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第12章 フミンの少女

第86話 クヌートの微笑み

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 第86話 クヌートの微笑み
 
 僕達とフミンの少女は貧民街にある近くの怪しげな酒場に転がり込む。
 僕たちに驚いた店主の老人が目を丸くしているが、僕達がフミンの少女を伴っているとわかったのか慌てて店の奥へと案内してくれた。
 
 「ここまでくれば安心だ。さっきの老人は金次第で口が堅い」
 
 クヌートがそう言いながら銀貨の入った小さな革袋を老人に投げる。
 老人は革袋の中身を確認して笑みを浮かべると、先ほどと同じように店先へと戻っていった。
 路地裏の酒場に逃げ込んだ僕たちはクヌートとフェリシアに事情を話した。
 
 「なるほどな。その子がフミンって民族の子なんだな?」
 
 クヌートは少女の痣だらけの顔や身体を見て言った。
 心から不憫に思ったのだろうか。
 普段とは違ってクヌートは悲しそうに俯く。
 
 「まずは傷を癒しましょう」
 
 そう言ってフェリシアが治癒魔法を少女にかけようとすると少女は怯えたようにミレーヌの後ろに隠れた。
 よほどひどい目にあったのだろう。
 まるで手負いの猫のように警戒している。
 
 「大丈夫だよ。この人は君を虐めたりしないから」
 
 そう言いながらミレーヌが少女の手を取ってフェリシアへと近づく。
 フミンの少女は警戒したままだけど意味を察したのだろう。
 フェリシアの手からあふれた光を浴びたフミンの少女の身体から痣や傷痕が綺麗に消えていく。
 自分の傷跡が癒えた少女が驚いて何かを話し出す。
 フェリシアが少女とよく分からない言葉で話をしていた。
 
 「フェリシア、その子の言っている事がわかるの?」
 
 「ええ。正確に言えば感情を読み取っているのですが」
 
 魔法って便利だ。
 古代魔法と精霊魔法と神聖魔法。
 全ての魔法に長けたウィザードのクヌートとフェリシアに出来ない事は無いのだろうか。
 
 「それでなんて言っているの?」
 
 「とても怖かった。両親や兄弟のように殺されると思ったと言っています」
 
 つまりこの子は天涯孤独だという事だ。
 一人で生き残って周りが誰も助けてくれなくてさぞ心細く怖かっただろう。
 この子の境遇を知ったフェリシアが少女を優しく抱きしめて背中を撫でる。
 フェリシアが慈愛に満ちた表情で言葉を紡ぐと少女は泣き出した。
 外に声が漏れないようにクヌートが部屋の周りにサイレント(音が伝わらない沈黙の魔法)をかけてくれたので、店中に響く鳴き声は部屋の外には聞こえなかった。
 
 「お風呂いれてあげようよ。服もぼろぼろだし体も痩せてるから美味しいもの食べたらきっと落ち着くよ」
 
 ミレーヌの提案に僕たちは頷いた。
 クヌートが酒場の老人にお風呂と食事を用意してもらう。
 僕とクヌートが周りを警戒する中で、浴場の中で少女の身体をミレーヌとフェリシアが優しく洗ってあげる。
 石鹸の良い香りがして少女の喜ぶ声が聞こえた。
 僕は隣に立つクヌートに話しかける。
 クヌートはいつもなら厄介ごとを持ち込むなと小言を言いそうなのに黙っていた。
 
 「今日は静かなんだね」
 
 「何がだ?」

 「いつものクヌートなら余計な事をするな、とか言いそうなのにさ」
 
 僕がそう言うとクヌートが優しく微笑んだ。
 クヌートが微笑む事は滅多にない。
 
 「俺とフェリシアを救ってくれた師匠を思い出したのさ」
 
 クヌートはそう言って懐かしそうに天井を見詰めた。
 ハーフエルフとして親に捨てられ故郷の森からも追い出され、乞食同然の生活をしていたクヌートとフェリシアは魔法使いに拾われて魔法を習い独り立ちできた。
 その魔法使いは亡くなったそうだけど、クヌートとフェリシアの事を大切に育ててくれたのだろう。
 クヌートは一見冷淡に見えるけど心根はとても優しいし、フェリシアはまるで慈母のように皆を包んでくれる。
 二人の心根が優しく育ったのは師匠のおかげだと思った。
 
 「いい人だったんだね」
 
 「変わり者ではあったがな。普通はハーフエルフの子供なんて養ったりするものか」
 
 そう言って懐かしそうに笑うクヌートだ。
 あのフミンの女の子をどうしようか。
 少なくとも見捨てるという選択肢は僕にもミレーヌにもクヌートにもフェリシアにも無かった。
 
 ◆◆◆
 
 フミンの少女をお風呂に入れて身ぎれいにしたあと、焼き立てのパンとミルクと野菜サラダと焼肉。
 普段は食べられない豪華な食事を振舞う。
 少女は目を丸くして僕たちに食べていいの?と控えめに見つめてきたので、フェリシアが食べていいんですよと笑顔で伝える。
 フミンの少女は大急ぎで食べ始めた。
 きっと何日も何も食べていなかったのだろう。
 とても幸せそうに食事を楽しむ少女を見て愛らしさと不憫さが募る。
 お風呂に入った少女は痩せているけど美少女と言ってよく整った顔立ちをしていた。
 僕たちが知り合ったルクス侯爵のティニーちゃんと比べても遜色がないと思う。
 

 「でもこんな場所をよく見つけたね」
 
 僕がクヌートにそう聞くとクヌートは笑いながら
 
 「ハーフエルフは厄介者だからな。いざとなったら逃げ込めるこういう場所を作っておくのは常識なのさ。金次第で反社会的存在をかくまってくれる奴はどこにでもいるのさ」
 
 ハーフエルフは盗みや乞食という偏見が根強いからこういう場所を確保しておくのは自衛手段だという事だ。
 クヌートもフェリシアも犯罪者じゃないけど、世間ではそう見られるのが腹立たしい。
 
 「そう怒らなくていい。俺もフェリシアも理不尽には慣れている」
 
 僕が怒っている事に気が付いたクヌートが笑いながら僕をなだめる。
 感情がすぐ顔に出てしまうのは僕の悪い癖だ。
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