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古の英雄、ルシファウス・グレイモア
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この国からは今ではすっかり魔導は失われてしまったようだが、つい五百年前には『魔女』と呼ばれる神秘の力を持つ女たちが存在していた。
彼女たちが神秘の力を使えるのは、神話の時代に女神と交わった者の子孫だと言われているからだ。
その体には女神の力が宿る。
魔女たちは時には隠れ、時には人を癒やす薬を作り、人を助けながら密やかに暮らしていた。
ルシファウスの母もきっと魔女だったのだろう。
物心ついたときには街の片隅に転がり残飯を漁るような生活を行っていたから、自分の母がどういう女だったのかは知らないが。
聞いた話によれば、とても美しい女だったらしい。
見知らぬ男に懸想をされて、無理やり犯されて孕んだのがルシファウスだったという。
ルシファウスも母に似て見栄えのいい少年だった。
そしてその身には、母から受け継いだ魔導の力があった。
魔導の力を持つのは魔女ばかりだが、男児であってもごく稀に、その力を受け継ぐことができた。
その特例が、ルシファウスだったのである。
その力を使い金を稼ぎ身を立てるようになると、魔女の子ルシファウスという名は有名になった。
王家からの使者が迎えにきたのは、ルシファウスが十五歳の時だった。
王の子であると、言われた。
寝耳に水だった。そんな証拠はどこにもない。だがその時の王はルシファウスに言ったのだ。
「お前の母は、美しい魔女だった。抱いたときに抵抗されて、私の体に傷をつけた。だから、処刑をした。殺したはずだが、生き延びてお前を生んだのだな」
──なんとおぞましい男かと、感じた。
同時に、『どうでもいい』と、投げやりな気持ちでもあった。
魔女である母は、魔法を使い処刑された後も生きていた。だがルシファウスを生んでからしばらくして、命を落としたらしい。
ルシファウスはそれを母の愛とは感じなかった。
女のおぞましい執念であると呆れた。
己のために働けと、父である王は言った。
ルシファウスはそれを受け入れた。自分一人でも十分生きていくことができたが、王の息子という立場は愉快だと思ったのだ。地位も名誉も与えられる。欲しいものはなんでも手に入る。
人を殺しても名誉であり、罪に咎められることはない。
戦場で己の力を振るうことは、思う存分魔法を使い敵兵をなぎ倒すことは、ルシファウスに今までにない興奮と愉悦を与えた。
やがて英雄と祀りあげられるようになり、同じく魔導の力を持つ者が傍に寄ってきた。
ルシファウスには天賦の才能があった。それを、習いたいと幾人かの者が言い、暇つぶしに指導をしたりもした。
幾年かたち、隣国の侵略を跳ねのけると、父は玉座を退き、その息子が玉座についた。
父の正当なる血を継ぐ息子は、『英雄王』と呼ばれていたルシファウスを煙たがった。
そして同時に恐れた。
その力でいつ寝首をかかれるかわからないと、大声で騒ぐような小心者だった。
そしてついに、彼はルシファウスを追放することに決めたのである。
「王になりたいわけではない。別に構わない。今までの働きの礼として、俺に屋敷と金を与えろ。それから、女を寄越せ。金と酒と快楽さえあれば、屋敷からは出ないと約束してやろう」
戦争が終わってしまい、ルシファウスは退屈をしていた。
玉座が欲しいわけではなかった。追放には多少腹が立っていたから、条件を出した。
ルシファウスの屋敷は僻地にある海辺に建てられて──王の命令で、毎月違う女が馬車で送り届けられ捧げられた。
ルシファウスの元に送り届けられる女たちは、皆、怯えるか、ルシファウスに取り入ろうと必死だった。
彼女たちの出自などルシファウスは興味がなく、退屈を紛らわすように抱いた。
泣いて帰りたいと言う者は家に戻した。それ以外の女は、自ら率先してルシファウスに侍った。
それからしばらくして──ルシファウスの従者だったサーラムが、屋敷に訪れた。
彼は王の軍勢を連れて、ルシファウスの屋敷の門戸を叩いたのである。
「主よ。あなたの暴虐は目に余る。王命により、あなたを封じる」
抵抗らしい抵抗は、しなかったように思う。
ルシファウスは人生に飽いていた。何でもできるが故に、何もしたくないと考えていた。
快楽も享楽も僅かな慰めにしかならず、長すぎる生が終わるのを待っていたのだ。
気づけば──ルシファウスは自分が誰なのかを忘れて、屋敷の中にただ一人、閉じ込められていた。
自分が何なのか、わからない。
名前さえ思い出せない。
時折人が屋敷の扉を開いたが、ルシファウスの存在は誰にも見えないらしかった。
声は届かず、触れることもできない。
自分の居住空間に誰かが侵入するのは気持ちがいいものではない。
だからルシファウスは、ここに来た者たちを排除し続けていた。
眠ることもできず、娯楽もない。永劫にも思える時間を一人きり。
──どれほど時が経ったのか。
それは偶然とも、運命とも言えた。
輝くような美貌の女性、リュミエルが屋敷にやってきたのだ。
記憶を失くしていたルーファウスは、ただひたすらに純粋に、リュミエルを愛でていた。
ルシファウスの記憶などは本当はいらなかった。
──うんざりするほど退屈な男だ。そこには破壊衝動と、堕落と諦観しかない。
何一つ、幸福な思い出などないのだから。
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