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「あれ、そういえば菜津ってタバコ止めたの?」
新しい部屋に引っ越して、引っ越し蕎麦ならぬ、そば粉のクレープを焼いた。冷凍保存しておいたりんごのコンポートと近所の八百屋さんで思いがけず安かったベリーをたくさん載せて、アカシアの蜂蜜を回し掛け、引っ越し祝いの甘味を作った。フレッシュなフルーツの香味を生かすため、コーヒーじゃなくほんのり甘く爽やかな新茶を入れた。ガラスのマグをふーふー吹きながら大樹さんが訊く。
「あれ? うーん。そういえば最近あんまり吸ってない。」
「え? 止めたってわけじゃないんだ。」
「夕食後の1本くらいかなあ。室内禁煙? 今、ベランダでの喫煙もお隣、上の階に煙が行くからって問題になってるよね。」
「夏は暑いし、冬は寒いし、換気扇の前で吸う?」
「換気扇の掃除が大変そう。」
「でも。そもそも年明けから菜津が吸ってるの見てないよ?」
「大樹さんが北海道行ってる間、風邪ひいて、タバコ吸わない日が続いて以来ほとんど吸ってなかった。」
確か風邪で喉が痛いのもあり、タバコを吸いたいと思わなかった時期がある。その後、風邪が治っても吸う気が起きなくてしばらく吸っていなかった。でも新年会や年度の切り替えの歓送迎会で、美味しくない料理にうんざりして、タバコをふかしてた。
「タバコ吸いたくなってイライラしたり、仕事中の気分転換に吸いたくなったりしないの?」
「イライラはしない、やめたつもりはないからその前に吸う。気分転換はタバコじゃなくても、気分転換ができれば良いから最近はすっごい甘いグミか酸っぱいグミのロシアンルーレットしてる。」
「なにソレ?」
「お隣の席の人がね、お姑さんが海外旅行のお土産に激甘お菓子を買ってきたんだって。で、おすそ分けをもらって、その激甘グミを発端に酸っぱいグミと混ぜてどっちかな、って食べるのが流行ってるの。」
「それ、どっちがアタリでどっちがハズレ?」
「甘いのが好きな人は甘いのがアタリ、酸っぱいの苦手な人は酸っぱいのがハズレ?」
「菜津両方好きじゃないの?」
「うん。私にとってはどっちもアタリ。酸っぱいのはキリッとするし、甘いのは脳みそに糖分補給でどっち食べても気分転換になるね。」
「ロシアンルーレットする意味あるの?」
「うん。楽しいよ? ちょっとした息抜き。」
大樹さんがふーふー冷ましていたお茶に口をつける。恐る恐るカップに唇をつけ、一瞬動作が止まり、ゴクゴクとお茶を飲む。
「今さ、火傷するくらい熱いかもって、思って身構えたらそこまで熱くなかったって、お茶飲んだでしょ?」
「うん。」
「脳天までしびれるくらい甘いかもって身構えて口に放り込んだら、超酸っぱかった! とか、口の中キューっとなるくらい酸っぱいかもと思ったら激甘だったって、うっひょーって思うんだよ。」
「…うん…」
大樹さんが目線を逸らして、うつむく。口元が妙に力が入っている。肩が震えてる。笑いをこらえてる。
一体なにがツボにはまったんだろう。腑に落ちなくて、唇を尖らせて続ける。
「思った通りだとよっしゃ!ふふん。ってなるでしょ? なんかちょっと気分いいでしょ? ちょっと幸せでしょ?」
「それで幸せになれちゃうなんて、お手軽すぎない?」
「なに言ってるの、日常のちょっとしたことに幸せを感じない人は、幸せになれないんだよ?」
「そりゃ確かに。幸せを感じてないのに、幸せだと思う奴はいないなあ。」
「でしょ?」
「…うん。あれ、おかしいな……」
「ん~、なにが?」
「菜津がタバコやめたのか訊いてたはずなのに、なんで幸せとかなんとかって話になってるの?」
「会話が膨らんだから。」
キョトンとタレ目が丸くなる。
一瞬の間があって、にっこ~と嬉しそうに笑う。ローテーブルの向こう側から、膝立ちで隣へ来るとぎゅっと抱きかかえられた。おでこやほっぺにキスを落とされる。慌てて、マグカップをテーブルに戻す。頭を胸元に抱き寄せられ撫でられる。
突然のハグとキスの嵐に困惑する。
「なに? なあに、突然。」
「やっぱ、菜津好きだなあって思って。」
「うん。私も大樹さん好き。」
「菜津、そのままタバコやめちゃいなよ。」
「ん~? なんで今更?」
「予行演習」
「は?」
「吸えなくなった時、吸えなくてイライラしないように。」
それって、どういう意味? 訊こうかと思ったら甘ったるくて熱っぽい表情を向けられた。チュッと落とされたキスはほんのりシナモンとりんごの香りがした。
小さな幸せは大きな幸せの支流、大樹さんのそばにいれば日常の小さな幸せが重なる。このままずっとそばにいられれば、ずっと幸せが続くのかなあと心がホカホカする。
もう一度、シナモンとりんごの香りのする、酸っぱいベリー味のキスをする。
