今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第二章 マユラ、錬金術店を開く

バルトとの交渉



 偉大なる錬金術師ジュネ・ジョイスは、ジョイス宰相家の娘である。
 幼い頃から錬金術に傾倒し、今は宮廷錬金術師に抜擢された。

 珍しいものを作るのが好きで、美しいものや奇抜な錬金魔法具を作っては王妃の心を慰めているのだという。
 魔力のないものでも魔法を使うことができる錬金魔道機を実用化したのもジュネだと言われているが、とはいえあれはまだ実践向きではない。威力の弱い魔法しか使うことができないからだ。
 局所的には役に立つものの──といった感じである。
 まだまだ、改善の余地がある。

「ジュネと会いたいのか?」
「会えるのですか?」
「城の中にいる。会いにいけばいい」
「で、ですがお兄様、私はそんな身分ではありませんよ」
「騎士団長殿の頼めばいい。来い、マユラ」

 ジュネと会うのはまた今度──と思っていたのだが、ユリシーズがマユラに共に来るように促した。
 マユラは借りてきた犬のように大人しく、ユリシーズに従う。
 部屋を出るときに思いだしたように兄は「シズマ、今日は適当に訓練でもしておけ」と言った。

「わかりました」
「ごめんなさい、シズマ様」
「シズマさんでいいよ」
「シズマさん。お仕事の邪魔をしてしまいまして」
「ユリシーズ様はいつもこのような調子だから、気にしていないし、案外この適当さがいいという部下たちも多いんだ」

 シズマは軽く会釈をして、マユラたちを見送ってくれる。
 マユラはユリシーズとともに第二騎士団の執務室を出ると、大きな建物の中央にある、入り口に騎士団の紋章が掲げられた部屋に向かった。

「失礼する」
「ゆ、ユリシーズ! 急に入ってくるな、びっくりするだろう……!」
「騎士団の門戸は、広く、多くの民に開かれています。ですので、私がいつここに来ようと咎めを受けることはありません」

 部屋の中にあるソファに座って、ブルーベリーパイを食べていたバルトが、ソファからずり落ちそうになっている。
 マユラは兄の隣で、兄もバルトにはきちんと敬語を使うのだなぁと関心していた。
 関心している場合ではないかと居住まいをただして、深々と礼をする。

「バルト様、度々申し訳ありません」
「……なんだ、お前か。お前一人なら構わん。だが、そこの全身凶器のような男を俺の前に連れてくるな」
「バルト団長殿、マユラと二人きりで会うおつもりか? 私が、許可を、するとでも?」

 ビュオオと、吹雪が部屋を荒れ狂い、マユラは兄の背後に身を隠した。
 バルトはがたがたと震えながら「やめろ! 馬鹿か!?」と騒いでいる。

「お、お兄様、落ち着いてください。今のは社交辞令というものです……!」

 マユラは飛ばされそうになる師匠を抱きしめて、ポケットから何事かと顔を出したルージュを再びポケットに押し込んだ。
 吹雪がおさまり、バルトは冷や汗をかきながらソファに戻る。
 ブルーベリーパイが無残に凍り付いていた。

「団長、頼みがあるのですが」
「この状況でか!?」
「妹が、ジュネ様に会いたいと言っています。妹は駆け出しの錬金術師で、栄光ある錬金術師ジュネ様からぜひ薫陶をいただきたいのだとか。紹介をしてください」
「いや、この状況で頼むのはおかしいだろう!?」

 確かに、ブルーベリーパイを氷漬けにしてからするお願いではないだろう。
 つまりこれは、お願いではなく、脅しである。

「申し訳ありません、バルト様。どうしても、お会いしたいのです。身分もお姿も立派な、名高い騎士団長バルト様にお願いしたら、会えるのではないかと思いまして」

 マユラはできるだけ殊勝な態度を心がけながら言った。
 これもまた、社交辞令である。
 師匠が嫌そうに『なんて空虚な言葉か』と言っているが、気にしてはいけない。

 バルトのようなタイプの人間は──高級品を扱っている場合、客人としてとても多い。
 つまりマユラは少し、慣れていた。
 レイクフィアの家族たちや、オルソンに比べたらバルトは可愛いものである。

「……それほどでもない」

 喜んでいる。わかりやすい。

「バルト騎士団長殿。頼めるか? 今すぐがいい。どうせ暇を持て余しているだろう、ろくに仕事などしていないのだから」
「お前、この数日で俺に対する態度が大きくなっていないか?」
「妹の愛を手に入れた今、私に恐れるものはなくなりましたので」
「そ、そうか、よかったな……」

 どことはなしに、バルトから同情的な視線を送られる。
 マユラは微笑みながら頷いた。何もかもを受け入れる、慈悲の微笑みである。

「頼みが聞けないとなると、ついうっかり、魔力が暴走して……」
「させるな! わかったわかった、ジュネ様のところだな。警備の確認などの理由をつけて、会いにけばいいんだろう。お前たちはついてくるがいい」

 仕方なさそうに深く溜息をつきながら、バルトは立ち上がる。
 彼は口も態度も悪いが、案外いい人なのかもしれない。


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