夏の夜に見た夢

春廼舎 明

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outside,こぼれ話

24.疑惑

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 徹夜はやはり辛かったのか蒼月は朝食を食べた後、アンネマリーの入れた茶を飲んでうとうとしだした。
 アンネマリーが見ていてくれるというので、封書を持って事務所にやってきた。

「さて、どうしたものか。」

 マリオが連れてきた子は、先日連絡のあった、しばらくうちのチームで面倒を見るという子ではなかった。
 では、一体あの子はなんだ? この封書を開けてみればわかるだろう。組合の事務長室の前に行くと、同じく手には書面らしき何かを持ったカルロがいた。

「やあ、リーダーおはよう。朝から何かあったのかい?」
「いや、ちょっと報告と、相談かな。お前は?」
「まあ、僕もそんなもんかな。事務長に報告と、リーダーに相談?」

 含みのある言い方、雰囲気に思わず息を飲む。

「おい、お前ら、むさくるしい野郎同士の逢引きを俺の部屋の前でしてんじゃねえ」
「うへっ、事務長そんな発想思いつちゃうあんたの方が気持ち悪いよ。」

 とにかく中に入れと、部屋に入り、カルロはどかっと籐の長椅子に腰掛ける。事務長手ずから水滴のたくさんついたガラス瓶から茶をつぎ、席に着く。

「いや、最近若い女の子の間で、男同士の恋愛っておぞましいストーリーが流行っているらしくてなあ、娘がはまってる。お前なんか、いいモデルにされてるぜ。」
「げえ! 僕は美しいにしか興味がないよ。」
「はは、モデル料でもふんだくっとけ。」
「で、お前らなんかあったんじゃないのか?」
「あー、じゃあ、僕から。あとで詳細の報告も上がってくると思うけど、まずは口頭で」

 すっと、ローテーブルに黒っぽいシミをつけた封書を置く。

「先ほど、西の門からいくつかの遺体が運び込まれた。落石事故があったらしい。乗り合いの牛車の乗客数名、岩の下敷きになってなくなった。御者と牛は怪我をした程度だが、牛が足をやられて立ち往生してたそうだ。」
「西? あそこは岩切場の横を通ってくるところだろ? なんで……」
「あそこなら常に監視が立って、管理されてるからむしろ安全だろ?」
「普段ならね。とにかく、昨日、来るはずの乗合牛車が戻って来ず、様子を見に行ったら見つかったらしい。命のあった御者が言うには、落石はおとといの夕暮れだったらしい。」
「……」

 ちらりとカルロが視線をよこす。それに乗ってやってくるはずだった子が既にいる。どういうことか? 言いたいことはよくわかる。

「……国境警備兵が見たやつか。」
「国境からここまで、日数的にも合うな……」
「まあ、偶然なのか狙ったのかわからないけど、今幾人か崖の上を探りに行ってる。僕は、ひとまず報告に来た。」

 事務長が封書を開ける。中身を見て、俺に渡す。身上書と紹介状だった。

「わかった。まずはその調査の結果を待とう。玄のはなんだ?」
「それと関連すんのか、別件なのか、昨日の夕方、新人を一人家へ泊めた。近隣の村の子かと思ったんだがな、今朝これを渡された。」

 テーブルに封緘がついた面を上にして置く。
 ピリっと空気が硬くなる。
 その封緘に使われているスタンプは、隣国の軍が使うものとよく似ていたからだ。

「ちょっと待て、それ、」
「まあ、言いたいことはよくわかる。俺もそうかと思って、だからここに来た。」

 事務長が封筒を持ち上げ、光に透かして見たり、封が開けられた様子が無いかなど丁寧に調べる。

「まあ、針や刃物が仕込まれてるってことはなさそうだ。粉末状の細菌兵器みたいな恐ろしいものなら、もう手遅れだ。」
「後者はねえだろ。その封緘を使うのはあの国だぜ? あいつらがそんなもん入手するか精製できるなら、とっくにゲリラ戦は終わってる。」
「そう思わせる、全く別の勢力の可能性は?」
「そこに食いつくほどの旨味は?」
「……ないねえ。」
「とりあえず、開けるか。」

 事務長が、ペーパーナイフをとり、ピリっと封筒をあけ、中身を取り出す。ちらりと見て、俺たちにも見えるよう、テーブルに置く。

「こいつは、なんというか。これを持って来た子はどんな子だったって?」
「外見は、そうだな、綾の国に多くいるあっさりした顔立ちの、黒髪のガキだ。目が青い。」
「うん、リーダーと正反対だね。」
「まあまあ、他には?」
「この文面通り、自分は奴隷だと申告した。昨日の夕方、公衆浴場でイリヤって介助人が付いたが、何も言っていなかったから犯罪奴隷の類ではないだろう。」
「あんな子供が犯罪奴隷になるほどの罪を犯すとは考えにくいだろ。」

 犯罪奴隷の焼印があれば、いくら奴隷制度はないこの国でも、無視をすることはない。
 とはいえ、少年兵、工作員だったりして。奴隷だと名乗らせて残りの者が森に潜んでる可能性は……?

