鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~

束原ミヤコ

文字の大きさ
4 / 46

ヴァルドール家での目覚め

しおりを挟む


 ラティアの母シャルリアは、父レイモンドの元にセシリオ大神官家から嫁いだ。
 大神官家の子は女神リーニエの祝福を与えられている巫女と呼ばれており、巫女を妻に迎えるというのはとても名誉なことである。

 特にレイモンドの父は、熱心なリーニエ教信者だった。
 そのため、レイモンドの意思など関係なくシャルリアを息子の妻に迎えることに決めたのだ。

 長年式典の巫女として大神殿に勤めていたシャルリアがレイモンドに嫁いだのは、レイモンドが二十歳、シャルリアが二十九歳の時。
 
 まだ遊びたい盛りのレイモンドは、真面目で大人しいばかりのシャルリアを嫌った。
 度々仮面舞踏会や口に出せないことをしているパーティーなどに足を運び、若い女と遊んだ。
 そして出会ったのが、義母である男爵令嬢マデリーンだった。

『お父様はどうして帰ってこないのですか、お母様』
『お仕事が忙しいのよ、きっと』
『お母様はすこし疲れた顔をしています。元気をだしてくださいね』

 伯爵家にはいつも、母とラティアしかいなかった。それからほんの少しの使用人だけ。
 巫女として生きてきた母は、質素倹約に慣れていた。ラティアも、少ない食事や古びた服を、特に疑問にも思わなかった。
 母は賢い人で、いつもラティアの傍にいて、勉強も礼儀作法も何もかもを教えてくれていた。
 ささやかで、静かで、とても満ち足りていた。ラティアにとっては幸せな日々だ。

 だが母は時折疲れた顔を見せた。父が帰ってこないからきっと寂しいのだろうと、幼いながらにラティアは思っていた。

『お母様、手を出してください』
『どうしたの、ラティア』
『私、魔法が使えます。使いかたを、教えてくれるひとがいるのです』
『ラティア、それは一体、誰のことかしら……』
『しろくて可愛くて、ふわふわなのですよ』

 不安な顔をする母の手を取り、ラティアははじめて『触癒』の魔法を使った。
 それが『しょくゆ』と呼ばれる魔法だと、白くて可愛くてふわふわなものが、ラティアに教えてくれたのだ。
 失われた魔力を回復させることができる、特別な魔法。
 幼いラティアにはよく意味がわからない。ともかく、触ると元気になる魔法だと思った。

 だから母を元気にしたくて、ラティアは触れ合った母の手に、自分の魔力をそそぎこんだ。

『ラティア!』

 母は真っ青になり、ラティアの両肩を強く掴んだ。
 母の指が、痛いぐらいにラティアの肩に食い込んでいる。母は見たことがないような、こわい顔をしていた。

『お、おかあさま……? 私、いけないことを、しましたか……?』
『違うの。ラティア、その力は二度と使わないで。誰にも言ってはいけないわ』
『どうして? 私、お母様の役に立ちたい』
『魔法を隠すことが、お母様のためなの。真っ白のお友達のことも、誰にも言ってはいけないわ。誰にも知られないように生きるのよ。ラティア、お母様と約束をして』

 伯爵家の図書室で、本を読んでいた最中のことだった。
 母は誰にも見ていないことを確認するように素早く周囲に視線を走らせて、真剣過ぎるほどに真剣な眼差しと声で、ラティアに言い聞かせるように言った。

『お願いよ、ラティア。どうか隠して。あなたを、守るために』
『……うん。お母様、秘密にする。もう、魔法は使わない。ぜったいよ』

 ラティアが頷くと、母は安心したように微笑んで、それからラティアを優しく抱きしめた。
 母の柔らかな体と優しい香りに包まれる。
 図書室の本の匂いと、母の優しい声と、髪を撫でる手。窓から降り注ぐ柔らかな日差し。
 
 いつしかラティアはふんわりとした眠気に誘われていた。

『力を使うと、疲れる。それは、魔力を他者に渡す行為だから』

 ラティアの頭の中で、真っ白な友達の声が響いた。
 けれどラティアは返事をしなかった。真っ白な友達とももう、話をしてはいけないのだと自分を戒めた。
 そうすると──いつしか、声は聞こえなくなってしまった。

「……ここは」

 ラティアは目を覚ます。ぼやけた視界が焦点を結び、まず目に飛び込んできたのは豪華なシャンデリアだった。
 貴重なクリスタルがふんだんに使われている美しいものだ。
 蝋燭よりもずっと高価で希少なルーンライト鉱石が光源に使用されている。
 そのシャンデリアが吊りさがっている天井もまた、白壁に複雑で美しい紋様が刻まれているものだ。

