廃妃の再婚

束原ミヤコ

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民族の差

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 港近くにある市場は、小さな街にしては賑やかで栄えている。
 小さな街といってもそれは、王都に比べてといったところだ。
 一体何人の人が暮らしているのだろうというほどに広大だった王都に比べて海辺の街は規模が小さいが、それでもフィアナの知る世界にくらべてしまえば賑やかなものだった。

 十七までは、伯爵家の使用人をしていた。フィアナの世界は森と伯爵家だけ。
 城で暮らしたおおよそ二ヶ月と少しの間は、城の奥でカトルの訪れを待つ生活だった。

 もちろん、侍女たちや使用人たちは沢山いたが、彼らは働いていた。それは、人々の営みとはちがう。
 そこに、生活はなかった。

 街も市場も、人々の営みにあふれている。客を呼ぶ、賑やかな声。魚を焼く香ばしい匂い。
 肉を煮込む匂い。それから、波の音に混じる人々の話し声。

「……フィアナ?」

 足を止めたフィアナを、ユリシアスが振り返り訝しげに呼んだ。
 天幕がはってある広い空間に、いくつもの露店が並んでいる。鮮やかな果物が積まれ、肉や魚が売られている。新鮮な野菜や、様々な香辛料、茶葉などもある。

「あ……すみません。人が、多くて。驚いてしまって」
「この程度、驚くようなことか?」
「そう、ですよね……ユリシアス様、何かめしあがりたいものがありますか? お肉、お魚、どちらがお好きですか?」

 気を取り直して、フィアナは市場の中に向かう。いくつかの香辛料や、瓶詰めのパン種を購入した。

「食べることができれば、なんでもいい。しばらくしたら、時間つぶしに狩りに行こうと考えている。鹿や、兎や猪などがとれる」
「それは、素敵ですね。はりきって、調理をさせていただきますね」
「……嫌がらないのか」
「なぜ、嫌がるのですか?」
「残酷だと」
「そんな風には、思いません。昨日のウサギ肉も、誰かが狩ってくださったものでしょう。私も狩りができればと、思います。もしよければ、教えてくださいますか?」
「あなたが、狩りを?」
「はい。……狩りができれば、食べることに困らないでしょう?」
「あなたは、私と共にいる。困ることはない」

 一人でも生きていけるように、とは、言わなかった。
 だがユリシアスはそれを察したように、静かな声音でそう言った。

 牛肉を買うために肉屋の前に行くと、その隣にある美味しそうなパンの積まれた店の前に、フードを目深に被った親子の姿がある。
 どことなく薄汚れた姿をしている。在りし日のフィアナのようだ。

「海の民に売れるものはないよ。どっかに行きな、不吉なんだよ」

 そんな声が耳に入ってきて、フィアナは視線を向けた。
 どうやら、パン屋の女主人が、親子にパンを売るのを嫌がっているようだった。

「お……かい、しま……」

 海の民と言われた女性が、辿々しい声で言う。差し出した手には、パン代の銅貨が乗っていた。
 幼い子供が母の足にしがみついて震えている。

 海の民は──十年前に前王が平定をした。彼らは王国にくだり、王国の民に加わった。
 だが、この有様はまるで──。

「……王国民は、他民族を嫌う。海の民は、彼らの住んでいた豊かな海を奪われて、今では流浪の民になっている」

 戸惑うフィアナに、ユリシアスが囁いた。
 それは、ユリシアスに氷の民の血が流れているのを隠している理由にも繋がっているのだろう。

 他民族は、忌避される。信じる神が違うから。見た目が違うから。言語が、違うから。
 アルメリア家で居場所をなくしていた、母やフィアナのように。

「すみません」

 フィアナはパン屋の女主人に話しかける。

「いらっしゃい。何か買うかい?」
 
 女主人は、海の民に見せた冷徹さとはまるで違う人好きのする笑顔でフィアナに答える。
 彼女も悪人というわけではないのだろう。ただ、他民族を嫌うのは当たり前という価値観の中で生きているだけだ。

「パンを、くださいますか。これと、これ。それからこれも。それぞれ、四つずつ。お願いします」
「そんなに買ってくれるのかい? ありがとうね」

 フィアナが何をしようとしているのか察したのだろう。
 ユリシアスは嘆息しながらも、料金を支払った。

「ユリシアス様、ありがとうございます」
「パンを買っただけだ。礼を言われることではない」

 パンの入った袋を抱えると、フィアナは市場を離れようとしている海の民の親子を追いかける。
 
「待ってください。あの、これ……!」

 足を止めた親子を、フィアナは路地に手招きをしてつれていった。
 あまり目立たないほうがいい。もし親子が市場のパンを手にしているところを見られたら、もっとひどい目に合うかもしれないと、フィアナは直感的に感じた。
 それはフィアナも、彼女たちと同じだったからだ。

「あ……な、たは…………?」
「これ。パンが、少し入っています。お子さんに、食べさせてあげてください」
「あ……ありが、とう……!」

 若い女性だった。まだ二十代だろう。美しい金の瞳に、空色の髪をしている。
 その目の周りの皮膚は、魚の鱗のように変化している。まるで化粧をしているかのように光沢があり、美しいものだ。

「ありがとう。……お母さん、あんまり、話せない」

 パンが入った紙袋を、女性が受け取る。女性の足元にいる愛らしい少女が、辿々しい声音で言う。

「……ここから、南に進んだところに、ガルウェイン領がある。ニルギリアの街にある、難民支援所に行け。住む場所と、食べ物と、まともな仕事が得られる」

 ユリシアスが口を開いた。女性は驚いたように目を見開き、少し怯えたように体を小さくして頭をさげる。

「あ……と、ご……ます……」
「ありがとう、ございます。みなみ、お母さん、みなみだよ」
「大丈夫だ。お前たちを騙すつもりはない。街から出て、左。街道を真っ直ぐに進め。パンは、街を出てから食べるといい。それだけあれば、ニルギリアの街に辿り着くまでには十分足りるだろう」

 何度も礼をすると、女性たちは歩き出した。
 フィアナはユリシアスをじっと見つめる。それから、ためらいがちにその手を取ると、うやうやしく礼をした。手のひらに額を触れさせる、最上級の尊敬を込めた礼を。

「……そんなことは、しなくていい」
「これは、私の気持ちです。ありがとうございます、ユリシアス様。私の我が儘をかなえてくださり。そして、あの方たちを、救ってくださって」
「私は何もしていない。まともに生きられる可能性を示しただけだ。あの者たちの行く末がどうなるかまでは、責任を持つことができない」
「ええ。それでも……感謝を。暗闇の中で与えられる僅かな希望がどれほど尊いものか、私は、知っているつもりです」

 顔をあげたフィアナが微笑むと、ユリシアスは視線を逸らして、フィアナの手を軽く払った。
 払われた手を、フィアナは隠すようにもう片方の手で握りしめる。

「海を、見にいってもいいですか? 市場に戻るのは、今は、あまり……」
「あぁ」

 ユリシアスは頷いた。
 彼は、難民支援所はガルウェイン領にあると言っていた。
 ──それは、彼にも異民族の血が混じっているからなのだろうか。

 カトルは、この状況を知っているのだろうか。
 彼が異民族の娘と結ばれれば、王国の内情ももしかしたら、変わるのかもしれない。

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