夏の夜に見た夢

春廼舎 明

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22.青の一族

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「おや、お二人さん。玄さん、戻って来てたんだね。」

 夕方前、北の商店街で夕食用のお菜と、子供用に服を作ると言って聞かない蒼月のために買い込んだ布地を抱えて、一息つくために広場のテーブルについた。苦くて薬っぽいような気がしてどうも好きになれない蓮葉茶を、蒼月はほんのり甘いと言って気に入ったようで、今日も飲んでいる。俺には黒茶。お茶請けに李の生姜煮をつまんでいると、いつもの声がかかる。

「よう。昨日戻った。」
「エスメラルダ、旦那様、醤のお料理おいしいって言ってくれた。」
「そうかい。良かったじゃないか。その服は、買ってもらったのかい?」
「そう、さっき。あったかい。」

 蒼月が、立ち上がって、くるくる回って衣裳を見せる。

「それにしても、綾の国の衣装はよくできてるね。腹がでかくなっても、専用の服を作ったり、用意する必要がない。」
「特に蒼月は、帯を腰で締めずに、胸の上まで裳を引き上げて着る着方だからな。」
「腰のあたりで裳を巻くと、裾、引きずって汚れちゃう。お屋敷の中でじっとしてる人はそれでいい。」
「蒼月はじっとしてないのかい?」
「してると思うか?」
「蒼月、お掃除、洗濯する。お料理も作る。あとね、赤ちゃんの着物縫う。」
「すごいね、裁縫までできるのかい?」

 いつまにか席に着いたカルロが茶請けの李をヒョイとつまみ上げ、口に放り込む。

「あれー、また4人で! ずるいよ、何? なんで俺だけいつも除け者なのさ!」

 賑やかにマリオが加わる。

「僕は今、通りかかったところさ。」
「あたしも、似たようなもんさ。」
「もう仕事、終わったの?」
「終わったから戻って来たんだよー!」

 この国の者は朝が早い。だから内容によっては、早朝から取り掛かり、昼過ぎ、夕方前には仕事を終わらせることもできる。
 後ろの茶屋でさらに、3人ぶんの茶と茶請けを追加する。
 マリオとカルロは金柑を蜜で甘く煮付けたもの、エスメラルダは李を唐辛子でピリ辛に煮たものが好みだ。

「何話してたのさー」
「蒼月ちゃん、掃除洗濯、料理に加えて裁縫もできるの? ってきいてたのさ。」
「蒼月って、何にもできなそうで何でもできるなー」
「できなきゃ、奴隷、死ぬだけ。」
「蒼月ちゃん、この国では、って言うか普通はできないことあってもいいんだよ。エスメラルダなんか、料理を作るどころか、運ぶことすらできないんだから。」
「うっさいよ。できるやつがやればいいのさ。で、そいつのできないことをあたしがやればいいんだ。」
「で? 蒼月ちゃん、服作れるの?」
「んー、縁かがったり、縫うのはできる。」
「まあ、そんなわけで、蒼月は明日から、北の商店街まで服の作り方を習いに行くのさ。」
「そんなお腹で? 教えてくれる人を呼んだらいいんじゃないか?」
「いや、俺もあっちで仕事もらって行き帰り一緒だし、それにいよいよ出歩くのが難しくなったらそうするさ。」
「でも、蒼月、その前に覚えられるよ。」

 なんの気負いもなく、当たり前のように言う。
 確かにそうなのかもしれない。文字の読み書きの覚えの速さ、料理を再現したり、初めから知っていたかのようにこなす姿は、やはり血なのかもしれない。

「さ、一服したし、冷える前に帰ろうか。」
「ん」




__どんな一族だったんだ?

「一番有名なのは、青の一族って言われてね、護符を作る一族だったんだ。」
「護符? 経典や文様が書かれた紙?」
「いや、機織り物、鮮やかな青に刺繍を施して見事なものを作るんだ。」
「織物に刺繍、それの上等なものは限られた一族が作るって聞いていたが、聖域の住人だったのか……」
「外にいる者、傍流だろうね、彼らも立派なものを作るが、本当に御力がこもってるのを作れるのは聖域のその一族さ。」

