鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~

束原ミヤコ

文字の大きさ
5 / 46

ラティア、もてなしを受ける

しおりを挟む


 動くことのできないラティアを、アレクシスはあの時ラティアを救った槍と同じ色の鮮やかな赤い瞳で見おろした。
 艶やかなほつれ毛一つない黒髪。黒く真っすぐで意志の強そうな眉に、高い鼻梁。白磁のような透き通る白い肌、薄い唇。まるで、精巧な彫刻のように整った顔立ちの男だ。
 白いシャツに黒いベルベットのガウンをゆったりと羽織っている。
 どれもが一目で高価だとわかる衣服を着ているが、そんなことは感じさせないぐらいに彼によく似合っている。

 この美しい邸宅の主に相応しい佇まいの彼を前にすると、ラティアは自分が『使用人の鼠』だと強く感じた。

「……何故、床で?」

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。
 それは静かな夜に遠くの空に響く雷鳴のように、迫力と深みのある声だ。

 ラティアはなんとか体を起こす。だが、やはり頭がぐらぐらして、起きていられない。
 再び倒れそうになったラティアを、アレクシスは何も言わずに抱きあげた。

「あ……だ、だめ、です……」
「大人しくしていろ」

 両足が浮き、力強い男の体がすぐ傍にある。僅かに香る茉莉花に似た花の香りに、ラティアはいたたまれない気持ちになった。
 ラティアは、薄汚れている。髪も顔も、体も。

「ベッドは、いけません……」
「……何もしない。私を飢えた獣とでも思っているのか?」
「けもの……? 獣は、私です。私は、鼠、です。ですからベッドが汚れて……」

 アレクシスは訝しげに眉を寄せた。
 そしてベッドにラティアの体を降ろした。清潔でパリッとしたシーツと、ふかふかのマットが体を包む。ラティアはまるで雲の上にいるようだと感じた。

「ネズミというのが、お前の名か」
「い、いえ、そうではなく……公爵閣下、私、大変な無礼を働きました。私のような不浄の者が、あなたに触れてしまうなど……」
「私はお前を不浄などと思っていない。汚れたら洗えばいい。それだけのことだ。目覚めたかどうか見に来たが、体調がまだすぐれないのか?」
「……私、は」

 ぐぅ、と。間抜けな音がした。
 ラティアは両手で腹をおさえる。元々飢えていたのだ。触癒を使用したことで、腹と背中がくっつきそうになっている。
 あまりの情けなさと恥ずかしさに、ラティアは俯いた。

「腹が減っているのか」
「い、いえ……」
「すぐに支度をさせる。待っていろ。それから、名を教えろ。ネズミと呼ぶわけにもいかんだろうしな」
「……ラティア、です」
「そうか。ラティア。私はアレクシス・ヴァルドールだ。アレクシスと呼ぶといい」

 そう言って、アレクシスは部屋から出ていこうとした。
 それからふと扉の前で足を止めて振り向くと「もう床で寝るなよ、ラティア」と言った。
 ラティアはアレクシスの背を、呆然と眺めていた。

 ややあって、侍女たち思しき女性たちが数名、ラティアの元にやってきた。
 彼女たちは「閣下のご命令です」とラティアに恭しく礼をした。ラティアの目の前にグラスに入った白乳色の液体がさしだされる。

「栄養補給に最適なマルクヤギのミルクと各種薬草を煮出して冷やしたものです。少し飲めそうですか?」
「私に……? もうしわけないです、そんな……」
「遠慮なさらず。閣下の命の恩人と、お聞きしています」
「それは、私のほうで……」

 ラティアはさしだされたグラスを手にして、恐縮しながらも一口飲んだ。
 優しい甘みとスパイシーな味わいが口に広がり、喉を流れ落ちていく。
 激しい渇きも飢えも静まり、指先に力がこもる。
 眩暈がおさまり、ラティアはほっと息をついた。

「お加減はいかがですか?」
「大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。もう、帰らないと」
「閣下の命令です。今からお身体を綺麗にさせていただきます」
「え……」
「申し訳ありません、ヴァルドール家では閣下の命令は絶対ですから」

 ラティアは侍女たちによって浴室に連れて行かれる。
 隅々まで綺麗にされたあと、体を丁寧にふかれて、ドレスに着替えさせられる。
 ラティアは目を白黒させながら、まるで軍隊のように統率された手早い侍女たちのなすがままになっていた。

 たっぷりと布が使われている、ふわりとしたシフォンのドレスの上から、羊毛のショールがかけられる。
 髪はよくとかされて、ほつれ毛などはすっきりと切ってととのえられた。

「まぁ、可愛らしい!」
「美しい銀の髪ですね」
「青い瞳も宝石のよう」
「どなたかに似ています」
「女神リーニエ様によく似ています」

 美しく清潔になったラティアを見て、侍女たちは口々に言った。
 ラティアはひたすらに困り果てて、それでもなんとか「ありがとうございます」と礼だけは言った。

 挨拶とお礼は大事だと、母が言っていたことをひさびさに思い出していた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

