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第1章 旅立ち

第6話 自分の道。

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第6話 自分の道。

 
 その日は家族会議となった。
 
 父さんと母さんと妹二人の夕食。
 僕は母さんの得意な豚肉の炙り焼きをナイフとフォークで切り分けながら食べる。
 肉汁と少し硬い豚肉が米と合う。
 正確には米という名前ではなくテフという穀物なのだが作り方も味も前世で食べた米によく似ているし、ここでもコウジカビを使った酒にも使われるので僕は心の中で米と認識していた。
 
 「考えたがやはり父さんは反対だな。俺も子供の頃はそういうのに憧れたが大人になると夢から醒めるものだ。その時後悔しても遅いんだぞ。それにユキナは普通の人とは違って裕福な酒造業の跡取りになれる。街の殆どの人間が羨む人生のどこが不満なんだ?」
 
 酒造業は宗教として飲酒が奨励されていて収入も安定していて高い。
 花形職業で将来は酒造業者になりたい者が多いから人もうらやむ職業だろう。
 こういう言い方は良くないが、転生した僕は親ガチャに大当たりしたと言ってもいい。
 
 「私はユキナを支持するわ。男の子はこのくらい覇気があるほうが頼もしいもの。それに経験が多い事は悪くは無いわ。ただし死なないという条件付きでね。ユキナも、もうすぐ15歳になるのよ。立派な大人です。この子の人生はこの子が選ぶべきよ」

 そういう母さんが物分かりが良いのはかつて冒険者ギルドの受付嬢をしていたからだ。
 母さんは沢山の生死を見てきたが冒険者は皆一様に自分の人生に誇りと夢を持っていた。
 それを知っていると言うのが大きい。
 勿論危険な事はよく知っている。
 でも自分まで父さんに同意したら僕は家族と縁を切って家を飛び出すしかない。
 その事がわかっているから僕の意見に賛同してくれた。
 それが消極的賛同だとわからないほど僕は子供じゃない。
 
 「ユキナ兄が冒険者になるならあたしが婿を取ってこの蔵を継げるんでしょ?あたしは賛成」
 
 僕の2つ年下の妹で長女のシズクが手を上げてそう言う。
 シズクは僕が蔵を継ぐ場合どこかに嫁に行く事が確定済みで自分の夫は自由に選べない。
 僕が酒造業の相続権を手放せばシズクは自分の好きな婿を選び放題だ。
 酒造業の跡継ぎを断る男はまずいない。
 多分シズクにも好きな男子はいるだろうし。
 
 「わたしはユキナ兄が跡を継いでほしい。ユキナ兄が死ぬのは絶対いや!!」

 可愛い事を言ってくれるのは僕の4つ年下の末の妹のミオ。
 ミオは吟遊詩人に憧れていて楽器を扱う塾に通っているが順調にいけば誰かに嫁ぐか、家を出て吟遊詩人になって不安定な生活を選ぶかという未来を考えている。
 吟遊詩人は冒険者と違って酒場や上手くいけば貴族の邸宅で歌を披露する事が出来るがけして楽な道ではない。
 こういう風に比較的自由な進路を選べるのは実家が裕福だからだ。
 もし僕とミオが落ちぶれても実家の伝手でやり直せる。
 勿論そんな未来は望まないけど、いざという時に逃げ道があるのはありがたい。
 つくづく僕は家族に恵まれている。

 「神聖魔法の塾に通うのは許可しよう。卒業までに決意が変わらなければ生きていける技量を試す。冒険者として生きていくには最低でも銅級の技能が必要だ。後の事はそれから考えよう」
 
 父の言葉で家族会議は終わった。
 期日は15歳になるまでに銅級の武芸と神聖魔法を習得しなくてはいけない。
 これまで以上に頑張らなくてはと決意した。
 一週間後、僕は首都フレーベルへと旅立つ。

 ☆☆☆
 
 「ユキナもボクと同じ魔法塾に通う事にしたんだ!?」
 
 神聖魔法も魔法なので基本は同じ塾だ。
 その塾の入り口でミレーヌと出会う。
 ミレーヌは攻撃や防御時に付与できる強化系の魔法を学んでいる。
 簡単な治癒魔法は習得済みなようでミレーヌは15歳までに冒険者として必要な銅級の技能は習得できると思う。
 
