初恋の王子様が奪われてしまったので、庭付き風呂付き怪異つき古びた館に引っ越しました

束原ミヤコ

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王国外れの古びた屋敷

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 私は、婚約破棄され、両親に見限られてからの学園での二年間、しくしくめそめそと暮らしていた──わけではなかった。

 もちろん、心は痛んだし、ずっと苦しかった。

 けれどそれと同時に、このままではいけないとも感じていた。

 このまま両親の言いなりになっていれば、ただただ苦しい人生が続くだけだ。
 私の結婚相手はまだ決まっていなかったけれど、裕福な年嵩の商人の後妻になるというような噂を、使用人たちがしているのを耳にした。

 可能性としては、かなり高い。
 シモン公爵家は由緒正しい家ではあるが、その内情はあまり豊かとは言えない。
 
 貴族たちは、商売を嫌う。浪費家が多い上に、借財を抱える者もかなりいる。
 金を稼がず、財産を食い潰せば、金を借りるしかなくなるのは自明の理だ。
 
 だから両親は私を、ワイアット様との結婚が破談になったので、金を得るために使おうとしている。
 それが本当かどうかはわからないけれど、多分そうなるのだろうという予感はあった。
 少し考えれば、わかることだった。

 私は在学中に、公爵家から持ち出した少しの宝石を元手にして、商売を始めることにした。
 グレイモア王国では安価で取引されている塩とスパイスを買い付けて、隣国で売るのである。

 アイリーン様の生まれたソルディ皇国では、塩やスパイスは高価だ。
 そのかわり、王国では流通していない夜香花という強い香りをもつ花を買うことができる。
 
 夜香花は、薔薇に似ている。グレイモア王国ではほとんど流通していない。
 ソルディ皇国では夜香花をポプリにして使用することが多い。

 この辺りの知識は、王妃教育の賜物だ。王妃にはなれなかったけれど、知識というものは役に立つ。

 塩とスパイスを売った金で、私は夜香花を買い付けた。
 交通費を差し引いても、十分な稼ぎになったので、夜香花を必要な分購入することができた。

 その夜香花で、香水を作ることにしたのである。
 職人を雇い、香水を作ってもらい、趣向を凝らした瓶に入れて売り出した。
 まずは、アイリーン様に信頼の証としてプレゼントをした。

 私からワイアット様を奪ったのだから、私のために少しだけ役に立っていただこうと考えたのである。
 これも、私が──苦しいばかりの生活から抜け出すためだ。

 アイリーン様は懐かしい夜香花の香りのする香水を、喜んで受け取ってくださった。
 未来の王妃であり、隣国の姫であるアイリーン様の纏っている香りは、社交界ですぐに話題になった。
 皆が、こぞって夜香花の香水を欲しがったのである。

 私が密やかに代表を務めている、リュール商会の香水は、飛ぶように売れた。
 そして、私の元へとざくざくお金が入ってきた。

 商売をしたのはこれがはじめてだったけれど、うまくいったようだ。
 まとまったお金を手にした私は、そのお金で王都の南にある海辺の小さな町の高台にある、古びた屋敷を購入した。
 これは、私が商売のために、学園の休みを利用して各地を見て回っていた時に目をつけていた物件である。

 昔は貴族の邸宅だったようだけれど、もうずっと昔に没落したか何かで、住む人はいなくなってしまったようだ。
 私が買うと町長に申し出ると、管理する者が誰もいないのでありがたいことだとお礼を言われた。

 リュール商会の代表として密やかに働き続けて二年。
 一人で暮らしていくには十分な金額を溜め込んだ私は、商会を香水職人たちに譲った。
 
 そして、ワイアット様の結婚式の後に、その屋敷に隠れ住むことに決めたのである。

 つまりは、隠居だ。

 弟妹には悪いけれど、私は私のことを誰にも告げていない。
 両親に知られて連れ戻されたら嫌だし、貴族として生きてワイアット様やアイリーン様の顔を見るのも二度と嫌だった。

 ワイアット様はアイリーン様に夢中で、アイリーン様は私のことを友人だと思い込んでいる。
 
 私は感情を秘めていることに、疲れてしまった。
 恋心を誰にも言えず、笑顔を浮かべて耳触りのいいことしか口にできなかった生活にも。

 慣れない商売をして、たくさんの人と関わらなくてはいけなかった生活にも。

 少し、疲れたのだ。

 だから、お金は十分あるし、一人きりでしばらくは細々と暮らそうと決めた。
 お金がなくなればまた働くけれど、その時はきっと私のことなどみんな忘れている。

 私はリュミエル・シモンではなく、古びた屋敷に住んでいるただのリュミエルである。

 花屋でも、パン屋でも、なんでもいい。気が向いたら何かをはじめればいい。

 とりあえず私は。

「自由だわ……!」

 乗合馬車を乗り継いで、南の果てにあるような小さな田舎の町にたどりついた私は、お屋敷の中で喜びの声をあげた。
 町の高台にあるけれど、町から少し離れている。
 坂を登らないとたどり着けない場所にあるお屋敷は、幽霊屋敷と呼ばれていて町の人々は誰も近づかないらしい。

 それが私には都合がよかった。誰とも会いたくないのだ。しばらくは。
 声を出すのも嫌だ。作り笑いも、嘘も、もう十分だ。

「自由だわ、はじめての、自由……もう誰も、私を叱らない。失望も、されない。愛想笑いも、しなくていい」

 雑草は生い茂っているけれど、元々貴族の邸宅だっただけあって敷地はかなり広い。
 入り口は、坂から続く一つきりで、きちんと門も閉まるし、鍵もかけられる。
 
 広い敷地はぐるりと木々に囲まれていて、海は見えるし森もあるという最高の立地だ。
 古びて痛んでいる床などは、ゆっくり張り替えていけばいい。
 家具などは、先に運び込んでおいた。

 といっても私が一人で暮らすだけなので、運んだのはベッドとソファぐらいだ。
 テーブルと椅子は十分に使用できる。

 重たい木製の扉を開いてエントランスに入ると、蜘蛛の巣がはった大きなシャンデリアが目に飛び込んでくる。
 その先には大階段。窓のカーテンは破れたままだ。

 ある程度掃除はしていたので、床は軋むけれど綺麗である。
 扉の鍵を閉めると、完璧に一人になった。

 私はエントランスで、ひらひらと踊った。婚礼のために着ていたドレスが、優雅に揺れる。
 結局、学園に入学してからはダンスを披露することはできなかった。
 あれほど練習したのに、馬鹿みたいだ。

「私の家、私だけの家。一人きり。古いけれど、素敵な我が家」

 歌うように言って、踊りながら、私は家を見て回る。

 古いけれど、とてもいい。お庭があるし、あとは何せ。

「温泉があるのよ。お風呂に、入りたい放題! 好きな時にお風呂に入れるし、お酒だって飲んでいい。何もしなくていい。何もしないわけにはいかないけれど、服を脱いでも文句は言われないし、歌っても踊っても笑っても、誰も私を軽蔑しない!」

 こんなに最高なことって、他にあるかしら。

 失恋の痛手で、私は少しおかしくなっているのかもしれない。
 でも、それでもよかった。
 だって、誰も見ていないのだもの。

 私はくるくる回りながら、くすくす笑った。
 
 それから誰も聞いていないのをいいことに、大声で叫んだ。

「ワイアット様の馬鹿、裏切り者! アイリーン様なんて大嫌い!」

 ずっと言えなかったことを叫ぶと、胸がなんだか、スッとした。
 
 
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