悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ

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企画の相談

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 リュシオンは長い足を組むと、にこやかに両手を広げて口を開く。

「まずは、話を受けてくれたことに礼を言うよ。去年はモデルを断られてしまったから、駄目かなと思っていたんだ」
「あまり、人前に出ることは得意ではないのです。それに、そこまで見栄えのいいほうではありませんし、どちらかといえば身長も低いですから」
「そんなことはないよ。俺は可愛いと思うけどな」
「ありがとうございます……」

 面と向かって可愛いと言われることは、ほとんどなかった。
 ラーチェルに近づいてくる男性は、ナターシャに近づきたい者ばかりだった。
 その目は大抵の場合は、ラーチェルを通り越してナターシャを見ていた。

 それについては、仕方ないことだと思っていたし、だからといって私を見て欲しい──などと思うつもりはないのだが。
 リュシオンの軽薄さは念頭に置かなくてはいけないものの、褒められると照れてしまうし、純粋に嬉しかった。

「貴族令嬢らしくないところもいいよね。調香府は変わり者が揃っているけれど、君は、なんていうか……そう、普通、という感じがするし」
「ふふ……そうですね、私もそう思います」

 ルルメイアもアベルも、ヴィクトリスも個性が強いが、ラーチェルはあまりにも普通だ。
 それはよく分かっているので、笑いながら同意した。

「でも──あまり目立たないけれど、押しつけがましくなくて、優しくて聡明だ。俺はね、女性の外見の見栄えは内面を現さないと思っているんだよ。内面からにじみ出るものが、美しさだろう?」
「それは素敵な考え方ですね。でも……内面が優れているかと問われたら、とてもそうです、とは言えませんけれど」
「そこが、君のいいところだよね。ミーシャ様の笑顔が増えたのは君のおかげだろう。だから、陛下との関係もより良好になっている。でも、君はその事実を誇らないし自慢もしない。殿下が君を選んだ気持ちが、俺には分かるよ」

 ラーチェルは、さすがに照れてしまって、視線をさまよわせる。
 誉め言葉は嬉しいが、同時に少し苦手だった。
 たいしたことはしていないのだ。
 部屋を整えて、香りで満たして、ミーシャの国の料理を作った。それだけのことである。

「すぐに照れるのも可愛いところだよね。けれど、信念をもって生きている。君は美しいよ、ラーチェル。君のつくった香水もとても美しい。海の魔物、君の提案したデザインだよね。あの瓶、俺はとても好きだな」
「ありがとうございます」

 リュシオンは口が上手いのだろうが、誉め言葉は本心のようにも感じられる。
 香水の名前や瓶のデザインを覚えていてもらえるのは、自ら作り出したものが自分の子供のように可愛いと思っているラーチェルにとっては、嬉しいことだった。
 せっかくだから、珈琲に口をつけた。
 南方から取り寄せた豆を炒って砕いて、お湯をそそいで抽出した珈琲は、紅茶にはない独特の香りと苦みがある。
 
「それで、今回の発表会なんだけど、俺は今のところなにも考えていないんだよね」
「もう、二か月しか期限がありませんが……」
「デザインさえ決まれば、服飾府総出で縫製にかかるから、一週間もあれば問題ないよ。アクセサリーを入れるともう少しかかるけれどね。できたら一か月は欲しいかな」

 リュシオンは両手を胸の前で合わせると、ラーチェルを伺うように見つめる。

「どうかな、ラーチェル。君の香水をもとに、服を作りたいんだ。俺は君の作るものを、その中にある優しさをとても尊敬していてね」
「優しさ……?」
「前回のオオアカエイの香水も、それを薬として使用している海辺の街の人々が、海をとても大切にしていることを知って、ああいうデザインにしたのでしょう?」
「それは……その、私はオオアカエイを見たことがありませんから。話を聞きに行ったのです。深い海に住むオオアカエイを、底引き網を利用して獲るのだそうです」

 知識としては知っていたが、詳しくは知らなかった。
 人々の暮らしは様々で、ラーチェルにとっては全てが新鮮だった。

「彼らにとって海は生活の糧。友であり、同時に命を奪われる危険もある、荒れ狂う魔物でもあると……そういう話を、聞きまして」

 誰にも話したことはなかったのに、どうして香水の瓶を見ただけでそこまで分かるのかと、ラーチェルは目を丸くした。
 リュシオンは深く頷いた。

「そういうところ。好きだよ。好きだし、尊敬できる。君を捨てた男たちは、馬鹿だね。勿体ない」
「……リュシオン様、その話は」
「でも、殿下はいいよね。降って湧いた幸運のようなものだろう。遠くから君を見ていたら、君が自分から腕の中に飛び込んできたんだから。俺も、飛び込まれたかったな」
「あれは、恥ずかしい出来事で……できれば、忘れて欲しいのですが」
「そう? あれはあれで、俺は可愛いと思うよ。いつも真面目な君の迂闊な一面に、男はときめくものだからね」

 ラーチェルは少し、困ってしまった。
 リュシオンの好意はとても真っ直ぐなものだ。そう思ったから相手を褒めるし、そう思ったから好意を口にする。
 子供みたいな人だなと、思う。
 美しい見た目で子供みたいにあけすけに好意を口にするから──女性の方が、彼に対して本気になってしまうのかもしれない。

「と、ともかく、リュシオン様。私の方も話をお受けしたばかりで、まだ何も決まっていないのです。いくつか案がまとまりましたら、相談に来ますね」
「うん。楽しみにしてる。仲良くしようね、ラーチェル。そうだ、今度食事に行こう? 共同発表者として、君ともっと親しくなりたい」
「それは、ありがとうございます」

 それからしばらく、リュシオンの今までデザインしてきたドレスの絵を参考に見せてもらったり、アクセサリーを見せてもらったりした。
 気づけば昼休憩の時間になっていて、オルフェレウスとの約束を思い出したラーチェルは、リュシオンに礼を言うと慌ててリュシオンの部屋を後にしたのだった。

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