 級には下から銅・青銅・鉄・鋼・銀・金・白金があって最初はみんな銅級からスタートだ。
 
 銅から青銅までの間に死ぬ人が多く、以降は順調に級をあげていくが金から白金までの間が果てしなく遠い。
 金のまま白金まで行けない人も少なくない。
 白金から上は伝説級でそこまで到達したのは歴史上稀。
 まず僕は銅級にならないといけない。
 
 
 「僕も広い世界を見たくなってね」

 本当は君の隣に立ちたいなんていう子供っぽい理由は恥ずかしいので伏せる。
 それに自分の知らない世界の事を知りたいのは嘘じゃない。
 この世界に転生して平凡だけど充実した人生を送るのも良いと思っていた。
 でも一度死んだ身。
 今度こそ生きたいように生きると決めたんだ。
 
 「じゃあユキナも冒険者になるんだね!!ボクと一緒に頑張ろうねっ!!」

 「うん。頑張ろう」

 僕とミレーヌは固く握手する。
 だがそう易々と叶う夢ではない。
 僕も護身程度の武芸は習っているけど傭兵や兵士に混じって本格的な武芸を学ぶのは初めてだ。
 長剣は子供の頃から練習してきて自信があったが、本当の殺し合いを想定した訓練の前には素人剣術でしかなかった。

 ロンド教官は元傭兵で強面で頬に傷がある禿頭の身体のがっしりとした巨漢で胸筋が凄い。
 纏まった資金が溜まったので傭兵を辞めて教官になったそうだ。
 傭兵は大金を稼げるが寿命は短い。
 生き残って大金を手にして首都に多額の献金をして、市民として定住したこの人は間違いなく強い。
 本当の殺し合いの中で生きてきた人なのでとても厳しく指導される。
 
 「てめえらみたいなヒヨコが武器持ったくらいで粋がるんじゃねえ!!剣だけ握ってりゃ勝てるほど甘くはねえぞ!!」

  基礎体力は勿論、長剣だけでなく短剣や斧槍弓棍棒とあらゆる武器の扱いを叩きこまれる。
 
 「剣だけに頼るな!!剣なんか斧の一撃で折れちまう!!斧だけに頼るな!!斧は外したら終わりだ!!槍は的確に突け!!剣も斧も槍も無くなったら棒で!!棒が無ければ石で戦え!!近づいて戦えるだけじゃ足りん!!基本は弓だ弓!!接近戦になる前に敵の数を減らせ!!弓が無ければ石を投げろ!!」

  傭兵らしく武器の扱いに長けているロイド教官は自分が戦いの中で得た戦闘技能を惜しげも無く教えてくれる。
 その戦い方は正々堂々を重んじる騎士などとは全然違う。
 生き残る為に相手を殺す。
 極論を言えば殺して生き残る為だけに特化した戦闘技能だ。
 それだけに無駄がなかった。
 ロイド教官と組手をした僕はあっさり投げ飛ばされ地面に押さえつけられる。
 そのまま首に手刀を当てられた。

 「死んだな?」

 「……はい」

 そしてまた組手が繰り返される。
 
 衆人環視の中で罵られ嘲られ、無様に倒される毎日に挫けそうになるが必死に覚えこんだ。
 この人の教育を耐えきれば生きていけるが耐えられなければ多分死ぬだろう。
 激しい教育に付いてゆけず次第に塾生が減っていき、100人いた生徒は僕が卒業する頃には10人に減っていた。
 
 「お前たちよく頑張ったな。だがここが入口だ。外に出れば俺みたいに優しい奴なんていねえぞ。最後に言っておく。死ぬな生き延びろ。見苦しかろうが恥ずかしかろうが生き延びろ。生きりゃ金も名誉も手に入るが死んだら全部おしまいだ」
 
 そう言って怒鳴りつつも強面のロイド教官は嬉しそうに笑う。
 この人はもともと社交的で陽気な人なのかもしれない。
 その人生を変え傭兵になったきっかけを僕は知らないが後悔はしていないだろう。
 自分の血肉で得た知識と経験を分けてもらった僕はロイド教官に深々と頭を下げた。
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