幼馴染の婚約者に浮気された伯爵令嬢は、ずっと君が好きだったという王太子殿下と期間限定の婚約をする。

束原ミヤコ

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黒騎士ゼス 1

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 黒騎士ゼス様は私を抱き上げたまま、怯える男たちと、助けを求めても止めることもしなかった店主を多分、仮面の下に隠されている瞳で睨みつけた。

 瞳も顔も見ることはできないけれど、仮面の下の瞳が冷たい怒りをたたえていることぐらいは察することができる。
 それは長年戦いの中で培われてきた、有無を言わさない殺気や威圧感のようなものなのかもしれない。

 私は、ゼス様の腕の中で身をすくませた。
 それはゼス様の体が驚くほどに硬くて大樹みたいにしっかりしていて立派だからということもある。
 私よりも頭一つ分以上大きくて、鎧を纏っているわけでもないのにすごく硬くてごつごつしている。
 
 もちろん男性にこんなふうに抱いていただいたのははじめて。
 クリストファーに抱っこされる機会なんてなかったものね。

 むしろ──幼い頃は、甘えん坊だったクリストファーの手を私がひいて歩いていたぐらいだもの。

 もしかしたらクリストファーにとって私は、頼りになる姉程度の存在だったのかもしれない。
 だからだんだん、疎ましくなったのかしら。

 それでも──浮気がバレるまでは、結婚をしようとはしてくれていた。
 それぐらいの情はあったのかもしれない。

 それとも、いまだに私たちの両親は交流があるから、婚約を白紙にして欲しいなんてとても言い出せなかったのかもしれない。

「嫌がる女性を強引に襲うなど、素行が悪いという言葉ではおさまりきらないな。いますぐ奪った宝石を返せ。ここにいる全員の顔と名前は覚えている。リーシャを傷つけた分の痛みを、お前たちには味わってもらう」

「ただの冗談だろ、ゼス。世間知らずの貴族のお嬢さんをちょっとからかっただけじゃねぇか」
「そうだ。貴族なんてものは、俺たちから巻き上げた金で食ってるいけすかない連中だ」
「あんたも貴族が嫌いだろ、ゼス」

「黙れ。明日から、夜道には気をつけることだな」

 店にいた男たちの大半が、ゼス様に殴られたり蹴られたりして、床やテーブルの上に倒れて伸びている。
 残された男たちが、私から奪ったアクセサリーを集めると、私に返してくれた。

 青ざめ怯えて、震えている。
 まるでさっきの私みたいだ。

「あ、あの……確かに、私も迂闊でした。すごく嫌なことがあったので、……でも、駆け込む場所を間違えたのです。私にも落ち度があります」
「夜道を一人で女性が歩いていたとして、男に襲われたら悪いのは女性ではなく襲った男だ。君には落ち度はない」

「ですが私もやけになっていたので……こんな姿で、高価なアクセサリーをつけて、こんなところに来るなんて。貴族や、金持ちの娘だと言いふらしているようなものです。私、馬鹿でした」

「リーシャ。怖かったのだろう。怖かったのなら、怖いと言っていい。感情を隠す必要はない」
「……っ、ふ、ぅう……」

 初対面の私に、馬鹿みたいな行動をとってしまって迷惑をかけた私に、ゼス様は優しい言葉をかけてくれる。
 クリストファーのこともあったし。
 大勢の男性に囲まれて、襲われかけた衝撃に、まるでひどく激しく頭を殴られたみたいに何も考えられなくなっていた。
 心の中の妙に冷静な部分が、自分を責めて、罪悪感でいっぱいになって。
 情けなさと申し訳なさばかりで胸が張り裂けそうになっていたのに。

 怖かったと、言っていいのだと言われてしまうと、まるで心の中の柔らかい部分を剥き出しにされて優しく抱きしめられたみたいな安心感が、体の緊張を解いた。
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