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襲撃
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◆
王都大学を卒業してからのオーウェンは、二年間ふらふらしていた。
つまりは、自堕落な生活である。
幼い頃のオーウェンは、リンハルト家の叔父に権力を得るための道具のように扱われて、人の顔色ばかり窺う子供だった。
ハーヴェイはオーウェンを救ってくれた。それには感謝している。
だがこのころもオーウェンはひたすらに『いい子でいなくては』と考えていた。
誰かに認められなくては、優秀でいなくては、居場所を失ってしまう。
切迫した恐怖感に、いつでもつきまとわれていた。
自分がどう生きたいのか、何が好きなのか、なにをしたいのか。
そんな望みなど一つもない。自分の価値を自分の中ではなく、他者に求めていた。
常に誰かの評価が、オーウェンという人間を形作っていた。
だから、ひたすら勉強をした。王都大学に入り優秀な成績で卒業して、そしてオーウェンは、そこで──すべてが嫌になってしまった。
ハーヴェイは、『遅い反抗期だ。そういったものは、俺は十歳の内に終わらせた』などと言って、オーウェンの行動を笑っていた。だが、反面心配もしてくれていたのだろう。
王都大学を卒業して城に戻らず仕事もせずに、飲み屋に入り浸っては酒ばかり飲んでいるオーウェンの様子を彼は時々見に来た。
それも煩わしかったので、オーウェンはハーヴェイから隠れるように、どんどん治安が悪い街の中へと身を沈めるようになっていった。
荒れていたのだ。心も、そして生活も。
二十年あまり抑圧されていた鬱屈を発散するように、酒を飲み賭博をし、売られた喧嘩は全て買った。
気づけば、マフィアと呼ばれる組織の片隅に足を突っ込むところまで来ていた。
ハーヴェイが連れ戻してくれなければ、そのまま堕ちていくだけだっただろう。
自堕落な生活をはじめて二年経ったある日、地下街にあるカジノの片隅で質の悪い紙タバコを吸っていたオーウェンの元に、ハーヴェイが訪れた。
『いい加減に戻って来い、オーウェン。王族としての自覚を持て。お前は頭だけはいいのだから、少しは国の役に立て』
『うるさいな、兄上。好きでこの血に生まれたわけじゃない。俺など、生まれる必要などなかった。放っておいてくれ』
『自分を虐めて楽しいのか?』
『虐めてなどいない。どうでもいいんだ、何もかも。もう俺に関わるな』
『オーウェン、俺はお前を弟だと思っている。大切な、可愛い弟だ。戻って来い。お前の居場所はきちんとある。真っ当に生きろ。いつか愛する人ができた時に、その人に恥じないような生き方をしろ』
そんな相手、できるわけがないと思った。
それでもオーウェンは、ハーヴェイに従った。
説得に応じたのは、オーウェンも心のどこかでこのままではいけないと感じていたからだろう。
暗闇の中にいた時には、同じく暗闇の中にいる者と知り合うものだ。
彼らはオーウェンと同じ悲しみを抱えていたり、憎しみを抱えていたりもする。
真っ当に生きたいのにそれができない者も多い。
そういった者たちを連れて、ここから出る必要があると──オーウェンは考えていた。
だからハーヴェイに従った。オーウェンよりもよほど辛い思いをして生きてきたのだろうに、まるで暗さを感じさせない太陽のようなハーヴェイを見ていると、いつまでも拗ねている自分が恥ずかしかったということもある。
シルヴァスとは、その時に知り合った。彼は元々孤児だった。引き取られた先の家がろくでなしで、シルヴァスは労働力にされた。
酒代を稼げなければ帰ってくるなと、シルヴァスの里親はシルヴァスを殴ったそうだ。
そして彼は盗みに手を染めるようになり──気づけば地下街のカジノで、胴元に命じられて詐欺まがいのことをするようになっていた。
『俺ね、花が好きなんだ、レインさん。花屋になりたいなぁ、なんて。無理だってわかってるんだけどさ』
地上の光に憧れるように、シルヴァスは話した。
この時オーウェンは、レインと言う偽名を使っていた。地下から地上に出ても、どうせ王国には雨が降り続いている。
だが──雨は止み、雲間から光が差し込む光景は、ただの雲のない青空よりも美しい。
あの時、ハーヴェイに従いまともな生活に戻ることができてよかったと、今は心底思っている。
そうしなければリリアと出会うことがなかっただろう。
