今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第一章 マユラ、錬金術師になる

わだつみの祝福亭

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 家から港へと続く坂道を降りていくと、夕日が海面を宝石のように輝かせている景色を真正面に見下ろすことができる。
 師匠を片手に抱えたマユラは足取りも軽くなだらかな坂をおりた。
 
 坂の下は途中から階段になっており、階段をおりると細い路地がある。
 大きな葉が青々とした蔓植物に覆われた石壁の路地を抜けると、煉瓦敷きの広い通りに出る。
 通りは港に面しており、漁を終えた漁船が並んでいる。

 居並ぶ家々の合間には、魔素ランプを使用した街灯が並び、薄青色の神秘的な明りを放っていた。

「師匠、久々の街ですね。懐かしいですか?」
『別に』
「師匠のいた時代とは、街並みが変わったでしょうか?」
『さてな』

 師匠の口調はつれないが、大人しくマユラの片腕の抱えられていた。
 ぬいぐるみの小さな体でちょこちょこ歩くよりは、マユラに抱えられているほうが楽なのだろう。

「お食事はどこでできるのでしょう。お金は十万ベルクしかありませんけれど、引っ越し初日ぐらいは美味しいものを食べたいですね。ぱぁっと」
『貧乏人め』
「師匠はお金持ちだったんですか?」
『まぁな』

 人の多い方へと足を進めていくと、港から続く大通りに出る。
 レストランや酒場などが並ぶ通りで、看板には魚の絵柄が描かれている。
 海辺なので、魚料理が豊富なのだろう。
 店の前に置いてある立て看板のメニューを眺めて、マユラは一歩後退る。

 ひときわ大きく派手な建物の、立派なレストランである。
 入口の前にでかでかと掲げられた看板には、なぜかオオダコが巻き付いているデザインだ。
 看板には『レストランオクトー』と書いてある。どうやら高級レストランのようで、立て看板のメニューは、どう考えてもゼロが二つ多かった。

「パスタも魚料理も一品一万ベルク以上……これは無理です、憧れの高級店すぎます」

 アルティナ公爵家にいたときも、夫や浮気相手は派手な生活を送っていたが、マユラは夜のランプ代さえ節約していたぐらいだ。
 商売が軌道に乗って公爵家の税収が増えたとはいえ、マユラが使える金など雀の涙程度のもの。
 売上金や税収はほとんど全て夫が奪っていった。
 まぁ、それは仕方ない。彼は公爵であり、領主。マユラは妻という名前のついた使用人である。

 そんな人生が長く続いたせいか、マユラには贅沢というものが縁遠かった。
 錬金術店でどのていど稼げるのかは分からないが、細々と生活できればいいなとは思う。
 できれば──高級レストランで年に一回ぐらいは食事をできるぐらいの稼ぎができるといい。

 レストランオクトーは憧れとしてとりあえず胸にしまっておくことにして、もっと人の多い混雑していそうな場所へと足を進める。
 夕日が沈み、夜になる。星々が空にまたたきはじめても、王都の夜は明るい。

 魔物や、魔物の多く生息している鉱山からとれる魔素は、生活の役に立っている。
 例えば炎や明りがそれだ。
 夜になると輝く魔素の性質を利用して作られているランプは高級品だが、徐々に一般市民にも普及しはじめている。

 王都が明るいのは魔素の街灯がそこここに建てられているからだ。
 これは権力の象徴のようなもので、街の夜を明るく彩るのは領主の豊かさを表している。
 国王陛下のお膝元である王都が明るいのも道理である。

 しばらく歩いて行くと、『わだつみの祝福亭』という看板が目に入ってくる。
 店の前面がオープンテラスになっていて、沢山の男性たちが酒を飲んで笑いあっている。
 海鮮の焼けるおいしそうな匂いや、食欲をそそる油の匂いが漂ってくる。
 立て看板のメニューは極めて良心的な金額だ。

「ここに入りましょう、師匠」
『好きにしろ』

 マユラが店に足を踏み入れると、店員の少女がすぐにマユラに気づいて近づいてきた。
 銀の髪を三つ編みにした、可愛らしい少女である。

「いらっしゃいませ、お一人ですか?」
「はい、一人です。あいていますか?」
「カウンター席でいいですか? あっ、い、いえ、なんでもないです」

 少女はマユラの手にしているぬいぐるみを見て、小さく驚きの声をあげる。
 すぐに頬を染めて誤魔化すように手を振るので、マユラは師匠を少女に見せてあげることにした。

「この子は、黒猫の師匠です。ですので、二人です」
「ごめんなさい、可愛くて、つい……! 大人のお姉さんも、ぬいぐるみが好きなんだなぁって思って」
「ぬいぐるみというのはいいものですね、柔らかくて」
「は、はい! 師匠、とっても可愛いです。師匠と二人ですね、こちらにどうぞ」

 少女は遠慮がちに師匠を撫でて、マユラをカウンター席に案内した。
 カウンターの奥のキッチンでは、少女に似た女性が忙しなく働いている。
 黒いドレスにエプロンをつけた色香のある女性だ。恐らくは、少女の母なのだろう。

「ご注文が決まりましたら、言ってくださいね」
「ありがとうございます」
「ニーナちゃん、こっち! 麦酒追加ね!」
「はぁい!」

 十歳程度に見える小柄な少女が客に呼ばれて、麦酒を用意して運んでいく。
 とっても偉いわねと感心しながら、マユラは紙でできたメニュー表に目を通した。

「師匠、何か食べます?」
『食えると思うのか?』
「不思議な力で食べることができるのかと」
『私の体は綿でできている。食えない』
「残念ですね……」

 まぁ、口もないので、難しいのだろう。
 一体どこから声を出しているのかしらと、マユラは師匠の口がありそうな部分を指でつついた。
 師匠は『つつくな』と言ったが、そこまで嫌そうでもなかった。

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