「私……」

 はっとして、ラティアは起きあがった。どこかの邸宅の、豪華な部屋のふかふかのベッドに寝かされている。
 薄汚れた服のまま、白いシーツの上にラティアは横たわっている。

 急いで飛び起きてベッドから降りようとした。その途端頭がぐわんと傾いて、ラティアはべしゃりとベッドの下の床に落ちた。
 
「……っ、いた……」

 痛みがある。どうやらこれは夢ではないようだ。一瞬、死後の世界に来たのかと思った。
 母に隠せと言われて以来、『触癒』の力は一度も使っていない。
 アレクシスの魔力を回復させたとき、ラティアは息苦しさや倦怠感と共に、意識が遠のいていくのを感じた。

 自分の力を全て渡しても、アレクシスを助けたいと考えていた。
 あの時ラティアは、アレクシスを助けるためなら死んでもいいと思ったのだ。

 触癒で命を失わなかったとしても、アレクシスに口づけるなどあまりにも不敬な行為だ。
 首を落とされても、文句は言えない。それでもいいと、覚悟を決めていた。

 床に這いつくばったまま動けないでいると、扉が開いた。
 扉から入ってきた男を、ラティアは視線だけ動かして見あげる。

 そこには──黒髪に深紅の瞳をした、まるで刃物で切り出した氷像のような厳格で冷たい美しさのある男、アレクシス・ヴァルドールが立っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

働きませんわ。それでも王妃になります

鷹 綾
恋愛
「私は働きませんわ」 そう宣言して、王太子から婚約破棄された公爵令嬢エルフィーナ。 社交もしない。慈善もしない。政務にも口を出さない。 “怠け者令嬢”と陰で囁かれる彼女を、王太子アレクシスは「王妃に相応しくない」と切り捨てた。 ――だが彼は知らなかった。 彼女が動かないからこそ、王家は自力で立つことを覚えたのだということを。 エルフィーナは何もしない。 ただ保証を更新せず、支援を継続せず、静かに席を外すだけ。 その結果―― 王家は自らの足で立つことを強いられ、王太子は“誰の力にも頼らない王”へと変わっていく。 やがて外圧が王国を揺らしたとき、彼は気づく。 支配でも依存でもなく、並んで立てる存在が誰だったのかを。 「君と並びたい」 差し出されたのは、甘い救済ではない。 対等という選択。 それでも彼女の答えは変わらない。 「私は働きませんわ」 働かない。 支配しない。 けれど、逃げもしない。 これは―― 働かないまま王妃になる、公爵令嬢の静かなざまあ恋愛譚。 優雅で、合理的で、そしてどこまでも強い。 “何もしない”という最強の選択が、王国を変えていく。

〖完結〗聖女の力を隠して生きて来たのに、妹に利用されました。このまま利用されたくないので、家を出て楽しく暮らします。

藍川みいな
恋愛
公爵令嬢のサンドラは、生まれた時から王太子であるエヴァンの婚約者だった。 サンドラの母は、魔力が強いとされる小国の王族で、サンドラを生んですぐに亡くなった。 サンドラの父はその後再婚し、妹のアンナが生まれた。 魔力が強い事を前提に、エヴァンの婚約者になったサンドラだったが、6歳までほとんど魔力がなかった。 父親からは役立たずと言われ、婚約者には見た目が気味悪いと言われ続けていたある日、聖女の力が覚醒する。だが、婚約者を好きになれず、国の道具になりたくなかったサンドラは、力を隠して生きていた。 力を隠して8年が経ったある日、妹のアンナが聖女だという噂が流れた。 そして、エヴァンから婚約を破棄すると言われ…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 ストックを全部出してしまったので、次からは1日1話投稿になります。

