59 / 107
第二章 マユラ、錬金術店を開く
バルトとの交渉
偉大なる錬金術師ジュネ・ジョイスは、ジョイス宰相家の娘である。
幼い頃から錬金術に傾倒し、今は宮廷錬金術師に抜擢された。
珍しいものを作るのが好きで、美しいものや奇抜な錬金魔法具を作っては王妃の心を慰めているのだという。
魔力のないものでも魔法を使うことができる錬金魔道機を実用化したのもジュネだと言われているが、とはいえあれはまだ実践向きではない。威力の弱い魔法しか使うことができないからだ。
局所的には役に立つものの──といった感じである。
まだまだ、改善の余地がある。
「ジュネと会いたいのか?」
「会えるのですか?」
「城の中にいる。会いにいけばいい」
「で、ですがお兄様、私はそんな身分ではありませんよ」
「騎士団長殿の頼めばいい。来い、マユラ」
ジュネと会うのはまた今度──と思っていたのだが、ユリシーズがマユラに共に来るように促した。
マユラは借りてきた犬のように大人しく、ユリシーズに従う。
部屋を出るときに思いだしたように兄は「シズマ、今日は適当に訓練でもしておけ」と言った。
「わかりました」
「ごめんなさい、シズマ様」
「シズマさんでいいよ」
「シズマさん。お仕事の邪魔をしてしまいまして」
「ユリシーズ様はいつもこのような調子だから、気にしていないし、案外この適当さがいいという部下たちも多いんだ」
シズマは軽く会釈をして、マユラたちを見送ってくれる。
マユラはユリシーズとともに第二騎士団の執務室を出ると、大きな建物の中央にある、入り口に騎士団の紋章が掲げられた部屋に向かった。
「失礼する」
「ゆ、ユリシーズ! 急に入ってくるな、びっくりするだろう……!」
「騎士団の門戸は、広く、多くの民に開かれています。ですので、私がいつここに来ようと咎めを受けることはありません」
部屋の中にあるソファに座って、ブルーベリーパイを食べていたバルトが、ソファからずり落ちそうになっている。
マユラは兄の隣で、兄もバルトにはきちんと敬語を使うのだなぁと関心していた。
関心している場合ではないかと居住まいをただして、深々と礼をする。
「バルト様、度々申し訳ありません」
「……なんだ、お前か。お前一人なら構わん。だが、そこの全身凶器のような男を俺の前に連れてくるな」
「バルト団長殿、マユラと二人きりで会うおつもりか? 私が、許可を、するとでも?」
ビュオオと、吹雪が部屋を荒れ狂い、マユラは兄の背後に身を隠した。
バルトはがたがたと震えながら「やめろ! 馬鹿か!?」と騒いでいる。
「お、お兄様、落ち着いてください。今のは社交辞令というものです……!」
マユラは飛ばされそうになる師匠を抱きしめて、ポケットから何事かと顔を出したルージュを再びポケットに押し込んだ。
吹雪がおさまり、バルトは冷や汗をかきながらソファに戻る。
ブルーベリーパイが無残に凍り付いていた。
「団長、頼みがあるのですが」
「この状況でか!?」
「妹が、ジュネ様に会いたいと言っています。妹は駆け出しの錬金術師で、栄光ある錬金術師ジュネ様からぜひ薫陶をいただきたいのだとか。紹介をしてください」
「いや、この状況で頼むのはおかしいだろう!?」
確かに、ブルーベリーパイを氷漬けにしてからするお願いではないだろう。
つまりこれは、お願いではなく、脅しである。
「申し訳ありません、バルト様。どうしても、お会いしたいのです。身分もお姿も立派な、名高い騎士団長バルト様にお願いしたら、会えるのではないかと思いまして」
マユラはできるだけ殊勝な態度を心がけながら言った。
これもまた、社交辞令である。
師匠が嫌そうに『なんて空虚な言葉か』と言っているが、気にしてはいけない。
バルトのようなタイプの人間は──高級品を扱っている場合、客人としてとても多い。
つまりマユラは少し、慣れていた。
レイクフィアの家族たちや、オルソンに比べたらバルトは可愛いものである。
「……それほどでもない」
喜んでいる。わかりやすい。
「バルト騎士団長殿。頼めるか? 今すぐがいい。どうせ暇を持て余しているだろう、ろくに仕事などしていないのだから」
「お前、この数日で俺に対する態度が大きくなっていないか?」
「妹の愛を手に入れた今、私に恐れるものはなくなりましたので」
「そ、そうか、よかったな……」
どことはなしに、バルトから同情的な視線を送られる。
マユラは微笑みながら頷いた。何もかもを受け入れる、慈悲の微笑みである。
「頼みが聞けないとなると、ついうっかり、魔力が暴走して……」
「させるな! わかったわかった、ジュネ様のところだな。警備の確認などの理由をつけて、会いにけばいいんだろう。お前たちはついてくるがいい」
仕方なさそうに深く溜息をつきながら、バルトは立ち上がる。
彼は口も態度も悪いが、案外いい人なのかもしれない。
あなたにおすすめの小説
