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第二章 マユラ、錬金術店を開く
錬金術店の印
何故絵なんだと、ユリシーズは訝しんでいる。
まさかお兄様の絵が下手で可愛いから──などとは、口が裂けても言えない。
「お兄様は、時々魔法で動物を作りだしますでしょう? 先日も海の中で、とても格好いい冷凍ま……ではなく、ええと……魚を見ました」
「あれは、サメだ」
冷凍マグロにしか見えなかった。水魚と兄は言っていたが、サメをイメージしていたらしい。
「サメ! とても素敵でした」
「造形のよしあしについては私はわからんが、お前がそう言うからにはそうなのだろう」
「ええ、とても素敵です。それで、是非お兄様に私の錬金術店の看板や商品などに描く絵を、描いていただきたいと思いまして」
『営業用の話術だな、白々しい』
「時には必要なのですよ、師匠…」
師匠がよけいなことを言うので、マユラは師匠の口を塞いだ。
兄に聞こえていたらどうしようかとひやひやしたが、兄はどういうわけか両目を閉じて胸に手を当てて、何かに感じ入っているようにじっとしていた。
「……お前の店の印を、私が描く。それは、夫婦の共同作業だな」
「ユリシーズ様……あの、そちらの方は妹君なのですよね」
「シズマ。レイクフィア家では、優秀な魔導師の血を残すため、よき相手に巡り合えない場合は近親者同士の結婚も厭わない」
「「え……」」
シズマとマユラの声が重なる。どことなく同情的な眼差しをシズマに向けられて、マユラは笑顔のまま固まった。
兄は様子がおかしいと思っていたが、そういう事情ならば仕方な──仕方なくない。
そのうち兄にも素敵な女性が現れるだろう。たぶん。きっと。できれば。
「と、ともかくお兄様。ここに、王冠の猫ちゃん、これは師匠ですね。それから、小鳥を描いてくださいますか? ルージュと師匠の絵にしようと思っていて」
「構わない」
マユラが差し出したノートに、ユリシーズがさらさらと絵を描いてくれる。
よどみないペン遣いである。万年筆のインクがノートに落ちる。何の迷いもないペン先が描いた動物たちを見て、シズマが口をおさえた。
「か、かわ……」
「わぁ、素敵です! やっぱりお兄様に頼んでよかった! すごく、なんというか、師匠とルージュを現してくれていますね!」
いうなれば、五歳児が描いた猫と鳥の絵だ。
丸に目があり、ころんとした王冠がのっている。鳥も同じように、まるに目があり、翼がある。
この可愛いく平和な絵のいいところは、きちんとそれが王冠の猫と、鳥だとわかるところである。
「お兄様、こちらの絵を使用させていただいてもよろしいですか?」
「あぁ。好きなように使え。こんなことでいいのなら、いくらでも言うがいい」
「ありがとうございます、お兄様!」
やはり、頼んでよかった。
マユラやアンナの描いたものよりもずっといい。わかりやすく、可愛く、子供から大人にまで好まれそうな絵柄である。
これを美貌のユリシーズが描いたというところがまたいい。そして単純な図形は、描きやすいので、商品化しやすいのである。
マユラはほくほくしながら帳面を鞄にしまった。
それからシズマと兄の顔を交互に見る。兄はレオナードとしばらく共に働いていた。
シズマはもうすこし年上なので、兄よりも何か知っているかもしれない。
「あの、お聞きしたいことがあるのですが」
「なんでも聞くがいい」
「俺にこたえられることなら、なんでも答えるよ、マユラさん」
「ありがとうございます。……その、レオナードさんに恋をしていたという、王女様の話なんですけれど」
レオナードの名を口にすると、兄はやや不愉快そうに眉をよせた。
「マユラ。あのような男が好きか? やめておけ。お前には私がいる」
「お兄様、そういうわけではなくて。レオナードさんにはお世話になっているので」
「マユラさんは、レオナード様の知り合いなのか? 顔が広いね。さすがはユリシーズ様の妹君だ」
「たまたま知り合ったのですよ」
シズマは「なるほど」と頷いて、懐かしそうな表情で続けた。
「レオナード様はとてもいい方だった。団長としては若かったけれど、よく団員をまとめあげてくれていたんだ。公爵家のご子息とは思えないぐらいに、よく働いたしな。あんなことになってしまって、残念だった」
「あれは、レオナードにも問題がある」
「騎士は女性に優しくするものですよ。特に王族相手には気をつかいます。ユリシーズ様が変わっているんです」
「レイクフィア家の血筋の者以外、皆愚かだ」
『流石の私でも、あのようには考えなかったぞ』
「師匠はお兄様よりも社交性があったのですね」
マユラは師匠とこそこそ話をした。師匠がこそこそしているのは、シズマに言葉を話すぬいぐるみについて説明するのが面倒くさいからだろう。おそらくは。
シズマから、可愛いものが好きだという雰囲気をひしひし感じているに違いない。
つまり、もふもふされる可能性があるという、身の危険である。
「王女の名は、メルディ様。国王陛下の妹君だ。国王陛下には二人の弟妹がいて、弟君がお生まれになったあと、少し年が離れてお生まれになったのがメルディ様だ。ご存命であれば、マユラさんと同じぐらいの年齢だっただろうね」
「二十歳です」
「では、ちょうど同じだろう」
「レオナードさんの前で命をたったのが、三年前でしょうか。つまり、十七で隣国の王に嫁ぐことになったのですね」
それはずいぶん若い──と思ったところで、マユラは自分も十六でアルティナ家に嫁いだことを思い出した。
若ければ十五で嫁を迎える者もいるので、驚くほど若い、というほどでもないかと考え直した。
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