世を拗ねていたことのあるオーウェンは、辛い境遇にありながらも前を向いて歩いているリリアがとても眩しく、そして愛しい。
歴史編纂室の研究発表の準備を終えて、ようやく発表会が明日に迫ってきた。
毎日忙しく働いていたオーウェンは、城の一室に用意された宝石や王女の手紙、二人の亡骸が安置された棺などの最終確認を行っていた。
どれも、値がつけられないほどの価値があるものだ。
ハーヴェイが学術的な保護のために全て買いとると言う。
おそろしい額を提示してきたので、オーウェンは断った。だが、今まで使い道がなくため込んでいた金は、リリアをティリーズ家からもらいうけるためにティリーズ伯爵に叩きつけてきたので、懐がやや寂しい。
常識的な金額でハーヴェイと交渉して、研究成果の報奨金をもらうことで落ち着いた。
歴史博物館の管轄は王家ということになり、これからも協力をしていくという約束もした。
というぐらいに価値のあるものが、城の幾つもある広間におさまっている。
厳重な警備が敷かれていて、兵士たちが常に部屋を守っていた。
無理もないことだが、オーウェンにとっては少し息が詰まる。
今日はリリアが展示を見に来ると言っていた。明日は発表の時に、リリアにも隣に並んでもらうつもりだ。貴族や有力者たちが集まる場にリリアと二人で姿を見せて、恋人であると宣言をしたいとも思っている。
最近──リリアの傍に妙に男が寄ってくる。
図書館で働いているリリアの姿を見たいのだろう。それぐらい、リリアは評判になってしまっている。
彼女はオーウェンの恋人である。だから近付くなと、怒鳴りたいぐらいだ。
昔のオーウェンならそうしていただろう。だが今は、しない。大人になったものだと思う。
城に来るというリリアを迎えに行こうと提案をしたが、それは断られてしまった。
一人でも大丈夫だと、リリアは笑っていた。
そろそろだなと、取り出した懐中時計で時間を確認する。時刻は午後十七時。
冬の始まりは、夕暮れが早い。もうすっかり日が暮れていた。
火桶に火が入り、ガス灯に明りがともる。ウルに使われている未知の力が解明できれば、ラファル王国の夜はもっと明るくなるはずだ。
「やめて、離して! この手を離しなさい!」
その時──オーウェンの耳に、聞き覚えのある女性の悲鳴が響いた。
王都大学を卒業してからのオーウェンは、二年間ふらふらしていた。
つまりは、自堕落な生活である。
幼い頃のオーウェンは、リンハルト家の叔父に権力を得るための道具のように扱われて、人の顔色ばかり窺う子供だった。
ハーヴェイはオーウェンを救ってくれた。それには感謝している。
だがこのころもオーウェンはひたすらに『いい子でいなくては』と考えていた。
誰かに認められなくては、優秀でいなくては、居場所を失ってしまう。
切迫した恐怖感に、いつでもつきまとわれていた。
自分がどう生きたいのか、何が好きなのか、なにをしたいのか。
そんな望みなど一つもない。自分の価値を自分の中ではなく、他者に求めていた。
常に誰かの評価が、オーウェンという人間を形作っていた。
だから、ひたすら勉強をした。王都大学に入り優秀な成績で卒業して、そしてオーウェンは、そこで──すべてが嫌になってしまった。
ハーヴェイは、『遅い反抗期だ。そういったものは、俺は十歳の内に終わらせた』などと言って、オーウェンの行動を笑っていた。だが、反面心配もしてくれていたのだろう。
王都大学を卒業して城に戻らず仕事もせずに、飲み屋に入り浸っては酒ばかり飲んでいるオーウェンの様子を彼は時々見に来た。
それも煩わしかったので、オーウェンはハーヴェイから隠れるように、どんどん治安が悪い街の中へと身を沈めるようになっていった。
荒れていたのだ。心も、そして生活も。
二十年あまり抑圧されていた鬱屈を発散するように、酒を飲み賭博をし、売られた喧嘩は全て買った。
気づけば、マフィアと呼ばれる組織の片隅に足を突っ込むところまで来ていた。
ハーヴェイが連れ戻してくれなければ、そのまま堕ちていくだけだっただろう。
自堕落な生活をはじめて二年経ったある日、地下街にあるカジノの片隅で質の悪い紙タバコを吸っていたオーウェンの元に、ハーヴェイが訪れた。
『いい加減に戻って来い、オーウェン。王族としての自覚を持て。お前は頭だけはいいのだから、少しは国の役に立て』
『うるさいな、兄上。好きでこの血に生まれたわけじゃない。俺など、生まれる必要などなかった。放っておいてくれ』