「昨日、お前んとこのチームの若いのが南東の森で探索してたんだろ? その子供が囮で、兵が潜んでる可能性は? そういう兆候は森で見られたか?」
「いや、あっちゃこっちゃ探ったって言っていたが、変わった様子はなかったようだ。あいつは地元民で、森に慣れてるしな、人の気配があればおそらく気づく。」
「マリオか、あいつなら森の変化にも敏感だな」
「しかし、俺の勘ではこれを持ってきた子は嘘をついている感じはしないし、騙されていいように使われているようにも見えない。」
「なんにせよ、一度連れて来てくれ。まあ、どうせ人攫いにでも会って、奴隷にさせられたんだろう。なら、この書面に法りそいつはこの街の住人として住まわせる、生きていくための仕事をやる。」

 家に戻れば、フード付きのブカブカの黒い長袖シャツを着て、こげ茶のブーツを履き、手袋をはめ、鏡の前でくるくる回っている蒼月がいた。アンネマリーがクスクス笑いながら、黒の帆布製のウエストバッグを渡すと、ブカブカのシャツを留めるベルトのようにぎゅっと腰にはめ、バッグの体側についたホルダーに変わった形のナイフをセットした。
 無表情なのにどこか得意げな顔でこちらを見る。

「なんだ? 今日はもう仕事はないって言っただろ? 明日の準備は明日すればいい。」
「旦那様、こんな綺麗な服、ありがとう」
「いや、黒い服を綺麗って言われたのは初めてだな……ちょっと大きかったか? まあ、すぐにでかくなるだろう。」
「ああ、毎日栄養のあるものたっぷり作ってやるから、しっかり稼いでおいで。」
「ん!」
「まあ、蒼月がやる仕事は……街の小間使いをやらせるにしては、街中のことを知らないし、それは商業組合の管轄だし……」
「昨日の葉っぱ、また採る?」
「あの森、毒虫やトカゲ、奥に行けば猛獣も出て危険だぞ。それに、飛び出た枝葉や蔓でうっかり擦り傷作ると、毒のある植物も多いから、……ちょっと首元が心もとないな。」
「なら、サラシを巻いといたらいいんじゃないか? この子、そうしてたみたいだし。」

 そういえばそうだった。真っ白に漂白されたサラシを見て、蒼月がふるふると顔を振る。

「森の中、真っ白なの纏ってると、目立つ。標的、マトにされる。」

 アンネマリーがぽかんとしてる。しかし、すぐにハッと気がつき気を利かす。

「ああ、じゃあ、黒い首元から目元まで覆うマスクつけたらいいんじゃないか? ほら、玄持ってるだろ? 夜襲に使うときみたいなの。」
「阿呆、夜警だ。逆じゃねえか。」
「あらやだ、あんたがつけてると、夜襲に行くようにしか見えなくてねえ。間違えたよ」
「顔がほとんど隠れんのに、なんでそう見えるんだよ。思い込みだ。失礼な。」

 部屋に戻り衣類箱からゴソゴソとそれを探し出した。一度使ったが、ものすごく不評で、しかも自分も暑くて、それきりだ。
 後ろで、部屋の入り口で恐る恐る様子を伺っている蒼月が、猫のようで面白い。

「あった、ほら。」

 ぽいっと投げて渡すと、じーっとみて、クンクン匂いを嗅ぎ出す。

「洗ってある! 一度使ったが、その後アンネマリーがちゃんと洗ってくれた!」
「これ、旦那様の?」
「暑くて、俺はもう使わない。お前が使うなら、やるよ。」
「旦那様の?」
「ああ、欲しいならやる。」
「ん!」

 ぱああっと満面の笑みを浮かべる。
 まずい、ほだされそうだ。

 トコトコと、鏡の前に戻り、マスクをかぶる。目の位置を合わせ、さらにフードを深くかぶって襟元をピンで留める。

 こうして、黒ずくめのちびっこいすご腕が完成した。


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