悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ

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オルフェレウスの想い人



 客がいなくなった食堂の片付けを手伝って、宿に戻ろうとしたラーチェルに、エウリアが声をかけた。

「ラーチェル、助かったわ、ありがとう! お礼といってはなんだけれど、ホットミルクでも飲んでいかない? それともお酒のほうがいいかしら」
「ありがとうございます。お酒はあまり得意ではなくて、最近も失敗したばかりなので、ホットミルクでお願いします」
「失敗?」
「え、ええ、酔って大失態を」
「お酒の失敗なんてしょっちゅうよ。気にする必要なんてないわ」

 エウリアはホットミルクをカップに入れて、ラーチェルにすすめた。
 誰もいない静かな食堂に、蜂蜜の甘い香りが漂った。

 カウンター席に座り、ラーチェルはホットミルクを口にする。優しい甘みが口いっぱいに広がって、疲れた体が癒やされる。

 カウンターの中に立って皿をふきながら、エウリアはラーチェルに微笑んだ。

「本当に助かっちゃった。中々一人じゃ、手が回らなくてね」
「人を雇ったりしないのですか?」
「雇うほどの余裕はないのよね。小さな村だから、お客さんがすごく多いってわけでもないし」
「エウリアさんはすごいですね、一人でお店を開いていて」
「元々は、両親の店だったの。それを継いだだけ」
「ご両親の……」
「そう。三年前に亡くなってね。魔物が出て、魔物の毒にやられてしまって。それで、魔物退治に来てくれたのが騎士様ね。たまたま傍を通りかかったとかで、噂をきいて助けに来てくれたのよ」

 ラーチェルの知らない、オルフェレウスの過去の話だ。
 オルフェレウスのいないところで勝手に聞いていいのかと思いながらも、興味を抑えられなかった。
 それに、ルアルアの香木の話も聞けるかもしれない。

「魔物の毒ですか……?」
「毒を吐く魔物……確か、シビレカガシと言ったかしら。それはそれは大きな蛇でね。そんなものが現れたのははじめてで……私の両親はその時、山で山菜をとっていて、襲われたのよね」
「それは、お辛かったですね」
「そうね……それで、騎士様がシビレカガシを退治してくれたのだけれど、その時足に怪我を負ってしまって。怪我が治るまでの数日、両親の仇を討ってくれた恩もあったから、ここで世話をさせてもらったの」

 食堂の二階が、居住空間になっているようだ。
 オルフェレウスは数日、エウリアと共に過ごした。その時に、香木を──。

「……エウリアさんは、その騎士様に、恋を?」
「あはは、いやね、ラーチェルまで。まぁ、少しは……素敵な人だったから。でも、そういう隙? みたいなのが、全然なくてね。心を全く開いてくれないっていうのかしら」
「隙、ですか」
「ええ。ルアルアの香木の香りを嗅いだ時だけ、表情が変ったかしら。確か、幼い時に……同じ匂いのするものを食べたっていっていたわね」
「バニラを?」
「あの香りは、バニラっていうの?」
「はい。バニラビーンズという植物の種子……加工が必要ですけれど、お菓子を作るときに使ったりしますね。甘くて独特な香りがするでしょう?」
「あぁ、だから、食べたということね」

 オルフェレウスは寡黙で、それ以上詳しいことは何も教えてくれなかったという。
 エウリアは木を食べたとはどういうことかと、しばらく悩んだそうだ。

「騎士様は……オルフェレウス様とおっしゃったかしら。すごく愛しそうな、懐かしそうな顔をしていて。きっと、忘れられない思い出があるのだと思うわ。香りと……誰か、に」
「誰か……」
「そう。ある人から貰って、食べたと。恋をしている顔だわ。それも、どうしても手に入れたいのに、手に入らない相手に恋い焦がれる顔をしていたの。いいわよね、あんなお堅い人に、そこまで思われるなんて」

 ──それが、ナターシャということだろうか。

(バニラとシナモンのお菓子……?)

 何か、心にひっかかるものを感じた。
 ラーチェルはバニラとシナモンの香りがするパウンドケーキが、幼い頃は特別好きだった。
 焼き上がるときに調理場から漂う香りが、外まで伝わってきて、心が踊った。

 あれは幸せの香りだと、幼い頃のラーチェルは信じていた。
 だからオルフェレウスから感じる微かなバニラとシナモンの香りが、ラーチェルはとても好きだと感じたのだ。

(でも……そんな、都合がよすぎるわよね……)

 幼い日のラーチェルは、オルフェレウスに、菓子を渡したのだろうか。
 それが自分だとは、とても思えない。
 思い出せない。

「今のラーチェルも、同じ顔をしてる。もしかして、オルフェレウス様の知り合い?」
「は、はい……その……婚約者です。つい最近、婚約をしたばかりですけれど」
「そうなのね! すごいわね、偶然。あの騎士様が結婚を決めるなんて……きっと、あの人の恋していた相手は、ラーチェルだったのね」
「まさか」
「だって、その人とじゃないと絶対に結婚しないって、そんな顔をしていたわ」

 ラーチェルは曖昧に笑った。そんなわけがない。
 けれど、そうだったら──どんなに嬉しいだろう。

 今になって、逃げるように王都を経ってしまったことが悔やまれた。
 きちんと、会って話をするべきだった。出かけると伝えるべきだった。
 逃げないで、話をすればよかった。
 ナターシャのことが好きなのかと直接尋ねれば、きっとオルフェレウスは答えをくれただろう。

「実は私、王都で香水の研究をしていまして。オルフェ様からルアルアの香木について聞いて、村に来たのです。神聖なものだとお聞きしましたので難しいかもしれませんが……可能ならば採集をして、商品にしたいと考えていて」
「ルアルアの木を?」
「はい。やはり、難しいでしょうか」
「明日、村長にかけあってみるわね。騎士様には恩義があるし、ラーチェルはその婚約者だもの。信用できる」

 ラーチェルは立ち上がると、「ありがとうございます!」と礼を言って、深々と頭をさげた。
 




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