今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

文字の大きさ
63 / 107
第二章 マユラ、錬金術店を開く

大山犬とレオナード

しおりを挟む


 ジュネは「話し疲れちゃったわ」と言って、侍女に果物入りの酒を持ってこさせた。
 再び侍女たちに足や手を揉んでもらいながら長椅子でくつろいで、昼間から酒を口にする。

 自堕落にして優雅、そして退廃的な美しさがそこにはあった。

 ジュネはメルディを少しだけ哀れんで、隣国のファスティマ王との仲をとりもつためにおまじない程度の効果のある恋の薬を渡しただけだ。

 メルディには確かに問題があったのだろうが──その程度のジュネの応援は咎められるものではないだろう。

「ジュネ様に聞けば何かわかると思ったのですが、メルディ様に何があったのか……そう簡単にはいきませんね」
「役にたてなくて悪いわね。私が何かしっていたら、とっくにハルバードに伝えているわ。そうしたら、レオナードも責任を感じて騎士団をやめなくてもよかったかもしれないもの。レオナードとは話したのよ? あなたのせいじゃないってね」
「レオナードさんは、それでも騎士団を辞めてしまったのですね」
「まぁ、責任感の強い人だし。それに、彼は騎士団という華やかな職業にはむいてないのよ。ここにいる子たちだって、レオナードにきゃあきゃあ言っていたぐらいだもの」

 ジュネが肩をすくめると、何人かの侍女たちが恥ずかしそうにうつむいた。

「騎士団長は目立つし、レオナードは優しくて美形だもの。メルディが惚れてしまうぐらいだから、他の子たちだって、ねぇ」

 意味ありげな視線を送られて、侍女たちは更に顔を赤くする。
 マユラとユリシーズと、師匠の視線がバルトに向いた。

「そこの兄妹、そして師匠、俺を見るな。いいか、俺は愛妻家だ!」
「バルト様、まだ何も言っていませんけれど。私はバルト様もさぞ大変でしょうと思っただけで……」
「騎士団長というのは大変だな、団長殿」
「マユラ、天然だな!? ユリシーズは確信犯だな! 俺は女性からきゃあきゃあ言われたことなど、生まれてから一度もないが!? 女というのは背の高い、顔がこう、ユリシーズのようにしゅっとした男が好きなんだろう、知っているのだぞ、俺は!」
「バルト様、奥様がいるのですから、女性から人気になる必要はないのでは……」

 バルトはいい人だが、その態度や口調で誤解をされやすいのかもしれないなと、マユラは思う。
 怒ってばかりのバルトよりも、物腰の柔らかいレオナードのほうが女性から人気がある。
 そして無愛想だがやたらと顔のいいユリシーズも人気がある。

 女心とは、難しいものである。

「マユラちゃん、バルトさんの奥さんは、すごく綺麗な人よ。アフロディテの花と呼ばれていたぐらいで」
「俺のことはいい。ジュネ殿、邪魔をしたな」
「警備の確認はいいのかしら」
「もう終わった。何か不備があれば、いつでも俺に言ってくれ」
「わかったわ、バルトさん。マユラちゃん、またきてちょうだいね。そうだ、私があなたのところに遊びに行けばいいのだわ。うん。それがいいわね。そうするわね。遊びに行っていいかしら」

 バルトに促されてマユラたちが退室しようとすると、ジュネが寂しそうに話しかけてくる。
 大人の女性ではあるのだが、その悲しそうな顔は、妙に母性本能をくすぐられるなにかがある。
 彼女の周りの侍女たちも「ジュネ様」「ジュネ様……」と言いながら、頬を紅潮させている。

「ジュネ殿、マユラの元に来る必要はない。あなたのような派手な女と関わると、マユラの清純さが損なわれる危険がある」
「お兄様、失礼ですよ。ジュネ様、今日はありがとうございました。私は海辺の丘にあるマユラ・グルクリム錬金術店にいますので、いつでもいらしてください」
「グルクリム……?」

 ジュネは不思議そうに呟く。ユリシーズと、ラストネームが違うことを訝しんでいるのだろう。

『女、お前は天才錬金術師かもしれんが、私は天才魔導師──』

 余計なことを言う兄の背を押し、更に余計なことを言おうとする師匠をかかえて、マユラはジュネの元をあとにした。

「まったく、やっかいな仕事をさせてくれる。俺は騎士団長だぞ!?」
「バルトさん、今度お礼をさせてくださいね。奥様が喜ぶような錬金魔法具をプレゼントしますので」
「そ、そうか!?」

 ぷんすか怒っているバルトを宥め、仕事を放棄してマユラと共に帰ろうとするユリシーズを、シズマの元まで送り届けて、マユラは城から出た。

『結局、無駄足だったな』
「ぴぃ」

 やれやれと師匠が呆れて、ポケットから出てきてマユラの肩に戻ってきたルージュが、マユラの頬に顔をすりつけた。

「ジュネ様と話ができたのですから、十分な収穫ですよ。魅惑の糖蜜、売れそうですよね」
『媚薬を売るな』
「媚薬の効果をなくして、滋養強壮の効果にしたらどうでしょうか? 飲むと元気が出る薬です。何かに混ぜ込むというのはよくありませんから、チョコレート菓子とかにして……」
『魔改造をしたがるな、お前は』

 師匠と話しながら城門前を通り過ぎて乗り合い馬車の停留所に向かう。
 停留所には既に多くの人が並んでいる。少し待たなくてはいけないなと思っていると、遠くから名前を呼ばれた。

「マユラ!」

 それは、黒い山犬に乗ったレオナードだった。
 狼に似た馬ほどに大きな犬には、騎乗酔用に鞍と綱がついている。
 そういえばレオナードのいる傭兵ギルドでは、山犬を移動に使っていると言っていたことを思いだした。

「レオナードさん、こんにちは」

 馬車道を山犬が駆けてきて、マユラの前でとまった。
 山犬はお行儀よく座り、レオナードがその背から軽々と降りてきた。

しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~

北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!** 「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」  侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。 「あなたの侍女になります」 「本気か?」    匿ってもらうだけの女になりたくない。  レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。  一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。  レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。 ※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません) ※設定はゆるふわ。 ※3万文字で終わります ※全話投稿済です

処理中です...