今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

文字の大きさ
103 / 107
第三章 滅びた地下都市とレオナードの秘密

二度目の夢

しおりを挟む

 ◆


 アルゼイラの閉じ込められていた塔は、高名な魔導師によって封印を施されていた。
 十歳になったアルゼイラは封印をといて外に出た。

 塔の石造りの床ばかりを踏みしめていた靴底が、さくりと土を踏む。
 その感触に対しても、アルゼイラは無感動だった。

 吹き抜ける風が僅かに癖のある黒髪を揺らす。頭からはえる二本の羊のような角は、成長するにつれて大きくなっている。

 邪魔な髪をかきあげて、眩しさに目を細めた。
 閉じ込められたときには邪魔なほどに長かったローブは、今では裾が少し短いぐらいだ。

「……行くか」

 緊張も、怒りも悲しみもない。淡々とアルゼイラは呟いた。
 アルゼイラの望みはこの退屈から抜け出すこと。それだけだった。

 退屈から抜け出す方法は二つあると、アルゼイラは考えていた。
 一つは、死だ。
 生きているから苦しい。生きているから退屈だ。生きることを望むから、今あるものでは足りなくなる。
 だとしたら、死こそが、救いたり得る。

 二つ目は、生だ。
 塔の中で生きているのか死んでいるのかわからないような暮らしを送るのをやめて、外の世界に出て生きる。そこにはアルゼイラの退屈を紛らわす何かがあるはず。

 どちらを選ぼうかと考えて、アルゼイラは後者を選んだ。
 自ら選択した死など、自分には相応しくない。まだ──知りたいことがある。
 それは例えば。
 自分が、何者なのか。

 なぜ人とは違う姿で生まれてきてしまったのか。果たして自分は魔物なのか。魔物とは、何なのか。
 塔の中にいて、あふれるほどの本を読んでも、わからないことは多くある。

 アルゼイラが一歩踏み出すと、森がざわめいた。
 鳥たちが逃げるように飛び立っていく。

 その森は、アルゼイラの魔力の影響でか、変質をしていた。
 元々は生息していなかった強い魔物たちが闊歩しはじめて、人々はそこを恐ろしい場所だと言って近づかなくなっていた。

 もとより、王国の北の端である。忘れ去られたような場所だ。

 森から出るために歩き続けていくアルゼイラの前に、目を爛々と輝かせた真っ黒な体の巨体が現れる。
 大きな翼に、太い獅子のような足。鱗一枚一枚が青い炎を纏い燃えている。

「……黒竜か」

 冷めた目で一瞥して、アルゼイラは軽く片手をあげた。
 何もない空間から唐突に現れた血のように赤い鎌が二本。黒い竜の体をあっさりと切り裂いた。
 
 断末魔の唸り声とともに吐き出した青い炎のブレスが、アルゼイラの体を焼き尽くそうと襲い来る。
 けれど炎はアルゼイラの正面に辿り着いた時に、二つにぱっくりと開いた。

 青い炎が森を燃やす。それはまるで、アルゼイラの前途を祝ってくれる祝福の炎のように。

「──アルゼイラ・グルクリムと申します。陛下、お初にお目にかかります」
「お前……あの塔を出たのか……!?」

 アルゼイラは王城に入り込んだ。王の寝室に唐突に現れた己の息子の姿に、王は共に眠っていた王妃の体を抱きしめてぶるぶると震えた。

「さて。陛下と私は、初対面。あの塔と、もうしますと。何のことでしょうか」
「とぼけるな、お前は……」
「初対面ともうしました。私は孤児。そして、魔導師です。陛下、土産があります。私はあなたに忠誠を誓いましょう。きっと、あなたの役に立ちます」

 アルゼイラが指をはじくと、何もない場所からどさどさと、このごろ王国を悩ませていた他の土地から流れて王国に住みつき悪行を繰り返していた異民族の首が大量に落ちてくる。

 そのおそろしさに王妃は悲鳴をあげた。
 王は──己の息子の有能さに、そこではじめて気づいたらしい。

 その瞳は野心に燃える。
 乾いた喉を潤すように、喉仏が上下に動いた。

「そなた、アルゼイラと言ったか。まだ子供だろう。どうやってその者たちの首をとった?」
「私には、類い希なる魔法の才があります」
「そうか。そうか……儂にはお前が異形に見える。だが」
「たとえ姿形が異形だとしても、有能でさえあれば、使うべきかと。あなたが私を取り立ててくださるつもりがないのならば、私は他国に向かいましょう」
「いや、待て。アルゼイラ。お前を、我が国が……買いあげよう」

 王はアルゼイラを自分の子として扱うのをやめた。
 あくまでも一人の人間。有能な人間として、雇うことに決めた。

 そうしてアルゼイラは、城に研究室を与えられて、筆頭魔導師として城の中で暮らし始めた。

 ◆

「……うーん」

 マユラはぎしぎし痛む体を身じろがせて、欠伸をひとつついた。 
 次の目的地まではあと三日。途中に街がない場所では、野営をしなくてはいけない。

 焚き火を囲んで、木陰で眠る。レオナードが見張りをかってでてくれたので、マユラは早々に眠らせてもらった。
 地べたに寝転んで眠るのは慣れている。
 だが、レオナードがマユラが作ったふさふさのマントを外して、地面に敷いてくれた。
 ありがたく師匠を抱いて丸くなった。

 なんだかまたもや──師匠の夢を見た気がする。
 この間の夢の続きだ。師匠を抱いて寝たからだろうか。

 それにしては、妙にあたたかい。視線をあげると、兄がマユラを抱きしめて眠っている。
 どうりであたたかいはずだ。
 
 マユラは再び目を閉じた。
 師匠はマユラの腕の中で静かにしている。十歳の師匠は可愛かったなと、夢の中の彼の姿を思い出す。
 まだ──夜明けは遠い。 
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...