新しい部屋に引っ越して、引っ越し蕎麦ならぬ、そば粉のクレープを焼いた。冷凍保存しておいたりんごのコンポートと近所の八百屋さんで思いがけず安かったベリーをたくさん載せて、アカシアの蜂蜜を回し掛け、引っ越し祝いの甘味を作った。フレッシュなフルーツの香味を生かすため、コーヒーじゃなくほんのり甘く爽やかな新茶を入れた。ガラスのマグをふーふー吹きながら大樹さんが訊く。
「あれ? うーん。そういえば最近あんまり吸ってない。」
「え? 止めたってわけじゃないんだ。」
「夕食後の1本くらいかなあ。室内禁煙? 今、ベランダでの喫煙もお隣、上の階に煙が行くからって問題になってるよね。」
「夏は暑いし、冬は寒いし、換気扇の前で吸う?」
「換気扇の掃除が大変そう。」
「でも。そもそも年明けから菜津が吸ってるの見てないよ?」
「大樹さんが北海道行ってる間、風邪ひいて、タバコ吸わない日が続いて以来ほとんど吸ってなかった。」
確か風邪で喉が痛いのもあり、タバコを吸いたいと思わなかった時期がある。その後、風邪が治っても吸う気が起きなくてしばらく吸っていなかった。でも新年会や年度の切り替えの歓送迎会で、美味しくない料理にうんざりして、タバコをふかしてた。
「タバコ吸いたくなってイライラしたり、仕事中の気分転換に吸いたくなったりしないの?」
「イライラはしない、やめたつもりはないからその前に吸う。気分転換はタバコじゃなくても、気分転換ができれば良いから最近はすっごい甘いグミか酸っぱいグミのロシアンルーレットしてる。」
「なにソレ?」
「お隣の席の人がね、お姑さんが海外旅行のお土産に激甘お菓子を買ってきたんだって。で、おすそ分けをもらって、その激甘グミを発端に酸っぱいグミと混ぜてどっちかな、って食べるのが流行ってるの。」
「それ、どっちがアタリでどっちがハズレ?」
「甘いのが好きな人は甘いのがアタリ、酸っぱいの苦手な人は酸っぱいのがハズレ?」
「菜津両方好きじゃないの?」
「うん。私にとってはどっちもアタリ。酸っぱいのはキリッとするし、甘いのは脳みそに糖分補給でどっち食べても気分転換になるね。」
「ロシアンルーレットする意味あるの?」
「うん。楽しいよ? ちょっとした息抜き。」
大樹さんがふーふー冷ましていたお茶に口をつける。恐る恐るカップに唇をつけ、一瞬動作が止まり、ゴクゴクとお茶を飲む。
「今さ、火傷するくらい熱いかもって、思って身構えたらそこまで熱くなかったって、お茶飲んだでしょ?」
「うん。」
「脳天までしびれるくらい甘いかもって身構えて口に放り込んだら、超酸っぱかった! とか、口の中キューっとなるくらい酸っぱいかもと思ったら激甘だったって、うっひょーって思うんだよ。」
「…うん…」
大樹さんが目線を逸らして、うつむく。口元が妙に力が入っている。肩が震えてる。笑いをこらえてる。
一体なにがツボにはまったんだろう。腑に落ちなくて、唇を尖らせて続ける。
「思った通りだとよっしゃ!ふふん。ってなるでしょ? なんかちょっと気分いいでしょ? ちょっと幸せでしょ?」
「それで幸せになれちゃうなんて、お手軽すぎない?」
「なに言ってるの、日常のちょっとしたことに幸せを感じない人は、幸せになれないんだよ?」
「そりゃ確かに。幸せを感じてないのに、幸せだと思う奴はいないなあ。」
「でしょ?」
「…うん。あれ、おかしいな……」
「ん~、なにが?」
「菜津がタバコやめたのか訊いてたはずなのに、なんで幸せとかなんとかって話になってるの?」
「会話が膨らんだから。」
キョトンとタレ目が丸くなる。
一瞬の間があって、にっこ~と嬉しそうに笑う。ローテーブルの向こう側から、膝立ちで隣へ来るとぎゅっと抱きかかえられた。おでこやほっぺにキスを落とされる。慌てて、マグカップをテーブルに戻す。頭を胸元に抱き寄せられ撫でられる。
突然のハグとキスの嵐に困惑する。
「なに? なあに、突然。」
「やっぱ、菜津好きだなあって思って。」
「うん。私も大樹さん好き。」
「菜津、そのままタバコやめちゃいなよ。」
「ん~? なんで今更?」
「予行演習」
「は?」
「吸えなくなった時、吸えなくてイライラしないように。」
それって、どういう意味? 訊こうかと思ったら甘ったるくて熱っぽい表情を向けられた。チュッと落とされたキスはほんのりシナモンとりんごの香りがした。
小さな幸せは大きな幸せの支流、大樹さんのそばにいれば日常の小さな幸せが重なる。このままずっとそばにいられれば、ずっと幸せが続くのかなあと心がホカホカする。
もう一度、シナモンとりんごの香りのする、酸っぱいベリー味のキスをする。
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