『かあ様が、布を織って、染めて、刺繍したの売ってた。』

「あとね、不思議だろう、父も母も黒や茶の瞳なのに、稀に青い目の子供が生まれるんだ。そしてその子供は例外なく強い力を持っている。」
「綾の国で青い目?」
「そう、だが近年特にクーデター後、異国の最新技術や情報が入ってくると、混血だって言われ非科学的な力も否定されるようになった。」
「へえ、青い目ねえ……」

 ちらりとエスメラルダが視線をよこす。




 いそいそと、翌日裁縫を教わりに持って行くものを何度もチェックしている蒼月を見て苦笑する。アンネマリーが繕い物をする、針と糸くらいしかないのに。明かりを吹き消し、寝台に横になる。蒼月も慌てて腕に潜り込んでくる。

「蒼月、服を作るのはいいとして、男の子か女の子か、まだわからないんだぞ?」
「んー、両方作る?」

『かあ様がね、受け継ぐ力が大きければ大きいほど産みの苦しみは大きい。って言ってた。』

「蒼月、『かあ様が、受け継ぐ力が大きければ大きいほど産みの苦しみは大きい。って言ってた。』んだろ? 出産時だけでなくつわりもひどく、大きな力を持つのは大抵女の子って。」
「ん」
「今、お腹にいる子がもし力のない子だったとして、じゃあもし、力の強い女の子だったら? そう思うと、蒼月にこれ以上辛い思いさせたくないんだよ。なのに、俺は、この子を産んで欲しいって思う、蒼月が辛い思いするのわかってて子供は欲しいって思う。」
「んー……赤ちゃんできるの、辛いことじゃないよ。蒼月、大丈夫だよ。」
「男の子と女の子、欲しい方ができるとは限らないんだが……」
「そしたら、できるまでする」

 何をって、ナニだろうな。まあ、このぶんじゃすぐ次もできそうな気もするし。

「そうは言ってもなあ。まずは、元気な子を産んで、赤ちゃんも蒼月も元気になって、また子を宿す準備ができたら考えような。」
「ん」
「で、その前に、まず、この子を無事産む。そのためには日々健やかに過ごす。無理はダメだぞ」
「ん。でも、蒼月、旦那様とぎゅっとできないの我慢するの、無理。」
「……俺も無理だ。激しくしないようにするのが難しそうだ。苦しかったら言ってくれよ?」
「んっ、旦那様、きっとすぐ次の子もできるよ。」


「おはよう、主人、おかみさん。また夕方迎えにくるから、よろしく頼む。」
「よろしく、お願いします。」
「へえ、この間醤を買ってくれた子だね。また買いにおいで。」
「残念だが、主人、この子に樽で売っただろう?」
「ああ、覚えているよ。でかい女の人と一緒に来たよ。何が残念なんだね?」
「ちゃっかり、その後空の樽を買って来て友種にして自家製の醤作ってるぞ。」
「え! できるのかい、この子」
「うちの奥さんはなかなか優秀でな、今はこの店で購入してるものもじきに自分で作るぞ。そのうち機織りもするんじゃないか?」
「この国も小魚や海老で醤を作るから、まあ技術の土壌はあるか。でも、機織りまでしちゃ、まるで青の一族みたいだな。」
「ははそうかもな。」






 二人目の子は、所謂寝悪阻だった。結局のところ、辛い辛くない、酷い酷くない、それはその人それぞれでその時々で異なり、本人にしかわからないことだ。
 一人目の出産時、出血がひどく、このまま儚くなってしまうのかハラハラし、明け方、冷えて行く体をさすってやりながら覚悟を決めた。しかし一晩明けて目がさめるとケロリとした表情でモリモリと粥を食べていた。陣痛から出産まで比較的短い時間で済んだことで、体力の消耗も少なかったのだろうとのことだ。
 何より驚いたのは、ほんの一欠片でも丼に散らされていると絶対食べなかった香菜がたんまり添えられた粥を一口も残さず食べたと言うことだ。

「旦那様ー、この子、真っ赤、しわくちゃ、ブッサイク。」
「自分の子なのに酷いいいっぷりだな。」
「でも、旦那様に似てる。可愛い!」
「こら、まだ頭も柔らかいし首もすわってないんだ、優しく扱うんだよ。」

 こんなとき頼りになるアンネマリーがたしなめる。しかしブサイクで俺に似て可愛い? 
 きゃあきゃあ言って赤ん坊を眺める蒼月を眺めた。


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