り替わり前後の忙しさに同窓会。同級生の再会、同僚の退職。
サト子さんと中村くんの恋の進展はない。どちらかというとサト子さんの一方通行で、中村くん曰く、同性の友人みたいに気を張らずに付き合えていい子だよねと言っていた。私もそんな感じに見えるけど、頼むから本人の前で言うなよ、と釘を刺しておいた。彼はどうやら仲の良い女性とは女として見れなくなってしまう人に好かれやすいようで、結婚したものの奥さんともそんな風になってしまったのではないかと思ったが、下世話な話なので聞くわけにいかない、あくまでも私の予想だ。
彼らのランチテーブルには小島さんの旦那、編集部のマネージャーが加わっていた。
「この会社っていいな」
「何? 突然」
「いや、女の目がギラギラしてない。」
「ぶ」
「サト子こぼれた、お茶!」
「何とかカーストみたいなの期待したの?」
「社風かなあ、そういうの、いないね。」
「うん、いないね。」
「いないのか」
「いないんだよ」
「そうなのか」
「そうなんだよ」
私たちのランチテーブルはやはり変わらず三人で、たまに奥様の機嫌が良かったとお弁当を持ってくる多田さんが加わる。
「菜津さん、今日のスープはなんですか?」
「トマトジュースで簡単ガスパチョ風。」
「美味しそう! 作り方教えてください!」
「いや、なんちゃってだから本物のガスパチョじゃないよ?」
私が料理を始めた頃から一緒にランチをとるようになった原さんには、私はどうやら料理上手と認識されてしまったようで、毎回私のお弁当にチェックが入る。赤いものを入れると美味しそうに見えるんだよ、と教え、レシピサイトとレシピナンバーを伝えた。
本日のランチはスープジャーに、トマトジュースで作った簡単なガスパチョ風スープ、ルビーグレープフルーツとブラッドオレンジのゼリー。
スープには近所のパン屋で、木槌を使って砕くほど硬くなったバゲットの端っこ詰合せをもらったので、スープジャーの中で大量にブヨブヨと浮かんでいる。
食パンですら耳を落としてサンドウィッチを作る日本人には、そこまで硬くなったバゲットの端はハードルが高すぎるのか、大量に余っていた。喜んでもらって行く私達を不思議に思った店主に、ガスパチョやオニオングラタンスープの具にするんですよ、と伝えたところ、次の時は大樹さんのお店のスープのレシピカードが添えられていた。
バラしちゃっていいの? 聞いてみたところ、たいていのお宅に置いてあるであろう調味料で代用してる、いい宣伝でしょ? と悪戯そうに笑った。
そのうち私のレパートリーには、ミルク粥や旬の素材を使った大樹さん直伝のレシピが増える予定だ。
テーブルの上で透明容器の中で、ゼリーがプルプル揺れキラキラ光っている。
明日はグレープフルーツとキウイの蜂蜜ヨーグルトシャーベットでも持ってこようかな。お昼くらいが溶けてちょうど食べごろだ。今から明日のお昼のデザートを考える私は、なんてお気楽な人間だ、平和な証拠。
冬には幸せの形が見える。
それでもタイミングはやってくる。幸せが形になる。
彼と何気なく散歩をしていた今まで探していた駅の反対側で、希望通りの物件を見つける。あまりにも好条件すぎて思わず曰く付き物件ですか? と聞いてしまった。そういう物件はちゃんと事前にお知らせしなくてはいけないと、不動産屋さんに笑われる。ネットでそういう情報を調べられるサイトを見ても該当はない。単純にリフォームの順番待ちが後回しになったのと一階で人気がなかったからと言われた。むしろ私たちには一年先、二年先を考えると地階の方が都合がいい。
「鈴木、ちょっとこっち来い。」
「はい。…?」
新しい仕事の話だろうか、難しい顔をしたマネージャーの中田さんに呼ばれた。
「鈴木最近痩せたか? 顔色も良くない。」
じっと鋭い目で私を見る。ますます緊張する。中田さんが慌てて付け加える。
「あ、セクハラ的な意味じゃなくて、部下の体調気遣うのも仕事だから。」
「大丈夫です。病気ではないです。」
「最近昼飯の量も減ってるみたいだよ? …恋人とうまくいってないのか?」
「そこまで見られてましたか。いってますよ、仲良しですよ。」
「ならいいけど、……」
「病気じゃないです、ただの寝不足です。」
