8 / 26
六個に別れた聖遺物
しおりを挟む大丈夫。覚えている。
百回分の記憶をかき集めると、ダルダリオスについての断片的な情報が形を成して浮かび上がってくる。
「レイン様、急ぎましょう。あまり時間がありません。蝋燭の炎が消えてしまうのは、今日の日没すぎ。それまでに、邪神の体を元の場所におさめて、六個の聖遺物を修復しなくてはいけません」
「……聖遺物?」
私はレイン様の腕の中から無理やり体を引き剥がすようにして離れた。
レイン様は不思議そうな表情を浮かべている。
「あ! 本当はもっと抱きしめていて欲しいのですよ。男性に優しくされるのも、好きな人に優しくしてもらうのも、これが初めてなのです。なんて言えば良いのか、とても嬉しいです」
「よくわかりませんけれど、そうですか」
「でも、私たちは忙しいので、いちゃいちゃするのは後です。無事に全部が終わったら、もっとたくさん抱きしめてくださいね」
「……無事に、全部が終わったら」
レイン様は何かを考えるようにして、自分の両手に視線を落とした。
「うまくいくとは思えません」
「でもまだ、時間があるでしょう? 夢の中のレイン様は、日が落ちるまで私に優しくしてくれました。制限時間のいっぱいまで、私をここには連れてこなかったのです」
「それは夢の中の私の話です。私は今、君に邪神を見せました。君がそれを、知っていたから」
「もし駄目だったら、私を邪神に捧げてください。そうすれば、レイン様はダルダリオスに体を奪われずにすむのでしょう? レイン様はレイン様のまま、邪神の力を全て、その身に受け入れることができる。そうして、レイン様は魔王になることができるのでしょう?」
「ええ。そうですね……父や母は、邪神を私に宿すため、百人の血の贄を捧げました。最初は使用人。そして領民。最後に、妹と、自分達。よく覚えています。私の目の前で、首を切られた幼い妹と、お互いの首を切る二人のことを」
百人の贄を捧げたら、邪神がレイン様の体に宿るはずだった。
けれど、それは結局中途半端に終わってしまった。
邪神の命を示している蝋燭は消えることがなく、レイン様は自我を失わず、その体には魔力だけが無理やりねじ込まれる形となった。
蝋燭の炎は、どうやっても消えたりしない。つまり今、ダルダリオスはレイン様と、偶像。二つの体の中にいる。蝋燭の炎が消えた時、偶像の中の命が消えて、レイン様の体にうつるらしい。
それはレイン様を神としてかつぎあげていた邪神崇拝者たちが言い残していったことだ。
「それはレイン様が、十歳の時ですね。もっと幼い頃から、贄は捧げられていて、最後にご両親が亡くなった。ミューエ辺境伯家は邪神崇拝者で溢れて、レイン様は彼らに神としてかつぎあげられ崇められたのでしたね。レイン様はそれが不快だった。だから、崇拝者を皆、追い出した」
私は、祭壇の偶像を両手で持ち上げて抱えた。
ずっしり重い。
つるりとしている、黒い石像のようにみえるけれど、どくどくと、その体には生命の拍動があるような気がする。
角のはえた獣の頭に、黒い翼。人間のような体はびっしりと鳥の羽で覆われていて、足は軟体動物に似ている。
邪神ダルダリオス――黒髪赤目の烏たちが、古の時代に崇拝していた神。
魔力持ちとして嫌われて、虐げられてきた烏の民が、すがったもの。
「ええ。八年前に、烏が一斉に処刑されたでしょう。彼らは邪神崇拝者でした。私が彼らを、憲兵に捕縛させたのですよ」
「それから、レイン様はずっと一人だったのですよね。でも、これからは私がいます。私と、私の家族がいます。私とレイン様が結婚したらみんなレイン様の家族になります。ふつつかものですが、末長くよろしくお願いしますね」
「……ロザリアは、私に邪神の贄にされる夢を見たのでしょう? それなのに、よくそんなことが言えますね」
両手に邪神の偶像を抱えてレイン様を見上げて、私はぺこりとお辞儀をした。
レイン様は、空虚な瞳で私を見下ろしている。
空虚さの中に、わずかな戸惑いがあるように見えた。
「だって助けてくれたので。レイン様は、私を何回も助けてくれました。レイン様がいなければ、私はもっとひどい目にあって、それから処刑されてしまうのですよ。それを考えれば、レイン様は私にとって、救いの神のようなものです。あと純粋に見た目が好きです」
「……私は、それと、同じ。そのおぞましいものと」
レイン様は私の手の中の偶像を指で示す。
「これも、よく見たら可愛いと思いますけど。でも可愛いからってお部屋のインテリアにしているわけにはいきませんね。さぁ、まずは腕をもとの場所に戻しに行きましょう。右腕と、左腕。聖遺物が持ち去られて、聖廟は今は魔物が湧き出る悪所になっているでしょうから、レイン様は私を守ってくださいね」
「どうして、そんなことまで知っているんです?」
「これは、私がグレン様に処刑される場合の夢なんですけど。グレン様が言うには、私たちルーヴィス公爵家は国賊で、ミューエ辺境伯家が管理していたはずの聖廟から、聖遺物を盗んだんですって。証拠として、六個の聖遺物を目の前に突きつけられました。私に突きつけていないで、さっさと聖廟に戻せば良いのに」
「夢の話なのに、まるで実際に見てきたように、君は話をしますね」
「とっても現実味がある夢ですから。でも、聖廟にダルダリオスが封印されていたことは、もうみんな忘れ去っているんです。覚えていたのは、古くから封印の管理者だったミューエ辺境伯家だけ。ミューエ辺境伯家は、元々は魔力を持って生まれた黒髪赤目の、烏の民。烏の民は、かつては王国の中央にいました。その神秘の力で、国を栄えさせて、国を守っていたのですね」
これも、繰り返しの中でレイン様が私に話してくれたことだ。
レイン様は辺境伯家に残されていた書物を読み漁っていて、この国の隠された歴史についてよく知っている。
繰り返しの中のレイン様は、自分の身に降りかかった不幸を、烏の民を恐れ遠ざけ差別してきたウィレット王家のせいだと言っていた。
王家に対して激しい恨みも憎しみもないけれど、「私と同じぐらいに不幸な君のために、滅ぼしてあげる」と言っていた。
レイン様から見て、私は不幸だったのだろう。
でも、今の私は不幸なんかじゃない。不幸になる気もない。
「レイン様、行きましょう。まずは聖遺物を取り返します。グレン様が持っていることはわかっているので、脅して場所を白状させましょう」
「脅すのですか」
「脅します。それが一番手っ取り早いので。レイン様の出番です、よろしくお願いします」
「良いですよ、ロザリア。蝋燭の炎が消えるまで、私は君を守り従う、君の騎士となりましょう」
レイン様はそう言って、私の額に軽く口付けた。
忠誠を誓う口づけは甘くて、どうにも気が抜けそうになってしまう。
私はもっと私に触れようとしてくるレイン様から、一歩後ろに下がって逃げた。
私は急いでいるので、いちゃいちゃするのは後回しなのである。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
189
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる