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第一章 マユラ、錬金術師になる
マユラ・グルクリム
しおりを挟むレオナードと別れて、マユラは屋敷に戻った。
「レオナードさんは極楽鳥の小鳥のことをトリって呼んでいましたけれど」
「ぴ!」
「何か名前をつけましょう。何がいいでしょうか」
「ぴぃ」
小鳥はマユラの肩に乗っていて、師匠は家の中ではぽてぽてと自力で歩いている。
外でも歩くことができるのだろうが、師匠の小さな体では大変だろうとマユラは抱きあげることにしていた。
マユラはキッチンに向かい、湯を沸かした。
紅茶をいれてパンを薄くスライスして軽く焼く。
ヴェロニカの街の名物ミルクジャムを塗った。小鳥もお腹がすいているかもしれないので、葉物野菜を細かく刻んでお皿に乗せた。
ミルクジャムパンをダイニングテーブルに運び、食べながら、マユラは考える。
「小鳥は綺麗な赤い羽をしていますから、名前はルージュで、どうでしょうか」
「ぴぃ」
葉物野菜をくちばしでつついていた小鳥は、翼をぱたぱたさせた。
「気に入ってくれた……のかしら。それじゃあ、ルージュで。これからよろしくお願いします」
『……私の家で鳥を飼うな』
「可愛いですし、いいじゃないですか。師匠も可愛い、ルージュも可愛い」
ミルクジャムパンを食べ終わったマユラは、テーブルの上に座っている師匠の小さな手を、指で軽く摘まんだ。
「師匠、色々あってお礼がまだでした。今日は助けようとしてくださって、ありがとうございます」
『私が、お前を? いつの話だ』
「ほら、ワーウルフに襲われた時。師匠は自分を囮にして、逃げろって」
『あぁ。あれか。目の前でお前が魔物にずたずたにされるのは、見ていられないからな』
「あんがい優しいのですね」
『あそこでお前が死んだら、私もどのみち逃げられん。私が死のうがお前が死のうが同じことだ。だとしたら犠牲は多いよりも少ないほうがいい』
師匠はぺしっとマユラの指を払った。
口調は冷たいが、もしかしたら照れているのかもしれない。
『そんなことよりもお前、マユラ・グルクリムというあれは、なんだ』
「マユラ・レイクフィア……というのが、私の本当の名前なのですが、隠しておきたかったんですよね」
『レイクフィア?』
「はい。優秀な魔導師の家なのですよ。私には才能がなかったのですが、私のお兄様、ユリシーズは国一番の魔導師で、天才と呼ばれていて」
『そんなことはどうでもいい。グルクリムを名乗るということは、お前は私の嫁になるということだが』
「……ん?」
『わかって言っているのか?』
「なるほど、同じグルクリムを名乗るのだから、師匠の家族になるという意味ですよね?」
嫁というのは、さすがに冗談だろう。
マユラはぱちんと手を叩くと、頷いた。
『家族、か』
「はい。師匠にはほかに家族はいなかったのですか?」
『いない。お前は何も考えていないのだな。そうか、そうか、理解した』
「何を怒っているんですか、師匠」
『別に、怒っていない。この見た目のせいでお前は私を可愛いぬいぐるみの猫ちゃんだと思っているようだが、私は麗しの成人男性だ』
「格好良くて強い魔導士の師匠が、独身だったというのは不思議ですね」
食器を片付けて洗い物をすませる。マユラは錬成部屋へと向かった。
ルージュも師匠もマユラのあとをついてくるので、両手に抱いてあげた。
錬成部屋に入ると、机に置いてあるアルゼイラの記録書が、どうしてか輝いている。
「あれ、光っていますね」
『読めるページが増えたのだ。本にかけた魔法が、お前を錬金術師として認めたということだな』
「やった! 嬉しいですね」
ルージュは師匠のために用意したクッションの上に丸くなっておさまり、師匠は一人掛け用のソファに座るマユラの隣に腕を組んで立った。
マユラは本に目を通す。初歩のポーションの欄しか見ることができなかった本に、文字が書かれたページが増えている。
◆凍えずの毛布◆
・シダールラムの毛皮
・巨大氷結袋
・ルブルランの葉
『あたたかさに特化した毛布である。雪国での探索に向くが、夏には向かない』
マユラは文字を指で辿った。師匠の几帳面な注意書きのおかげで、使用方法までとてもわかりやすい。
「ちょうど素材がありますし、つくってみましょうか。暖炉の前に敷物が欲しいと思っていたのですよね。ベッドに敷いてもいいかもしれません。これから寒くなりますし」
『本来は、マントにして雪国や氷の洞窟での防寒で使うものだがな』
「今のところ雪国に行く予定はありませんし」
マユラは素材を錬金釜にいれて、ぐるぐるとかき混ぜる。
シダールラムも毛皮は両手に抱えるぐらいに大きかったのだが、不思議なことに錬金釜に入れると、すぐさまその質量をなくしたようにとけてしまった。
「できました、凍えずの毛布です! わぁ、あったかい」
錬金釜が光り輝き、毛足の長いふわふわの毛布が現れる。
敷物にしようかと思ったが、寒い日にくるまりたいなという願望の元、それは毛布になった。
『やはり、お前には見どころがある。錬成がむいているのだな』
「師匠のおかげです。素材をしっかりと書き残してくださっていて、ありがとうございます」
『素材の理解ができても、それを形にすることができる者は少ないという意味だ』
褒められたのだと感じて、マユラは頬を染めた。
片手に毛布を持って、師匠とルージュを抱きあげると「今日は疲れましたから、湯あみをして休みましょう」と、寝室に向かったのだった。
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