百鬼夜行祓魔奇譚

束原ミヤコ

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支配の蠱毒

まちあわせ

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 夜の街を、私を乗せた呂希さんのバイクは飛ぶように進んでいく。
 ふり続けていた雨は、いつの間にかあがっていた。

 雨に濡れてネオンの滲む街の中を、風を切りながらバイクは走った。

 乗り物なんて最近は電車に乗るぐらいだった私は、初めて乗るバイクの体に当たる風圧の生々しさに圧倒されながら、呂希さんの体にひたすらしがみついていた。

 触れ合った皮膚から、胸の鼓動が伝わってくる。
 私よりも体温は低いけれど、呂希さんの骨ばった柔らかさのない体は、私と同じ生きている人間のもの。
 有無を言わせない冷酷さで辰爾先生の骨を折って、化け物に食べさせた呂希さんだけれど、どうしてだろう。
 怖くない。
 それどころか、ずっとこのままでいたいと思う。

 散りばめられたドロップキャンディのように輝く街を走り、どこか遠くに、ここではないどこかに、連れて行って欲しい。
 だって私もーー呂希さんと同じ。
 人の溢れた賑やかな街の中で、ずっと、遭難し続けている。

 あっという間だった気もするし、長い時間だったような気もする。
 バイクがたどり着いたのは、賑やかな繁華街の一角にある背の高いビルの前だった。
 私はきた事のない街だ。
 私が言ったことのある場所なんて、本当に少ししかないのだけれど。

「呂希さん、ここは?」

 ヘルメットを外して、乱れた髪を整えてから、私は呂希さんに尋ねる。
 私の手を引いてビルの中に入っていく呂希さんに、私は従った。
 制服でうろうろするには場違いな繁華街は、様々な年齢の人たちが行き交い、猥雑な印象を受ける。
 お客さんを呼び込む声や、楽しげな笑い声、色々な音が複雑に混じり合ってる。

「ここで、人と待ち合わせしてる。本当は帰りたいんだけど、胸糞悪い遺物を持ち歩くの嫌だし、杏樹ちゃん、怖い思いして疲れてると思うけど、もう少し一緒にいて」

「私は大丈夫ですよ、怪我もないです。元気です」

「でも、怖かったでしょ」

「怖かったけど、呂希さんが助けてくれました。だからもう、怖くないです」

「うん。僕は、杏樹ちゃんをいつでも助けにいくよ。どこにいても、何があっても」

 呂希さんは、ゆっくりと噛み締めるようにして、そう言った。
 それは私がたまたま、怪我をした呂希さんを見つけて、たまたま助けたからだろうか。
 呂希さんは、私のことを命の恩人と言っていた。
 私はただ、血を飲まれただけで、それは私ではなくても良かった筈だ。
 ただの偶然。
 本当に、ただの偶然。帰る時間が少しずれていたら。あの道を通らなければ。
 ーー私は、呂希さんと出会うこともなかった。

「ありがとうございます。でも、私は一度呂希さんを助けて、一度助けてもらいました。だから、もう」

 手入れの行き届いた、つるりとした壁材の無機質な狭いエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込む。
 エレベーターは、青く光るライトで照らされていた。
 どういう仕組みになっているのか、エレベーターの壁に魚が映し出されている。
 その魚たちは、エレベーターの中を縦横無尽に泳ぎまわっているようだった。
 まるで、深海にいるみたいだ。

「杏樹ちゃん、僕は命を助けてもらったんだよ? で、僕の命を助けてくれた恩人の可愛い可愛い杏樹ちゃんを一生守るって決めたの。だから、もう良いとか、もう十分とかは無しね」

「でも」

「もしかして、僕のこと好みのタイプじゃないとか? どうしよう。見栄えは良い方だと思ってたけど。髪の色が嫌いとか? あ! 口調が駄目とか?」

「い、いえ、そんなことは、これっぽっちもなくて」

「よかったぁ。じゃあ両思いってことで、問題なしだね」

「呂希さん、ええと、その、……お仕事の、大切な話があるんじゃないですか? 私、先に帰った方が」

「えー、じゃあ僕も帰る」

「待ち合わせしてるんですよね。駄目だと思います」

「杏樹ちゃんが一緒にいてくれなきゃ、摂理なんかと会いたくない」

 呂希さんは駄々をこねる子供のような我儘を言った。
 私は小さくため息をついた。
 多分、呂希さんは冗談で我儘を言っているわけじゃない。
 私が帰ることを選んだら、本当に一緒に帰るのだと、なんとなくわかる。
 私としてもこのまま帰るのは、収まりが悪かったので、お仕事に首を突っ込むようで気がひけるけれど、一緒についていくことにした。
 あの時ーー
 榎本先輩の、幽霊、としか言えない何かは、私を助けてくれた。
 あの化け物はなんなのか。
 辰爾先生はどうなったのか。
 何があったのか、知りたい。
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