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ジルバの罪
しおりを挟む花や燭台で飾り付けられた長テーブルに並ぶのは、オナガドリの丸焼きや川渡ガザミの蒸し焼き、黒キノコのサラダ、トマトのファルシ、子羊のパイ包み焼きなど。
アレクシスも現れて席についた。
ラティアはアレクシスの真横の席、ジルバはアレクシスの正面に座っている。
侍女たちが飲み物を用意したり、食事をとりわけたりしてくれる。ラティアは同じ侍女なのにと、もうしわけなく思う。
「あの……アレクシス様、私もアレクシス様の給仕をいたします」
「お前は座っていろ」
「で、でも」
「私の隣にいるのがお前の仕事だ」
そう言われて、ラティアははっとした。
色々なことが起こったせいで一瞬頭の中から消えていた。アレクシスが存外元気そうだという理由もある。
アレクシスはジルバとの戦いで、かなりの魔力を使い、血液を消費していた。
ラティアはアレクシスの手を少し強引に握った。
「な……なんだ、ラティア。どうした」
「手に、傷が……! あ、ありません、ね」
「あぁ。私は血を触媒に使う。そのため体を傷つける必要があるが、その傷はすぐに塞がる。体を切るためのナイフは血の魔法を施したものだ。傷つけると同時に治癒もできる」
「そうなのですね、よかった。旦那様の手が傷だらけだったら、とても、悲しいです」
アレクシスの手は、皮膚が硬くてごつごつしている。ラティアよりも倍ぐらいに大きい。
その手を両手で包み、ラティアは安堵の笑みを浮かべた。
手のひらには傷が残っていない。だが、毎回あのように手を切る必要があるとしたら、痛いだろう。
傷を癒やすように手のひらを撫でる。アレクシスは黙っていた。手を振り払われないのだから、拒絶はされていないのだろう。
それからふと気づいて、アレクシスの耳に唇を寄せる。
ジルバの手前大きな声では尋ねられない。でも、思い出したら心配になってしまう。
「旦那様、癒しは、必要ですか」
「……今はまだいい」
「わかりました。では、あとで。二人きりの時に」
「……………………あぁ」
長い沈黙のあと、喉の奥から絞り出すような低い返事をアレクシスはした。
アレクシスの耳が赤く染まっている。ラティアは慌てて彼から離れた。不用意に触れてしまった。距離が近いことに気づいた。嫌だったのかもしれない。優しい彼は、我慢をしてくれていたのだろう、きっと。
「ごめんなさい、旦那様」
「構わない」
ぱっと両手を離し距離をとるラティアに、アレクシスは短く言った。
それから額に手を当てると、長い長い溜息をついた。
「……すまんが、ご両人。俺は邪魔だな、外したほうがいいか」
「ジルバ殿。貴公の話を聞くため、私は貴公を招いたのだが」
「そうなのだろうが、どうも、若い二人の邪魔をしている爺の気がしてならんのでな」
「特に邪魔ということはない」
「そうだろうか」
「失礼しました、ジルバ様。話を聞きたいと言ったのは私なのに、旦那様の傷が心配で……」
困ったように言うジルバに、ラティアは頭をさげる。
ジルバは鷹揚に首を振った。
「謝罪の必要はない。あなたは我が孫娘の命を救ってくれた恩人だ。ヴァルドール公もまた恩人だったというのに、刃を向けてしまいすまなかったな」
「構わん。あのまま戦い続けていたら、私は貴公を殺していた。そうなれば処理が面倒だ、こうして共に食事ができてよかったと思う」
「それはたいした自信だな、公爵よ。まぁ、確かにそうなっていた可能性はある。血のヴァルドールとは、おそろしいものだな」
「雷将ジルバ殿も、衰えていないな」
そこまで話して、アレクシスはふとラティアに視線を送る。
「ラティア。話していなかったな。私は陛下に命じられ、ジルバ殿の反乱を鎮圧しに行った。ジルバ殿は許可なく兵を出し、ケンリッド侯爵の領地を攻めた。ケンリッド侯爵は陛下に助けを求め、私に命令がくだったというわけだ」
「ケンリッド侯爵とは、アリーチェ様の夫だったのですよね」
「あぁ。侯爵は浮気をした。浮気相手を屋敷に住まわせ、アリーチェ殿を不遇の身に追いやった……らしいが、他人の家の中のことなど詳しく知りようがない。実際には何があったのかはわからん。ただ、陛下はいかなる理由であれ、軍を用いての私闘を禁じている」
それは貴族が魔力を持っているからだとアレクシスは言う。
場合によっては民や土地に甚大な被害を及ぼす可能性がある。それでなくても、魔力を邪なことに使用する者が後を絶たないというのに。
アレクシスはジルバの軍を追い払い、彼らを伯爵領地に追い返した。
その場ではジルバは魔法を使用しなかったそうだ。それはジルバなりに立場をわきまえていたからだ。
軍をあげたことでジルバの嘆きや悲しみが国王陛下に伝わり、ケンリッド侯爵に罰が与えられることを願っていた。
だが実際には陛下はジルバに罰金と蟄居を命じた。
そこで怒り心頭になったジルバは、アレクシスに攻撃をしかけてきたというわけだ。
「頭に血がのぼっていた。すまなかったな、公爵。まずは貴殿を降さなくては、ケンリッド侯を攻めることなどできんと考えたのだ」
「もし同じことを繰り返せば、陛下はいよいよ貴公の首を取れと私に命じただろう。貴公の命が繋がれたのは、ラティアが戦いをとめたからだ。忘れるな」
「その通りだ。ラティア殿、感謝を。……そして、俺の罪をあなたに話そう」
ジルバは胸に手を当てて、まるで女神に懺悔をするように、祈りを捧げるようにそう口にした。
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