言ってから思わず赤面する。
「……引っ越しはそういうこと? 配置換えや休みの希望は?」
「たまたまです。荷物片すのでバタバタしてるだけで、休みの希望は今のところはありませんよ?」
「本当? 俺で言い難かったら…」
「あんまり先読みしすぎないでください。配置は多分ここが一番慣れてるし、定時なので都合がいいです。」
「わかった。お大事に。って病気じゃねえんだよな。」
「はい。」
打ち合わせスペースを出るときに、ポソッと呟いたのが聞こえた。
「…あー、やっぱり、ダメだったか。」
「え、何です?」
「いいや。なんでも。」
「?」
「えー、なかなか進展しないなっちゃん達、超えられるかと思ったのに。」
「人と競うようなことじゃないでしょ。」
「うー、そろそろ彼の任期が~」
「物件って、本当タイミングなんだね。」
「え、物件がなかったからってだけ?」
「ん? 前にも言ったと思うけど、考えてなかっただけだよ。でも去年色々あったから、いやでも考えさせられた。」
昨年一年を振り返ると、なんともドタバタした一年だと思う。年度の切り替わり前後の忙しさに同窓会。同級生の再会、同僚の退職。
サト子さんと中村くんの恋の進展はない。どちらかというとサト子さんの一方通行で、中村くん曰く、同性の友人みたいに気を張らずに付き合えていい子だよねと言っていた。私もそんな感じに見えるけど、頼むから本人の前で言うなよ、と釘を刺しておいた。彼はどうやら仲の良い女性とは女として見れなくなってしまう人に好かれやすいようで、結婚したものの奥さんともそんな風になってしまったのではないかと思ったが、下世話な話なので聞くわけにいかない、あくまでも私の予想だ。
彼らのランチテーブルには小島さんの旦那、編集部のマネージャーが加わっていた。
「この会社っていいな」
「何? 突然」
「いや、女の目がギラギラしてない。」
「ぶ」
「サト子こぼれた、お茶!」
「何とかカーストみたいなの期待したの?」
「社風かなあ、そういうの、いないね。」
「うん、いないね。」
「いないのか」
「いないんだよ」
「そうなのか」
「そうなんだよ」
私たちのランチテーブルはやはり変わらず三人で、たまに奥様の機嫌が良かったとお弁当を持ってくる多田さんが加わる。
「菜津さん、今日のスープはなんですか?」
「トマトジュースで簡単ガスパチョ風。」
「美味しそう! 作り方教えてください!」
「いや、なんちゃってだから本物のガスパチョじゃないよ?」
私が料理を始めた頃から一緒にランチをとるようになった原さんには、私はどうやら料理上手と認識されてしまったようで、毎回私のお弁当にチェックが入る。赤いものを入れると美味しそうに見えるんだよ、と教え、レシピサイトとレシピナンバーを伝えた。
本日のランチはスープジャーに、トマトジュースで作った簡単なガスパチョ風スープ、ルビーグレープフルーツとブラッドオレンジのゼリー。
スープには近所のパン屋で、木槌を使って砕くほど硬くなったバゲットの端っこ詰合せをもらったので、スープジャーの中で大量にブヨブヨと浮かんでいる。
食パンですら耳を落としてサンドウィッチを作る日本人には、そこまで硬くなったバゲットの端はハードルが高すぎるのか、大量に余っていた。喜んでもらって行く私達を不思議に思った店主に、ガスパチョやオニオングラタンスープの具にするんですよ、と伝えたところ、次の時は大樹さんのお店のスープのレシピカードが添えられていた。
バラしちゃっていいの? 聞いてみたところ、たいていのお宅に置いてあるであろう調味料で代用してる、いい宣伝でしょ? と悪戯そうに笑った。
そのうち私のレパートリーには、ミルク粥や旬の素材を使った大樹さん直伝のレシピが増える予定だ。
テーブルの上で透明容器の中で、ゼリーがプルプル揺れキラキラ光っている。
明日はグレープフルーツとキウイの蜂蜜ヨーグルトシャーベットでも持ってこようかな。お昼くらいが溶けてちょうど食べごろだ。今から明日のお昼のデザートを考える私は、なんてお気楽な人間だ、平和な証拠。
冬には幸せの形が見える。
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