22 / 42
逃亡の理由
しおりを挟む雷将と呼ばれたジルバは、二十年前に起きたルクスアリア戦役の勇将である。
ルクスアリア戦役とは、王家に反旗を翻したロイド・ルクスアリア公爵を中心としたルクスアリア領の平定戦だ。
これは国を二分する戦いになった。ロイドは当時の王の兄だったが、側妃の子だった。そのため王位継承権を持たなかった。しかし、強い魔力を有しており、己こそが王に相応しいと考えた。
また、彼の周囲にも彼の魅力にひかれ集まる貴族たちが多くいたのだという。
不遇の王。光輝の王と、皆は彼を呼んだのだと。
その時、ヴァルドール家やジルバもまた王についた。そしてルクスアリア戦役で戦い、功績をあげた。
獅子奮闘の働きを見せたジルバは『雷将』と呼ばれた。ヴァルドール家については、古くから『血のヴァルドール』と呼ばれていたために、その名がそこでついたわけではなかった。
己の武名を、ジルバは驕っていたのだという。
家族を顧みずに戦ばかりにかまけていた。家に帰った時には、病弱だった先妻はアリーチェを残して亡くなっていた。
当時五歳そこそこだったアリーチェは、ひとりきりで母を弔うことになった。
ジルバが帰還したのは、妻が亡くなってから半年以上経ってからのことだった。
家から、妻の危篤を知らせる手紙が何通も届いていたのだという。その中には、アリーチェからのつたない文字で綴られた手紙もあった。
しかしそれを、ジルバは見なかった。手紙などを開いて読んでしまえば、目の前の戦いに集中できなくなると、ジルバは考えたのである。
全てが終わったあとに手紙を読み、それでもジルバはアリーチェに謝罪をすることもなければ、優しく抱きしめることもしなかった。
その時ジルバは、長らく家を離れ過ぎていたせいで、元々の性格も相まってどうアリーチェに接していいのかわからなくなっていた。
ただ──泣いてばかりいるアリーチェに、伯爵令嬢として立派な人間になれと、厳しく言った。
泣くなどとはなさけない。戦場では多くの人間が死んだのだ。母の死などでいつまでも落ち込んでいては、死んだ者たちに顔向けできないだろうと。
アリーチェはその日から、ジルバの前では泣かなくなった。
ジルバは後妻を娶った。これは、伯爵家の血筋を繋ぐためである。男児が欲しかった。
それにアリーチェは、雷の魔法を受け継いではいるが、ジルバほどの魔力はない。女であるので、戦うこともできない。
ジルバは、侯爵家の三女を後妻に向かえた。彼女はすぐに妊娠し、男児を産んだ。
ジルバはそれを喜んだ。跡継ぎができたと喜ぶジルバを、アリーチェは遠くから見ていた。
こちらに来いと呼んだが、弟に触れようともしなかった。
後妻はアリーチェを、気味の悪い子だと言った。ジルバはアリーチェを叱咤した。新しい家族と仲良くしろと言って。
ジルバには何も見えていなかったのだ。後妻はアリーチェを疎んでいた。
彼女はジルバの見ていないところで、アリーチェを虐めていた。だがジルバはそれに気づくことができなかった。
貴族学校を卒業後、アリーチェはケンリッドの元に嫁いだ。
これは、ジルバが決めた結婚である。アリーチェには拒否権などはなかった。
娘のために縁談をまとめたいい父だと、ジルバは思い込んでいた。
アリーチェはどうやら後妻とも弟や妹ともうまくいっていない。家にいるのが辛いのだろうと考えて、早々に嫁がせた。
その後、孫娘が生まれて、アリーチェは一度家に戻ってきた。
その時彼女は悲しそうに「スヴォルフ様は浮気をなさっています。私は、とても彼の妻ではいられません」と言った。
思えば、アリーチェが心の内を話してくれたのは、これがはじめてだった。
しかしジルバはそれにも気づかずに、「浮気など男の性だ。ケンリッド侯はまだ若い。そのうち落ち着くだろう。娘のためにも我慢をしろ」と言った。
アリーチェは──さぞ、ジルバに失望をしたのだろう。
アリーチェとロザリアがいなくなったとケンリッドから知らせを受けてからはじめて、使用人たちから「アリーチェ様はジェーン様に邪険にされて、嫁ぎ先でも居場所を亡くし、お可哀想です」という訴えがあがった。
今までもそのような話は出ていたのかもしれない。だが、ジルバは聞いていなかったのだ。
聞く耳を、持っていなかった。
その時の後悔は、筆舌にしがたいものだった。
全ては己が招いたことだ。己のせいで、アリーチェとロザリアはケンリッド家から出奔した。
貴族女性が行き場を亡くし、一人で幼い少女をかかえて生きていくなど、とても難しい。
もしかしたら二人はもう、死んでいるかもしれない。
方々探したが、見つからず。後悔と焦燥は全てケンリッドに対する怒りに変わった。
ジルバも、理解していたのだ。
罪は──己にもあることを。
310
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは、聖女。
――それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王によって侯爵領を奪われ、没落した姉妹。
誰からも愛される姉は聖女となり、私は“支援しかできない白魔導士”のまま。
王命により結成された勇者パーティ。
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い。
そして――“おまけ”の私。
前線に立つことも、敵を倒すこともできない。
けれど、戦場では支援が止まれば人が死ぬ。
魔王討伐の旅路の中で知る、
百年前の英雄譚に隠された真実。
勇者と騎士、弓使い、そして姉妹に絡みつく過去。
突きつけられる現実と、過酷な選択。
輝く姉と英雄たちのすぐ隣で、
「支えるだけ」が役割と思っていた少女は、何を選ぶのか。
これは、聖女の妹として生きてきた“おまけ”の白魔導士が、
やがて世界を支える“要”になるまでの物語。
――どうやら、私がいないと世界が詰むようです。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー編 32話
第二章:討伐軍編 32話
第三章:魔王決戦編 36話
※「カクヨム」、「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた
榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。
けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。
二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。
オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。
その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。
そんな彼を守るために。
そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。
リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。
けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。
その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。
遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。
短剣を手に、過去を振り返るリシェル。
そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる