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23.夢の終わり
しおりを挟む予告通り、蒼月は臨月を迎える前に一通りの服の作り方は覚え、型紙を店のおかみさんからもらった。自宅で赤ん坊用のおくるみを作り始める。それが終わると、蒼月が刺繍を始めた。出来上がった赤ん坊のおくるみの端に、スイスイと何の下絵もなく刺繍を施した。
「蒼月、その図柄どこかに見本があるのか?」
「んー、かあ様が縫ってた。」
パチンと、糸を切り完成させると、その文様からふわりと淡い光を放ったように見えた。
見間違いかと、思わず瞬きをし、目をこする。もう一度見てみたが、気のせいのようで不思議な文様が施されたおくるみがあるだけだった。
「んー」
「どうした?」
「かあ様みたいにできない。かあ様のはもっと、ホワーってあったかいの」
ふと、部屋の隅にもう使われることなく、丁寧に棚に収められているブーツとナイフを見た。
同じように、ふわっと光が見えた気がした。瞬きをしてもぼんやり滲むようにその光は消えず、温かにブーツとナイフを包んでいるように見えた。
「蒼月、そういえば、あのナイフ、一度ちゃんと見せてもらってもいいか?」
「ん、いいよ。寝台の近くに置いちゃダメなんじゃないの?」
「いや、今見るだけだ。」
分厚く頑丈な皮の鞘から引き抜くと、黒い刀身、刃は濡れているかのように輝き、刃こぼれひとつない。確かに変わった形状だ。見たこともない。握っている柄がほんのり温かい。
蒼月に、ナイフの柄を持たせる。
「蒼月……」
「あ……」
言わんとすることがわかったようで、柄に巻かれた細い布をぐるぐると剥ぎ取る。その下に巻かれている帯状に細長く切られた皮革もぐるぐると外す。ナイフの根元には茶色いものが巻きついており、パサッと落ちた。
拾い上げ、検めるとそれは油紙包まれた何かで、広げてみれば鮮やかな青に、月のように白い光沢を放つ糸で刺繍された布だった。図柄は、蒼月が記憶を頼りに描いたものをさらに精密にしたものだった。
__護符だった。
護符は、合計5枚見つかった。ブーツの靴底から、ナイフの柄、ナイフの鞘に使っている皮革に両側から挟むように2枚。
鞘の護符以外は元に戻した。手元に残した1枚は俺に。もう一枚は安産祈願のため、蒼月に身につけさせた。
予定日近くの暁月の夜、今夜の睦み合いの後は、しばらくはできない。そう思ったら二人、しっとりとねっとりと燃えた。翌日、蒼月は微妙な表情をしていて、無理をさせてしまったかと心配したが、その翌日街の産院に駆け込んだ。
子が生まれると、蒼月は『赤ん坊がいる生活』を満喫しているようで、掃除洗濯、食事の用意にと家事に追われバタバタキリキリ舞いなのは俺の方だった。蒼月は深夜、早朝、日中、夕方関係なく、2時間おきに乳をあげるため眠る間がない、まともに寝ていない。都度肌を拭き、赤ん坊を抱き乳首を口に含ませてやる。おしめを替えるのと洗濯が俺の仕事になった。蒼月がおっぱいをあげ、俺がおしめを替え、おしめを洗い、また赤ん坊が泣き出し、おしめを替え、おしめを洗い、蒼月がおっぱいをあげ……、下洗いだけしたおしめが山のように積まれている。エンドレスで続くおしめ替えと洗濯。
あとでちゃんと洗剤でしっかり洗って、金だらいを火にかけ、ぐつぐつ煮て消毒しなきゃな。棒でつついて、引き上げてもう一本の棒を絡めて絞って、水でゆすいで絞って、干す。この後にやらなければならない工程を思い描く。でもその間にやっぱりまたおしめを替えて下洗いして、が入るんだよな。
手をつけた事が完遂する事なく、中断され、再開すればまた中断する。いくつもの事がどこまでやったか分からない。思い出す頃にはまた中断する。やりかけの事とやらなきゃならない事が山と積まれる。
もしこれが『女で一つで育てる』ってやつだとしたら? その間におっぱいをあげ、自分の飯も食わなきゃいけないし、食うためには作らなきゃいけない、または買いに行かなきゃいけない。食ったら出すし、その間におしめを替えて、一体いつ寝るんだ? 傭兵家業よりよっぽど過酷な生活だ。命の危険はない? 無防備な命を守ってるんだ、ちっとも楽なことなんてない。寝不足で頭がぼーっとする。生まれたのが、雨季の終わり、乾季の始まりで助かった。
