今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

文字の大きさ
39 / 107
第一章 マユラ、錬金術師になる

スキュラ退治の準備

しおりを挟む


 ベルグランの指示で、すぐに素材がマユラの元に届けられた。
 届けてくれた部下の肩に礼を言って、マユラは素材を両手に抱えると錬金部屋へとやってくる。

「よし、はじめましょう。届けていただいた素材があれば、水中呼吸のキャンディと、人魚の尾は錬成できそうですね」

 マユラは先に、水中呼吸のキャンディの素材を錬金釜に入れる。
 錬成にもだいぶ慣れてきた。今度の素材は、素材の持つ魔素濃度が高いために攪拌時にやや抵抗がある。
 集中力を途切れさせないようにしながら素材の形を頭の中で想像、創造していく。
 ややあって、ぷかりと釜の中に小さな虹色の丸いキャンディが浮かびあがった。

『上出来だな』
「ありがとうございます、師匠。次からは、自分で素材を集められるようにしていきますね」
『そうだな。……まぁ、そこまで拘らんでもいい。錬成には膨大な素材が必要になる。人を雇う場合もあれば、素材屋で購入する場合もある。私は全て自分で集めていたがな』
「すごいですね、師匠。見習います」

 師匠は、ふふん、という感じで胸を張った。
 頭の王冠とマントに合わせた、小さな玉座を用意してあげたいなと、マユラは思う。
 いくつかの水中呼吸のキャンディをつくり、小瓶に入れる。
 虹色に輝く飴玉は可愛らしいが、どちらかといえば食べ物というよりもビー玉に似ていた。

 ◆人魚の尾◆

 素材:セイレーンの鱗
    リュウグウの欠片
    海底の水晶体

 ※水中呼吸のキャンディとの併用が望ましい。下半身を魚に変えて水中での動作を飛躍的に向上させるものである。水中での探索に向く。使用回数は一度だけ。陸にあがればその効果は消える。

「下半身が魚になるというのは、両足が魚に……セイレーンのような姿になるのでしょうか」
『そうだな』
「師匠も使いましたか?」
『海底の素材集めや、沈没船や、洞窟、海底神殿などの探索時にはな』
「なるほど。上半身が男性のセイレーンというのはあまりみたことがありませ。見てみたかったな」
『やらしい』
「や、やら……」

 まさかぬいぐるみにいやらしさを指摘されるとは思わず、マユラは面食らった。

『人妻だからか』
「人妻でしたが、恋愛経験はありませんし……男性と手を繋いだこともないのですよ」
『俗に言う、白い結婚というやつだな。可哀想に』
「これからはきっといいことがあります。今も、たくさんいいことがありました。師匠と出会えましたし、レオナードさんはいい人で、アンナさんとルージュは可愛いです」

 アンナの気配は未だにない。
 ルージュはまだ小さいせいか、マユラのポケットの中に潜り込んですやすや寝ていた。
 マユラは気を取り直して、人魚の尾の素材を錬金釜に入れていく。

 やがて、手のひらぐらいの大きさの、透き通った綺麗な鱗が錬金釜にぷかりと浮かぶ。

「完成です! これは……食べるのでしょうか」
『食うな。何でも口に入れるものだと思うな。それを使用する場合は、それを手にしながら水の中に入るだけでいい。錬金魔法具の発動条件はそれぞれ違う。覚えておけ』
「わかりました。よかった、食べるものじゃなくて。硬そうですからね」

 ポーションの場合は小さなラムネにした。
 水中呼吸のキャンディや人魚の尾は、その名前から想像した形になった。
 人魚の尾も飴玉を想像したら飴玉になったのだろうが、人魚の尾という名前から食べ物を想像することができなかったのである。

 これで二種類のスキュラ対策が整った。

「あとは炎の聖杯だけですね。スキュラが現れるのは夜。暗がりに光る船の灯りに誘われてやってきます。スキュラには明確な殺意がなく、偶然であったものに呪いをかけるだけ……呪いをかけるというか、スキュラ事態が呪いなので、出会ってしまうと呪われる、といった感じでしょうか」

 マユラは記憶しているスキュラについての知識を、確認のために呟く。
 レイクフィアの書庫にある魔物の記録書を持ち出せればいいのだが、これら記憶も、忘れる前に書いておく必要がある。
 師匠が記録書を残したように。

『あぁ、そうだ。セイレーンとは違う。ただ海の中を彷徨うものだな。お前の言うとおり、炎に呼ばれる』
「はい。そこで、炎の聖杯です。耐えない炎を宿す聖杯ですね。水の中でも、海の底でもその炎は消えません。その劫火は魔物を焼きます。特に穢れたものに効果があって……と、師匠が書いてくれています」
『スキュラを倒すのならば、うってつけの錬金魔法具だな』
「これが、攻撃用の錬金魔法具とうことですね。スキュラを呼ぶための効果もありますし、ちょうどいいかなと思いまして」
『正解だ、我が弟子よ』
「ありがとうございます!」

 先生だ。
 師匠なのだから、先生なのだが。 
 でも、こうして褒められると──はじめて、先生ができたという喜びを感じた。
 今まで何もかもを一人で学ぶ必要があった。
 習うよりも慣れろという状態で、誰にも指導されないままに見て覚えることの方が多かった。
 ヴェロニカの街の人々には色々教えてもらったが、あの時は先生というよりは、戦友という感覚が強かった。

 師匠は──先生である。

『なにをそんなに喜んでいる』
「師匠は、言葉は冷たいですが、結構世話焼きなんだなと思いまして」
『別に。お前の優秀さを褒めているだけだ。この短期間でここまで作れるのだからたいしたものだな。……まぁ、半分は傭兵連中の功績だが』

 師匠が小さな声で言う。恥ずかしがっているらしい。
 そこににゅっと、アンナさんが顔をだした。

「あ、アンナさん!」
「マユラちゃん、楽しそうねぇ」

 何もない空間から唐突に現れる女性というのは、怖くはないがびっくりする。

「アンナさん、どこにいたのですか?」
「それがね、姿を隠していたの。だって……」
「マユラ、いるか? 戻ったぞ」

 レオナードの声が玄関から響き、アンナさんはびくりと体を震わせると、するっと姿を消してしまった。

しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...