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
あなたがワインを浴びせた相手は、"子爵令嬢"じゃありませんわ
ばぅ
恋愛
公爵令息の恋人と噂されている「ルリア・ラズベルン子爵令嬢」と勘違いされ、夜会でワインを浴びせられた私。でも残念、完全な人違いです。
魔法? ただの暗算です ―公爵家の侍女見習い、王宮の帳簿を黙らせます―
pdf
恋愛
没落寸前の子爵家に生まれたキャル・キュレイションは、公爵家で侍女見習いとして働くことになる。
高位貴族から見れば、子爵令嬢など平民と大差ない。そんな弱い立場の彼女には、ただひとつ、とんでもない才能があった。
それは――暗算。
市場の会計をごまかす商人を見抜き、屋敷の帳簿の乱れを整え、誰も気づかなかった数字の歪みを拾い上げる。
その力はやがて公爵家の中だけに留まらず、領地経営、王宮財務局、そして国そのものを動かす大きな数字へと繋がっていく。
「魔法? ただの暗算です」
けれど、数字が見えるということは、見なくていいものまで見えてしまうということでもあった。
貴族社会の冷たい現実、王宮に渦巻く思惑、そしてなぜか彼女を放っておかない王太子。
立場は弱い。権力もない。
それでもキャルは、数字を武器に、自分の居場所を切り開いていく。
これは、公爵家の侍女見習いから始まった子爵令嬢が、暗算ひとつで王宮の帳簿を読み解き、成り上がっていくお仕事成長ファンタジーです。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
お飾り継母のはずでしたが、冷酷侯爵家の幼女たちが離してくれません
五十嵐紫
ファンタジー
義母と異母妹に虐げられながら生きてきた子爵令嬢セシリアは、ある日突然、“氷の侯爵”と恐れられる辺境侯爵レオンハルトへ嫁ぐことになる。
それは愛のない政略結婚——のはずだった。
けれど侯爵家で待っていたのは、冷たい侯爵ではなく、母を亡くして寂しさを抱えた幼い姉妹だった。
「……おかあさま、いなくならない?」
夜泣きをする次女ミーナ。
無理に大人びようとする長女リリア。
セシリアは戸惑いながらも、温かな食事を作り、小さな手を握り、少しずつ姉妹との距離を縮めていく。
やがて冷え切っていた侯爵家に、笑顔とぬくもりが戻り始める。
しかしその裏では、亡き前妻の死にまつわる秘密と、侯爵家を狙う陰謀が静かに動き出していた——。
これは、“お飾りの継母”として嫁いだ女性が、不器用な侯爵と幼い姉妹に愛されながら、本当の家族になっていく物語。
平民の薬師と契約結婚した冷徹公爵様ですが、実は私は5年前に失踪した侯爵家の正当令嬢でした~偽りの夫婦が本気の溺愛に変わるまで~
ハリネズミの肉球
恋愛
「これは契約だ。愛は不要だ」
そう言い放った冷徹公爵アルフォンスと、平民の薬師リアの結婚は、打算だけで結ばれた偽りの関係だった。
家も名も持たないリアは、生きるためにその契約を受け入れる。
――けれど。
彼女の作る薬は奇跡のように人を救い、荒れた公爵領は少しずつ変わっていく。
無関心だったはずのアルフォンスもまた、彼女の強さと優しさに触れるたび、心を揺らし始める。
「……お前は、俺のものだろう」
それは契約の言葉のはずだった。
なのに、いつからかその声音は熱を帯びていく。
そんな中、明かされる衝撃の真実。
リアは――5年前に政変で消えた侯爵家の正統令嬢だった。
彼女を陥れた貴族たちが再び動き出す中、アルフォンスは選ぶ。
契約か、それとも――愛か。
偽りから始まった関係は、やがて逃れられない執着へと変わっていく。
※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。
十八年前の赤子の取り違え——婚約破棄された「養女」が、公爵家のただ一人の正統な令嬢だと判明した日
歩人
ファンタジー
メリルは、レイクハート公爵家に引き取られた「遠縁の養女」として育った。社交界に出ることも許されず、領地の治療院で病人の世話に明け暮れる日々。義姉ソフィアが王家に嫁ぐまでの「つなぎ」として第二王子の仮の婚約者に立てられても、メリルは「いずれ退く身代わり」と承知していた。
けれど治療院に通う第二王子リオネルと、メリルは本当に心を通わせてしまう。義姉ソフィアと後見人ライラは「養女が分を超えた」と激怒し、婚約を破棄してメリルを治療院ごと辺境へ追放した。
だが、辺境で疫病が広がったとき、王都は気づく。病を癒せる「聖癒」の力を持つ者が、もう一人も残っていないことに。
十八年前、ひとつの嘘があった。公爵令嬢の赤子と、後見人の娘の赤子がすり替えられていたのだ。社交界の令嬢ソフィアではなく——治療院の「養女」メリルこそが、公爵家のただ一人の正統な令嬢だった。
日陰で生きてきた手が、王国を救う。