悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ

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はじめての夜


 もう一晩村に泊まり、出立は明日の朝ということになった。

 乗合馬車を乗り継いでここまでやってきたラーチェルだが、オルフェレウスは馬に乗って来たため、相乗りで──という話をしていたところ、宿の店主がやってきた。

「お二人は、ご夫婦だと聞いたよ。別の部屋なんておかしいだろうと思って、一部屋用意しておいた。どうぞ、使ってくれ」

 もちろん親切心からのことだろう。
 しかしラーチェルは焦った。オルフェレウスは少し酒に酔っているが、ラーチェルは素面だ。
 突然同室で夜を共にするなど、心の準備ができていない。

「そうか、感謝する」
「気にしないでください、騎士様。お世話になったお礼ですよ。料金もいりませんので」
「いや、金は払う」
「真面目ですね……。共同風呂ですが、お湯もあります。ゆっくり休んでいってくださいね」

 オルフェレウスは断るだろうと勝手に思い込んでいたラーチェルは、あっさり承諾したことに驚いた。
 生真面目な彼は、婚礼前に夜を共に過ごすことなど受け入れないと考えていたのに。

 ベッドぐらいしかない一人部屋から、店主の用意してくれた二人部屋へと荷物を運ぶ。
 ラーチェルの肩に乗っていたエルゥは、さっそくベッドの上に飛び乗ると丸くなった。

『ふかふか。苔ベッドよりもいいものだ』
「エルゥ、お風呂に入りますよ」
『お風呂?』
「綺麗にしましょうね。オルフェ様、湯あみをしてきますね」
「……あぁ」

 ウェストコートを脱いでいるオルフェレウスに話しかけて、ラーチェルはいそいそと逃げるように部屋から出た。
 ラーチェルの腕に抱かれているエルゥが『何故、慌てているの?』と、不思議そうに聞いてくる。
 
 そういえば──二人きりではない。
 エルゥが一緒だ。
 だとしたらきっと、何も起こらないだろう。

(よかったような……少し、残念なような……な、何を考えているのかしら、私は……)

 一人で想像して一人で慌てて、ラーチェルはそんな自分に呆れながら、共同風呂でいつもよりも入念に自分の体を洗った。
 何も起こらないとしても同衾するのだから、森の中を歩いたせいで泥臭い女だと思われたくない。

 ついでにごしごしエルゥの体を洗う。
 エルゥはずっと「にゃー!」と、笑っているのか怒っているのかよく分からない声をあげていた。

「戻りました。……オルフェ様?」

 さらにふわふわの艶々になったエルゥを抱えて、ラーチェルは部屋に戻った。
 つやつやの毛玉は、部屋に入ったとたんにソファのクッションの上で丸くなった。
 くわっとあくびをして、ぱたりと尻尾を振る。自分の尻尾にくるまれるようにしながら目を閉じる。
 すぐに眠ってしまったらしく、規則正しく体が上下しだした。

 オルフェレウスは、ベッドで横になっていた。
 飾り気のない寝衣を着ているが、オルフェレウスが着ると特別にあつらえた高級な服のように見える。
 いつもは綺麗に整えられているオールバックの髪の、前髪が降りて顔にかかっていた。

「今日は、疲れましたよね。おやすみなさい」

 部屋のベッドは一つしかない。
 ダブルにしては少し小さいぐらいだが、これはラーチェルが普段公爵家の大きなベッドで眠っているためにそう感じるだけだろう。
 
 それから、オルフェレウスの体格がいいのでそう感じるのかもしれない。
 
 ともかく、オルフェレウスは眠っているようだ。
 安心したようながっかりしたような妙な気持ちになりながら、ラーチェルはオルフェレウスの隣に体を滑り込ませた。
 
 出来る限り邪魔にならないように体を小さくする。
 オルフェレウスは横を向いているために、視線を向けると背中が見えた。
 よく鍛えられた背中は、ごつごつしている。布越しに、背骨や肩甲骨、筋肉の隆起が浮き出て見えた。

 オルフェレウスがいなければ──エルゥを助けることができなかったはずだ。
 オルフェレウスがエルゥと戦ってくれたから、ラーチェルはエルゥの状態を観察することができた。
 だから、アナベルのことも助けることができた。
 
 助けられてよかった。大切な人を失うのはいつだって苦しい。
 それが若い命だと、余計に。
 命に差異はないけれど──子供たちには元気に生きていてほしい。
 
 オルフェレウスの母や、ルーディアスの母はそう思わなかったのだろうか。
 彼らを残して自ら命を絶った。その気持ちが、ラーチェルには分からない。

 ベルカの願いを聞いて、ベルカを想い泣く家族の姿を見て、オルフェレウスはどう感じたのだろう。

 出来れば──あなたの世界が、これから彩に満ちて欲しい。
 その隣でずっと、笑っていたい。

「……好きです、オルフェ様」

 背中にそっと触れて、小さな声で囁いた。
 いつの間にか、ラーチェルの中でオルフェレウスの存在は大きなものに変わっていっている。
 ルイやルドランへの感情は、思い出せないぐらいに過去へと変わっていっている。

 目を閉じて眠ってしまおうとしたラーチェルの視界が、ぐらりと揺らいだ。
 いつの間に起きたのか、それとも起きていたのか。
 オルフェレウスがラーチェルに覆いかぶさっている。
 案外長い金の髪が、ラーチェの頬に触れた。真剣な青い瞳が射るように、ラーチェルを見つめている。

「お、オルフェ様、起きて……」
「酒を、飲み過ぎた。私は、酔っているのかもしれない」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。だが……君に触れたい。君が、悪い。可愛いことを、するのがいけない」

 啄むように、唇が触れる。
 ラーチェルはぎゅっと、シーツを握りしめた。

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