蒼月は片手で乳を吸う赤ん坊を支えながら、ぼーっとした表情で朝食の粥を匙から啜っている。
アンネマリーが来たら、洗濯を手伝ってもらおう。
「あー、旦那様ー、朔ちゃん、うんちしたー」
「あー、待ってろ今行く。って、蒼月も汚れてる、服替えろ。」
「んー、じゃあ一緒に沐浴してくる。」
「それはアンネマリーが来てからにしてくれ。」
「かあ様、いい匂いの草、あったよー」
洗濯物を取り込んでいると、一番上の子、朔が弟妹を連れて家に戻って来た。
「迷わず行けた?」
「うん! 白いところをね、まっすぐぐるって回ったら、トカゲの尻尾が垂れてて、追っ払って草どけたら、泉があった。横にいい匂いの草あった!」
「あったねー!」
「さすが、蒼月の子供だ、さっぱりわからん。目を離すと、いなくなっちゃうし。」
「それは、マリオ、弟の話聞いてないから、いなくなったんじゃなくて置いてかれただけだよ。」
引率を引き受けてくれたマリオがぐったりしながら、庭の門をくぐると、居残り組だった子が声をあげた。
「あー、マリオだー! ずるい、かあ様、どうして僕だけ森行かせてくれなかったの~?」
「だって、まだ宿題終わってないでしょ?」
「もう終わったよー」
「本当?」
「かあ様がとう様とイチャイチャしてる間に終わらせた!」
「ぶっ、蒼月、隊長、子供の前で何してんだよ。隊長は?」
「チビを寝かしつけてる。」
部屋から旦那様が出てくる。後ろからぎゅっと抱きしめられる。振り返ると額に唇にちゅ、ちゅっと音を立てて口づけを落とされる。子供達が裳にまとわりついたり、旦那様の足にしがみついたり、登ったりわあわあ寄ってくる。
「かあ様と、とう様、いつも仲良し。」
「蒼月、みんな仲良し。」
蒼月が子供達をまとめてぎゅうっと抱き寄せる。下の子たちはきゃっきゃ言ってヨジヨジ身をよじらせている。
「宿題終わったなら、マリオと一緒に研究所に薬草納めに行くのついて行っていいよ。」
「うん!」
ややぐったりした様子のマリオが子供達を連れて庭を出て行く。
入れ替わりにエスメラルダがやってくる。
「カルガモみたいな一隊が出てったけど?」
「エスメラルダ、いらっしゃい。」
「元気そうだね、蒼月。ほら、この間見つけたって言ってた絹糸だよ。」
袋を受け取り、中を見ると、鮮やかな青色の糸が数巻入っている。
白や、黄色の布地に刺繍したらきっと映えるだろう。
「今日は調子はいいのかい?」
「ん、今は平気。」
「しかし、本当に予定通り5人、見事に交互に男の子と女の子作るとはねえ。次は女の子かねえ」
「うん、多分。」
「なんだ、お前も羨ましいなら真剣に考えてみたらどうだ?」
「いや、もう年齢的に無理があるさ。」
「でも、エスメラルダが望むなら、できるよ。きっと元気な赤ちゃん産める。」
蒼月が柔らかな笑みを浮かべながら、キッパリと言い切る。
「……まあ、相手があればね、考えてみなくもない。」
「カルロは?」
「ありえない! あれだけは絶対ない。」
「蒼月、あの二人はあれでいいんだよ。ああいうパートナーシップだってある。」
結局蒼月とは、6人の子をもうけた。新月の晩に生まれた女の子は朔、次に生まれたのは男の子、少し空いて一年違いで女の子、男の子。次男は青い目だった。そして最近つかまり立ちを覚えた子が男の子。そして、今宿ったばかりの命が蒼月の胎にある。
「蒼月のかあ様が残してくれた護符はみんなに行き渡った。さて、この子にはどうしようか。」
「朔がね、蒼月作ったの欲しいって。だから、この子にはかあ様が作ったの1枚あげる。」
蒼月の護符づくりは年を増すごとに、技術も上がり、込められる力も強くなった。今では、蒼月の母親の作った護符と遜色ない。
蒼月が、まだ膨らんでいない腹を撫でながら柔らかな笑みを浮かべた。
それは、満月の晩、しんしんと染み渡る優しい光、月の光の淡い青。蒼い月のようだった。
※一般的には『蒼』は草木が青々と茂るの「アオ」=グリーンです。または、顔面蒼白、生っ白い様子。
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