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第9章 勇者と恋人

第56話 闇が浄化された街。

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 第56話 闇が浄化された街。
 
 教会の礼拝堂に降りた僕とミレーヌをみんなが出迎えてくれる。
 疲労困憊で集中力の切れたクヌートとフェリシアのかけたハードロックの魔法が解けて、教会の扉が開け放たれ激しい戦闘の跡が残っていたが、みんな無事だったようだ。
 
 ストーンゴーレムは全て石ころにもどっていたが、礼拝堂の中には気絶した街の人だけが横たわりシグレさんとセシルさんがみねうちを、クヌートとフェリシアがスリープで眠らせる戦い方を徹底した為、けが人はいたが死者はいない。
 
 「二人とも無事だったか!!」

 シグレさんが息荒くもしっかりとした足取りで僕達に話しかける。
 僕の左腕が骨折している事に気が付いてセシルさんがハイポーション、重傷時にしか使わない高価な水薬を僕に渡してくれた。
 
 「ありがとうございます」

 「無茶させたみたいですまないね」
 
 セシルさんにそう言われると照れ臭い。
 僕がハイポーションを飲むと骨折していた左腕の感覚が戻り、左腕の骨がちゃんとくっついたのか自由に動かせるようになった。
 
 「それより二人ともどんな奇跡を使ったんだ?」
 
 礼拝堂の椅子にへたり込んだクヌートが僕にそう言って教会の外を指さすと、暴徒だった人たちが教会の回りに散らばったレンガなどを拾い集め片付けていた。
 
 クスリと幻術で虚ろだった瞳に光が戻り、憑き物が落ちたという様子そのもので心なしかみんな楽しそうだ。
 クヌート自身も何か悩んでいた顔に自然な笑みを浮かべている。
 よく見るとみんなが心に抱えていた闇が消え去ったように見える。
 
 「こんな光景は初めて見ます。ここの住人は無気力で刹那的な生活をしていて皆が不幸を嘆いていたというのに」
 
 女騎士のカチュアさんが一番驚いていた。
 職務がら街中の巡回も行っていただろうカチュアさんがそう言うと、外にいた住人が迷いのない笑顔を返してくれる。
 
 僕達は教会を出て貧民街に戻ると、そこにはまき散らされていた糞尿を集めてゴミとして幾つも堆積されていて、その糞をネコ車と呼ばれる一輪車に乗せている人々がいた。
 
 その人たちはルクス城に整備されている下水道へと糞を運び、井戸から路上にバケツで水を撒いて溜まった尿などの汚れをモップでゴシゴシと洗い流している。
 
 貧民街に住んでいた人たちが自分たちの街を綺麗に掃除しているのだ。
 明らかに悪臭が漂っていた街が少しずつ綺麗な空気に変わっている。
 自分たち自身の心の汚れを落とすように掃除をしている人たち。
 一体何が起こったのだろう。
 
 遠くを見ると陥落していた第3の砦に兵士が果敢に反撃を行っているのだろう。
 全てを諦めかけていた兵士たちの剣戟がゴブリンの持つ錆びた剣の鈍い音より大きくなっていて、ルクス城守備隊が優勢になった事が伺える。
 逃げ遅れていた住人の保護も始まったようで燃えていた街も火の手が消えていく。
 落城寸前だったルクス城が蘇ったのだ。
 
 「お父さん!!お母さん!!」
 
 酒場に隠れていた子供達が教会の中に駆け込んで連れ去られていた両親と強く抱擁をしている。
 怪我をしていた人々は救出されて子供たちの笑顔が戻った。
 
 「お姉ちゃんたちありがとう!!」

 ミレーヌに泣きながら抱き着いていた女の子が今度は満面の笑顔でミレーヌを見上げていた。
 ミレーヌは屈んでその子の頭を優しく撫でている。
 
 「ほらね。ボク達約束守ったよ」
 
 「うん!!お父さんとお母さんを助けてくれてありがとう」
 
 その光景を見ながら僕はみんなに尖塔であった出来事をどう説明するか悩んでいた。
 
 ◆◆◆
 
 「ルクス城攻撃の指揮を取っていた大魔導士ベスパルを倒す時、僕とミレーヌに勇者の力が溢れてきたんです」
 
 店主も客も逃げ出した為、椅子とテーブルだけが残っている貧民街にある酒場跡で僕とミレーヌは事の顛末をみんなに説明していた。
 
 ミレーヌのお母さんが勇者マリータだった事。
 ミレーヌが勇者マリータから勇者の力を受け継いでいる事。
 そして一時的に僕に勇者の力が宿り大魔導士ベスパルを打ち取った事。
 勇者の光が街を包んだ時、闇の力を浄化出来た事。
 全て包み隠さずみんなに話した。
 
 「きっとユキナさんとミレーヌさんの勇者の光が街を覆っていた闇の感情を浄化したんですね」
 
 フェリシアがそう言うとクヌートが頷く。
 クヌートは満面の笑顔で街の人達を見ていた。
 
 「多分俺の心の闇もだ。ずっと抱いていた人間やエルフへの恨みが嘘のように消えていて心が軽い」
 
 ずっとクヌートとフェリシアはハーフエルフと言うだけで謂れなき差別を受けていてその事を恨んでいた。
 
 その負の感情が一時的に消え去ったクヌートが優しい笑みで、綺麗にされていく街で掃除に従事している子供たちを見つめている。
 クヌートは妹のフェリシアを守る為に必死に感情を抑えていたのだろう。
 初めて見る優しい笑みはクヌート本来の優しい性格を表しているように見えた。
 
 「あたいもさ。何か心が軽いんだよ。こう、言い方が下世話で悪いけど男に抱かれてる時より胸の中があったかいんだ」
 
 セシルさんも時折見せていた殺伐としていた雰囲気が消えているのだろう。
 いつものおどけた笑みではなく心からの笑みを浮かべていた。
 
 「私はクヌートとフェリシアとセシル程ではないが心が落ち着いている。まるで死んだ弟と接しているようだ」
 
 「弟さんがいたのですか?」

 「もし生きていたら今年18歳になる。ユキナによくにた自慢の弟だよ」

 シグレさんも晴れ晴れとした表情をしていた。
 みんな抱えていた心の闇が浄化されたのだろう。
 
 「えっとねボクこれは頭で考えたんじゃ無くて勇者の力がそう言ってるんだけど、それって一時的な物じゃないかな。根本的に解決しないとみんなの心はまた闇に閉ざされる気がするんだ」
 
 確かにそうかもしれない。
 ハーフエルフへの差別が無くならない限りクヌートとフェリシアの負の感情はまた元に戻るだろうし、セシルさんも酒と男に溺れる生活に戻る気がする。
 だけど一時的にしろみんなが本来持っている素顔の自分を取り戻したのは良い事だと思う。
 
 みんなの様子を見ていたカチュアさんが発言する
 
 「まずはルクス侯爵閣下。ティニーの所へ戻ろう。敵の指揮官、大魔導士ベスパルを打ち取った報告をしないといけない」
 
 カチュアさんは気が付いていないようだけどティニー様ではなくティニーと呼んでいる。
 きっと妹同然に育てたティニーに抱いていた主従の関係を今だけは忘れて愛する妹への感情に戻ったのだろう。
 一時的にでもカチュアさんが抱えていたティニーへの想いに気が付いたのは良い事だと思った。
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