働きませんわ。それでも王妃になります

鷹 綾
恋愛
「私は働きませんわ」 そう宣言して、王太子から婚約破棄された公爵令嬢エルフィーナ。 社交もしない。慈善もしない。政務にも口を出さない。 “怠け者令嬢”と陰で囁かれる彼女を、王太子アレクシスは「王妃に相応しくない」と切り捨てた。 ――だが彼は知らなかった。 彼女が動かないからこそ、王家は自力で立つことを覚えたのだということを。 エルフィーナは何もしない。 ただ保証を更新せず、支援を継続せず、静かに席を外すだけ。 その結果―― 王家は自らの足で立つことを強いられ、王太子は“誰の力にも頼らない王”へと変わっていく。 やがて外圧が王国を揺らしたとき、彼は気づく。 支配でも依存でもなく、並んで立てる存在が誰だったのかを。 「君と並びたい」 差し出されたのは、甘い救済ではない。 対等という選択。 それでも彼女の答えは変わらない。 「私は働きませんわ」 働かない。 支配しない。 けれど、逃げもしない。 これは―― 働かないまま王妃になる、公爵令嬢の静かなざまあ恋愛譚。 優雅で、合理的で、そしてどこまでも強い。 “何もしない”という最強の選択が、王国を変えていく。

〖完結〗聖女の力を隠して生きて来たのに、妹に利用されました。このまま利用されたくないので、家を出て楽しく暮らします。

藍川みいな
恋愛
公爵令嬢のサンドラは、生まれた時から王太子であるエヴァンの婚約者だった。 サンドラの母は、魔力が強いとされる小国の王族で、サンドラを生んですぐに亡くなった。 サンドラの父はその後再婚し、妹のアンナが生まれた。 魔力が強い事を前提に、エヴァンの婚約者になったサンドラだったが、6歳までほとんど魔力がなかった。 父親からは役立たずと言われ、婚約者には見た目が気味悪いと言われ続けていたある日、聖女の力が覚醒する。だが、婚約者を好きになれず、国の道具になりたくなかったサンドラは、力を隠して生きていた。 力を隠して8年が経ったある日、妹のアンナが聖女だという噂が流れた。 そして、エヴァンから婚約を破棄すると言われ…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 ストックを全部出してしまったので、次からは1日1話投稿になります。

偽聖女と虐げられた私、追放先の氷の公爵様が「君は私の運命だ」と最初からベタ惚れで溺愛してきます

夏見ナイ
恋愛
聖女の力を妹に奪われ、家族から「出来損ない」と虐げられてきた伯爵令嬢エリアーナ。ある日、無実の罪で王太子から婚約破棄され、生贄として北の辺境へ追放されてしまう。 追放先は、触れたものを凍らせる呪いを持つと噂の「氷の公爵」カイルが治める地。死を覚悟する彼女を待っていたのは、しかし予想外の言葉だった。 「ようやく会えた、私の運命の君」 冷酷なはずの公爵は、エリアーナを初対面から過保護なほどに甘やかし、宝物のように大切に扱う。戸惑いながらも彼の深い愛情に触れ、エリアーナは自身の持つ特別な力に目覚めていく。 これは、全てを失った少女が凍てついた公爵領と彼の心を癒し、幸せを掴む溺愛シンデレラストーリー。

「何の取り柄もない姉より、妹をよこせ」と婚約破棄されましたが、妹を守るためなら私は「国一番の淑女」にでも這い上がってみせます

放浪人
恋愛
「何の取り柄もない姉はいらない。代わりに美しい妹をよこせ」 没落伯爵令嬢のアリアは、婚約者からそう告げられ、借金のカタに最愛の妹を奪われそうになる。 絶望の中、彼女が頼ったのは『氷の公爵』と恐れられる冷徹な男、クラウスだった。 「私の命、能力、生涯すべてを差し上げます。だから金を貸してください!」 妹を守るため、悪魔のような公爵と契約を結んだアリア。 彼女に課せられたのは、地獄のような淑女教育と、危険な陰謀が渦巻く社交界への潜入だった。 しかし、アリアは持ち前の『瞬間記憶能力』と『度胸』を武器に覚醒する。 自分を捨てた元婚約者を論破して地獄へ叩き落とし、意地悪なライバル令嬢を返り討ちにし、やがては国の危機さえも救う『国一番の淑女』へと駆け上がっていく! 一方、冷酷だと思われていた公爵は、泥の中でも強く咲くアリアの姿に心を奪われ――? 「お前がいない世界など不要だ」 契約から始まった関係が、やがて国中を巻き込む極上の溺愛へと変わる。 地味で無能と呼ばれた令嬢が、最強の旦那様と幸せを掴み取る、痛快・大逆転シンデレラストーリー!

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾
恋愛
内容紹介 聖女ポーラ・スターは、引きこもっていた。 人と話すことができず、部屋から出ることもできず、 彼女の意思表示は、扉に貼られる小さなメモだけだった。 「西の街道でがけ崩れが起きます」 「今日は、クラムチャウダーが食べたいです」 祈らず、姿も見せず、奇跡を誇示することもない聖女。 その存在は次第に「役立たず」と見なされ、 王太子リチャードから一方的に婚約を破棄され、聖女の地位も解かれる。 ──だが、その日を境に、王国は壊れ始めた。 天候不順、嵐、洪水、冷害。 新たに任命された聖女は奇跡を演じるが、世界は救われない。 誰もが気づかぬまま、 「何もしない聖女」が、実はすべてを支えていた事実だけが残されていた。 扉の向こうで静かに生きる少女と、 毎日声をかけ続ける精神科医フォージャー。 失われていく王国と、取り戻されていく一人の人生。 これは、 祈らない聖女が選んだ、 誰にも支配されない静かな結末の物語。 『引きこもり聖女は祈らない』 ざまぁは声高でなく、 救いは奇跡ではなく、 その扉の向こうに、確かにあった。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

処理中です...