もう我慢しなくて良いですか? 【連載中】

青緑 ネトロア
恋愛
女神に今代の聖女として選定されたメリシャは二体の神獣を授かる。 親代わりの枢機卿と王都を散策中、初対面の王子によって婚約者に選ばれてしまう。法衣貴族の義娘として学園に通う中、王子と会う事も関わる事もなく、表向き平穏に暮らしていた。 辺境で起きた魔物被害を食い止めたメリシャは人々に聖女として認識されていく。辺境から帰還した後。多くの王侯貴族が参列する夜会で王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。長い間、我儘な王子に我慢してきた聖女は何を告げるのか。 ——————————— 本作品の更新は十日前後で投稿を予定しております。 更新予定の時刻は投稿日の17時に固定とさせていただきます。 誤字・脱字をコメントにて、何話の修正か記載と同時に教えてくださると幸いです。 また読みにくい部分に対してはルピを追記しますので、同様に何話のことかお教えいただけると幸いですm(_ _)m  …(~2025/03/15)… ※第一部が完結後、一段落しましたら第二部を検討する予定です。 ※第二部は構想段階ですが、後日談のような第一部より短めになる予定です。 ※40話にて、近況報告あり。 ※52話より、次回話の更新日をお知らせいたします。

「何の取り柄もない姉より、妹をよこせ」と婚約破棄されましたが、妹を守るためなら私は「国一番の淑女」にでも這い上がってみせます

放浪人
恋愛
「何の取り柄もない姉はいらない。代わりに美しい妹をよこせ」 没落伯爵令嬢のアリアは、婚約者からそう告げられ、借金のカタに最愛の妹を奪われそうになる。 絶望の中、彼女が頼ったのは『氷の公爵』と恐れられる冷徹な男、クラウスだった。 「私の命、能力、生涯すべてを差し上げます。だから金を貸してください!」 妹を守るため、悪魔のような公爵と契約を結んだアリア。 彼女に課せられたのは、地獄のような淑女教育と、危険な陰謀が渦巻く社交界への潜入だった。 しかし、アリアは持ち前の『瞬間記憶能力』と『度胸』を武器に覚醒する。 自分を捨てた元婚約者を論破して地獄へ叩き落とし、意地悪なライバル令嬢を返り討ちにし、やがては国の危機さえも救う『国一番の淑女』へと駆け上がっていく! 一方、冷酷だと思われていた公爵は、泥の中でも強く咲くアリアの姿に心を奪われ――? 「お前がいない世界など不要だ」 契約から始まった関係が、やがて国中を巻き込む極上の溺愛へと変わる。 地味で無能と呼ばれた令嬢が、最強の旦那様と幸せを掴み取る、痛快・大逆転シンデレラストーリー!

偽聖女と虐げられた私、追放先の氷の公爵様が「君は私の運命だ」と最初からベタ惚れで溺愛してきます

夏見ナイ
恋愛
聖女の力を妹に奪われ、家族から「出来損ない」と虐げられてきた伯爵令嬢エリアーナ。ある日、無実の罪で王太子から婚約破棄され、生贄として北の辺境へ追放されてしまう。 追放先は、触れたものを凍らせる呪いを持つと噂の「氷の公爵」カイルが治める地。死を覚悟する彼女を待っていたのは、しかし予想外の言葉だった。 「ようやく会えた、私の運命の君」 冷酷なはずの公爵は、エリアーナを初対面から過保護なほどに甘やかし、宝物のように大切に扱う。戸惑いながらも彼の深い愛情に触れ、エリアーナは自身の持つ特別な力に目覚めていく。 これは、全てを失った少女が凍てついた公爵領と彼の心を癒し、幸せを掴む溺愛シンデレラストーリー。

階段下の物置き令嬢と呪われた公爵

LinK.
恋愛
ガルシア男爵家の庶子として育てられたクロエは、家族として認めてもらえずに使用人として働いていた。そんなクロエに与えられた部屋は階段下の物置き。 父であるカイロスに不気味で呪われているという噂の公爵家に嫁ぐように言われて何も持たされずに公爵家に送られたのだが、すぐに出ていくように言われてしまう。 何処にも帰る場所の無いクロエを憐れんでか、一晩だけなら泊まっても良いと言われ、借りている部屋を綺麗にして返そうと掃除を始めるクロエ。 綺麗になる毎に、徐々に屋敷の雰囲気が変わっていく…。

【完結】追放王女は辺境へ

シマセイ
恋愛
エルドラード王国の第一王女フィリアは、婚約者である王子と実妹の裏切りにより、全ての地位と名誉を奪われ、国外へ追放される。 流れ着いた辺境のミモザ村で、彼女は持ち前の知識と活力を活かして村人たちの信頼を得、ささやかな居場所を見つける。 そんな中、村を視察に訪れた領主レオンハルト辺境伯が、突如として発生した魔物の大群に襲われ深手を負う。 フィリアは機転を利かせて危機を乗り越え、辺境伯を献身的に看護する。 命を救われた辺境伯はフィリアに深く感謝し、その謎めいた素性に関心を抱き始める。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

処理中です...