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第三章 滅びた地下都市とレオナードの秘密
最果てのカンデュリア
しおりを挟む五日ぶりのきちんと屋根のある寝場所だ。
それだけでも嬉しいのに、最上階の部屋には大きなバルコニーがついており、そこから最果てのカンデュリアが一望できた。
夜でも明るいのは魔物除けの意味もある。
街や村では大抵の場合夜になると篝火を焚く。だがカンデュリアの場合はそれだけではないのだろう。
「やっぱり観光地だからでしょうか、眠らない街、ですね」
異国風の調度品や、深い色合いの木枠で作られたベッド、赤いランタンや螺鈿細工のテーブル。食器棚に並んだヴェロニカグラス。そういったものを眺めながら、マユラは部屋を横切ってベランダに出た。
ヴェロニカグラスは高級宿泊施設でも採用されている。喜ばしいことである。
ベランダから街を見下ろすと、夕闇が迫る街の至る所に篝火が焚かれ、行燈には火が灯っていた。
もうすぐ夜が来るというのに、人々は通りを行き交っている。
街の至る所から立ち昇る湯気が炎に照らされて、幻想的な風景を作り出していた。
「綺麗ですね、師匠。師匠にとっては嫌な思い出がある場所でしょうけれど、すごく楽しそうな街ですよ」
『別に嫌な思い出などない』
「幽閉されたのは嫌な思い出なのでは?」
『いつでも自分で出ることができた。だが、本があったからな。それを読み終わるまでは退屈ではなかったため、外に出なかっただけだ』
「寂しくなかったんですか?」
『私をその辺りにいる脆弱な人間と同じだと思うな。人など所詮生まれてから死ぬまでは一人だ。寂しく思う意味がわからんな』
そういうものだろうかと思ったが、マユラはそれ以上は何も言わなかった。
師匠の性格からして、寂しかったとしても素直に寂しいというわけがないだろう。
そもそもぬいぐるみになってからあの家の中で一人でいたわけだから、塔に幽閉されている以上にぬいぐるみな上に一人ぼっちだった時間のほうが長いのだ。
もはや寂しいも何もないのかもしれない。
「何か見えるのか?」
「街が綺麗だなと思って」
荷物を置いたレオナードと、それから「街よりもお前の方が綺麗だ、マユラ」などと冗談なのか本気なのかわからないことを言いながら、ユリシーズもやってくる。
皆で街をしばらく眺めた。長旅の疲れもあり、今すぐベッドに寝こがりたい気もしたが、まずは身綺麗にするべきだろう。
せっかくのベッド。汚れた服や体で汚したくない。
それに、宿の人たちにも申し訳ない。こういう場所は薄汚れた旅人ではなく、美しい服装をした上流階級の者が泊まるのだろう。せめて部屋を綺麗に使いたい。
「マユラ、師匠の幽閉の話を聞きたいんだが」
レオナードに問われて、マユラは頷いた。
師匠は『今更話したところで何になる。意味のない過去だ』と言っているが、話すな、というわけでもなさそうだった。
「そうですね。でも、話し込んでいると時間がもったいないので、まずは温泉に行きませんか? 綺麗にして、どこかでご飯を食べながら話しましょう」
「私は部屋の風呂でいい」
「お兄様、そう言わずに行きましょう。きっと楽しいですよ」
「……マユラがどうしてもというのなら、仕方あるまい」
部屋に荷物を置いて軽く身支度を整えると、再び街に向かう。
錬成用の素材が増えたので、マユラの荷物もかなり重たくなっている。
移動中は兄が移動用召喚動物に乗せてくれており、それ以外の時はレオナードが持ってくれたりもするのでマユラはあまり困っていないのだが、それにしても錬成素材というものは嵩張る。
どうにかしたいなと思う。これも、王都に帰ったら考えよう。
カンデュリアの街には、大小様々な共同風呂があり、これは全て温泉である。
温泉街の入り口で布に散策地図が描かれたものを無償でもらうことができ、それを見ながら共同風呂を回る。
入った共同風呂には、朱印をもらえる仕組みになっている。
「なるほど。人とは収集癖があるものですから、これはつい全てのお風呂を回りたくなってしまいますね。全てのお風呂を回って朱印を集める。そうすると共同風呂にもお金が入りますし、途中で食堂や露天などにも立ち寄りますから、街が潤うという仕組みです」
『お前は、こういう時だけやけに頭が回るな』
「商売人ですから。錬金術師になりたいというか、お仕事として錬金術師を選んだというのが正しいですし」
「うん。確かに、地図があるのはありがたい」
レオナードが地図について感心している。
そういえばと、マユラはじっとレオナードを見つめた。
「レオナードさんはお兄様から離れないでくださいね。私からも離れないでくださいね」
「……レオナード、貴様、マユラに何ということを言われているのだ。死ね」
「お兄様、レオナードさんは驚くほどに方向音痴なのですよ。共同風呂巡りなんてしたら、一生合流できなくなってしまいます」
「そこまでではないと思う、さすがに、たぶん……」
レオナードの語尾が自信を失ったように萎んでいく。
可能性としてはあるのだ。この街は、人が多くて路地も多い。
レオナードのことだから、気づいたら迷いすぎて一人で滅びた地下都市に入り込んでいた、などということになりかねない。
マユラはレオナードのマントを掴んだ。
手を握ろうかと思ったが、兄が怒りそうなのでやめておいた。
マントをぐいぐい引っ張りながら、マユラは温泉街の入り口で三人分の地図が書かれた長い布をもらった。
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