『自分を虐めて楽しいのか?』
『虐めてなどいない。どうでもいいんだ、何もかも。もう俺に関わるな』
『オーウェン、俺はお前を弟だと思っている。大切な、可愛い弟だ。戻って来い。お前の居場所はきちんとある。真っ当に生きろ。いつか愛する人ができた時に、その人に恥じないような生き方をしろ』
そんな相手、できるわけがないと思った。
それでもオーウェンは、ハーヴェイに従った。
説得に応じたのは、オーウェンも心のどこかでこのままではいけないと感じていたからだろう。
暗闇の中にいた時には、同じく暗闇の中にいる者と知り合うものだ。
彼らはオーウェンと同じ悲しみを抱えていたり、憎しみを抱えていたりもする。
真っ当に生きたいのにそれができない者も多い。
そういった者たちを連れて、ここから出る必要があると──オーウェンは考えていた。
だからハーヴェイに従った。オーウェンよりもよほど辛い思いをして生きてきたのだろうに、まるで暗さを感じさせない太陽のようなハーヴェイを見ていると、いつまでも拗ねている自分が恥ずかしかったということもある。
シルヴァスとは、その時に知り合った。彼は元々孤児だった。引き取られた先の家がろくでなしで、シルヴァスは労働力にされた。
酒代を稼げなければ帰ってくるなと、シルヴァスの里親はシルヴァスを殴ったそうだ。
そして彼は盗みに手を染めるようになり──気づけば地下街のカジノで、胴元に命じられて詐欺まがいのことをするようになっていた。
『俺ね、花が好きなんだ、レインさん。花屋になりたいなぁ、なんて。無理だってわかってるんだけどさ』
地上の光に憧れるように、シルヴァスは話した。
この時オーウェンは、レインと言う偽名を使っていた。地下から地上に出ても、どうせ王国には雨が降り続いている。
だが──雨は止み、雲間から光が差し込む光景は、ただの雲のない青空よりも美しい。
あの時、ハーヴェイに従いまともな生活に戻ることができてよかったと、今は心底思っている。
そうしなければリリアと出会うことがなかっただろう。
世を拗ねていたことのあるオーウェンは、辛い境遇にありながらも前を向いて歩いているリリアがとても眩しく、そして愛しい。
歴史編纂室の研究発表の準備を終えて、ようやく発表会が明日に迫ってきた。
毎日忙しく働いていたオーウェンは、城の一室に用意された宝石や王女の手紙、二人の亡骸が安置された棺などの最終確認を行っていた。
どれも、値がつけられないほどの価値があるものだ。
ハーヴェイが学術的な保護のために全て買いとると言う。
おそろしい額を提示してきたので、オーウェンは断った。だが、今まで使い道がなくため込んでいた金は、リリアをティリーズ家からもらいうけるためにティリーズ伯爵に叩きつけてきたので、懐がやや寂しい。
常識的な金額でハーヴェイと交渉して、研究成果の報奨金をもらうことで落ち着いた。
歴史博物館の管轄は王家ということになり、これからも協力をしていくという約束もした。
というぐらいに価値のあるものが、城の幾つもある広間におさまっている。
厳重な警備が敷かれていて、兵士たちが常に部屋を守っていた。
無理もないことだが、オーウェンにとっては少し息が詰まる。
今日はリリアが展示を見に来ると言っていた。明日は発表の時に、リリアにも隣に並んでもらうつもりだ。貴族や有力者たちが集まる場にリリアと二人で姿を見せて、恋人であると宣言をしたいとも思っている。
最近──リリアの傍に妙に男が寄ってくる。
図書館で働いているリリアの姿を見たいのだろう。それぐらい、リリアは評判になってしまっている。
彼女はオーウェンの恋人である。だから近付くなと、怒鳴りたいぐらいだ。
昔のオーウェンならそうしていただろう。だが今は、しない。大人になったものだと思う。
城に来るというリリアを迎えに行こうと提案をしたが、それは断られてしまった。
一人でも大丈夫だと、リリアは笑っていた。
そろそろだなと、取り出した懐中時計で時間を確認する。時刻は午後十七時。
冬の始まりは、夕暮れが早い。もうすっかり日が暮れていた。
火桶に火が入り、ガス灯に明りがともる。ウルに使われている未知の力が解明できれば、ラファル王国の夜はもっと明るくなるはずだ。
「やめて、離して! この手を離しなさい!」
その時──オーウェンの耳に、聞き覚えのある女性の悲鳴が響いた。
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