麗しの王太子殿下の独占欲

束原ミヤコ

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ファウストの私塾


 
 デビュタントを終えたシルフィは、十六歳になると領地から離れて王都のタウンハウスに移り住んだ。

 十八歳になれば王立学園に入学する。
 それまでの期間、デビュタントを迎えた貴族の子供達は親の方針に従い過ごす。

 領地にいるものもいれば、より高度な教育を受けるために王都の私塾に通うものもいる。

 王都では頻繁に社交の場が設けられる。
 毎週のように茶会や夜会があり、週末ともなればオペラや音楽鑑賞をしたりと、なにせ領地に籠るよりは華やかな生活ができる。

 華やかさを好んでいるわけではないが、シルフィにとってそれは義務の一つだ。
 
 学園入学までの二年間で知識を身につけ、人脈を広げなくてはいけない。

「今日からよろしくお願いいたします、ファウスト先生」
「こちらこそよろしくお願いします、シルフィ様」

 母がシルフィの私学の講師として選んだのは、聡明だと名高いファウスト・パリスネアという、学士だった。
 
 学士というのは、王都大学にて様々な研究をする研究者のことで、大学に所属しながら広く人々に教育を広げるため私塾を開いているものも多い。

 ファウストは数ある私塾の中でもより評判のいい講師で、ファウスト私学塾にはシルフィの他にも何人もの生徒たちが学びに来ていた。

「王太子殿下の婚約者殿に勉学を教えることができるとは、光栄です」
「こちらこそ、噂に名高いファウスト様の生徒になれたことに、感謝をしております」

 本当はもっとにこやかに、親しげに挨拶を交わしたかったが、頭の中にリュクシアスとの約束が過ぎる。

 約束を破るのはいけない。
 仕置きがなんなのかはわからないが──仕置きが怖いという以前に、リュクシアスの婚約者として彼の言葉に従うのは当然のことだ。

 もちろんその要求によっては、従えないこともあるだろう。たとえば死ねと言われれば、もちろんシルフィは逃げ出すだろうし、反発もする。

 けれど『リュクシアス以外の男性と親しくしてはいけない』というのは、王太子殿下の婚約者としては当然。逆に、他に親しい男性をつくったり、誰にでも愛想を振りまくほうが問題だ。

 王妃が尻軽であると思われるのは、リュクシアスに対する侮辱にも繋がるのだから。

 そう思い、シルフィは自分を納得させていた。
 だから、ファウストに対しても仮面のような無表情で、かろうじて不機嫌ではないとわかる程度の微笑みで答えた。

 ファウストの授業はとても有意義なものだった。
 授業中はもちろん私語は慎む必要があり、誰かと親しくするようなこともない。

 授業の合間の休憩時間に話しかけられることもあったが、親しい友人というよりは学友としての関わりが強い。
 ファウスト私塾に通うような者たちは皆、向上心が強く真剣に勉強をしに来ている。

 言葉を飾ったり、余計な愛想を振りまかなくていいのは、シルフィにとって好ましいことだった。
 ──リュクシアスとの約束を果たせるという、意味で。

「シルフィ様。一つ質問があるのですが」

 それは、ファウストの私塾に通い始めて数週間後のこと。
 授業を終えて帰りの馬車に乗り込もうとしているシルフィの元へと、ファウストがやってきた。
 
 ファウストは二十代半ばという年齢の、若い男だ。
 片眼鏡をかけた銀の髪と青い瞳の美丈夫で、女生徒たちからの人気が高い。
 ここに通う者たちは真面目だが、それでも「ファウスト先生は素敵だわ」という声を、ちらほらと聞いていた。

「はい、先生。私に答えられることならば」
「シルフィ様の左手には、魔力紋があると聞きました。殿下が幼いときにつけたという、あくまでも噂ですが」
「隠しているわけではありませんので、かまいませんよ。左手の甲に、確かに殿下のつけてくださった魔力紋があります」
「それは……とても興味深い。かつて大魔導師……あれは、魔女かな。ともかく、数百年前に生きたといわれる魔導師が操ったと言われている、支配の刻印ですね。今ではそんなことをできる者はいません」
「王国は広いですから、探せばいるかもしれませんけれど」
「それはそうですね。いたとしても、公はしないでしょう。殿下だからこそ許される行為です。他者を支配するなどは本来ならばしてはいけないことですから」

 ファウストが言っている言葉の意味がわかったので、シルフィは頷いた。
 
「ですが、殿下は私を支配するようなことはいたしません。親愛の証だと、考えております」
「殿下はいったいどういう理由で、あなたに刻印をつけたのでしょう。所有の証なのか。それほど深い愛情なのか。……何にせよ、私は一度も見たことがない。見せていただいでもいいですか」

 研究者として、ファウストは刻印に興味があるようだった。
 シルフィはためらいながらも、左手をファウストに差し出した。

 それから、触れられてはいけないと言われていたことを思いだして、ファウストが手をとる直前に、自分の手を引っ込めてもう片方の手で隠した。

「……申し訳ありません、先生。……今は、手の甲にはなにもないのです。嘘つきだと思われるのは、嫌ですから。刻印が浮かびあがるのは、殿下に魔力を流していただいた時だけなのです」
「他の者の魔力には反応しないのですか?」
「はい。……たぶん。そんなことを、されたことはないので、わかりませんけれど」

 他者に魔力を流すなどは、普通はしない。
 そもそも、できない。
 ──ファウストはできるのだろうか。

 ふと、興味が湧いた。同時に胸がどくりと高鳴った。
 
 シルフィはできるだけ表情を変えずに、ファウストに礼をすると足早に教室から立ち去った。
 ──これでは本当に、リュクシアスが言っていたとおりの浮気者の、気が多い女だ。

 同年代の女性たちと同様に、いくら男性に興味を持つ時期とはいえ、どうかしている。

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