今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ

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第二章 マユラ、錬金術店を開く

風呂上がりの遭遇

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 レオナードに先に風呂に入るようにすすめたのだが、レオナードが「あとでいい」と遠慮するので、マユラはレオナードを風呂に押し込んだ。

「レオナード君の着替え、家探ししていたら色々出てきたわよ」

 アンナがマユラの前に服をふわふわ浮かせてみせる。
 古めかしい貴公子の服から、魔導士のローブのようなもの、フリルのシャツに、質のいい庶民的な男性服と色々である。

「ちなみに、こちらは、私を殺した元、旦那様の……」
「あ、アンナさん、それはいけません。燃やしましょう……っ、あぁでも服に罪はありません、勿体ない」
「そうよね……」
「せめてほら、ほどいて布にして、敷物にするとか……あぁそうだ、ちょっと貸してくださいな、それ」
「いいわよ」

 アンナはマユラに服を渡して、「じゃああとはマユラちゃんに任せるわね」と言ってキッチンに向かう。
 マユラは『アンナ殺しの元旦那の服』を、錬成部屋に持っていき錬金釜に突っ込んだ。

『おい、お前、何を』
「触った感じ、微弱ですが魔素があるようです。この布、糸はおそらくシダールラムの羊毛ですね。シダールラムの羊毛、一般にもたまに出回っていますから。質がいい糸ができますので」
『……触れただけでわかるのか?』
「はい。さきほど、ひたすらポーションを作り続けていたら、素材が帯びている魔素がなんとなくわかるようになりました。ほら、質のいい素材と悪い素材を厳選していましたから」
『ほう……そうか。やはりお前は、魔法については残念だが、錬金術については見どころがあるようだな』

 テーブルの上の瓶の中には、マユラがさきほど作り続けていた、黄金に輝く良質な治療のポーションと、普通の白いラムネ型治療のポーション、そして解熱のポーションがわんさか入っている。

 兄のくれた素材はほぼ使い果たした。騎士団に卸す分もあるため、多めにつくったのである。
 これだけあれば十分だろう。全て売れたら、しばらくは困らないぐらいの金額が稼げるはずだ。

『私は、服を入れるようなものは書き残していないぞ』
「素材の組み合わせは、自由なのですよね」
『そうだな。それ故、失敗する場合も多いが』
「じゃあ、試してみますね」

 アンナの元旦那の服は、シダールラムの羊毛をつかっていることもあるのだろうが、それだけではなさそうだ。
 人殺しの服──というのが、服に何かのまじないをかけて、魔素を増加させている気がした。
 魔物は、魔素に人の負の感情が呼応してうまれるものだという。
 だとしたら、これは──。

「アンナさんの元旦那様の呪われし服、お兄様からいただいた飛竜の鱗、オルトロスの体毛、サラマンダーの瞳」
『それは、お前ごときでは討伐できない魔物たちだ。貴重な素材だが、いいのか』
「いただきものですから、大事にとっておくよりは使用するべきかと思うのです」

 素材を入れた錬金釜の中の液体をぐるぐる混ぜる。
 魔力を流すと魔素がとけてまじりあい──新し形をつくっていく。
 貴重な素材ほど魔素の量が多い。飛竜の鱗は頑丈さ、オルトロスの体毛とサラマンダーの瞳の組み合わせは、防火の力。
 ──これは、マントだ。

「よし! できました、これは……」

 錬金釜の中にぷかりと、両手に抱えられるほどの大きさの立派なマントが浮かびあがる。
 シダールラムの羊毛を基礎として、黒く輝く飛竜の鱗を織り込んで、首からぐるりと耐火の性質を与えたオルトロスの体毛に覆われた、立派で丈夫なマントである。

「耐火のマント、ですね」
『……なかなか、よくできている』
「全盛期の師匠なら、身につけたくなりますか?」
『そうだな。もらってやってもいい程度ではある』
「ありがとうございます、嬉しいです。……あ。私、レオナードさんの着替えをつくろうと思っていたんでした。つい趣味に走って、マントにしてしまいました……このままではレオナードさんの服が」

 さすがに、風呂上りにマントだけ着てくださいと渡すわけにはいかない。
 服を抱えてわたわたと困っていると、風呂上がりのレオナードが、湯布で髪を拭きながらやってくる。

「マユラ、風呂に入らせてもらった。ありがとう」
「いえ、どういたしまして。レオナードさん、服……」

 レオナードは、湯布を腰に巻いて室内用の履き物を履いている。
 筋肉のはった腕や胸が剥き出しで、その肩には太陽を模した紋様が描かれている。

「……着ていた服をもう一度着ようと思ったんだが、アンナさんが全部持って行ってしまったみたいでな」
『お前は確か、一人暮らしの女性の家にはあがれないとかなんとか言っていなかったか、少し前に』
「そうなんだが、腹を括ろうかと思ってね」
『どういう腹の括り方だ』
「レオナードさん、体に模様が入っているんですね。太陽の騎士様の所以ですか?」
『お前はもう少し慎みを持て、マユラ』

 まじまじとレオナードの肩にある紋様を眺めるマユラに師匠は呆れ、レオナードは照れた。

「いや、これは、そういうわけではなくて」
「すみません、じっと見てしまって。こういう造形、気になってしまって。格好いいですね、太陽」
「あ、あぁ、ありがとう」
「レオナードさん、服を用意しようと思ったら、マントになってしまいました」
「マント?」
「アンナさんが見つけてくれた、この、フリルの服をひとまずきてくれますか? これ……」
『今まで何人もの人間を追い出してきた。そのものたちの持ち物だろうな』
「追い出された可哀想な人たちのものですね」

 それって追い出したのではなくて、呪殺したのではないかしらと思いながら、マユラは深く尋ねなかった。
 それは師匠が封印される前の暗黒時代の話なので、あまり考えるべきではないだろう。

「ありがとう。ありがたく使わせてもらう」

 やや古めかしい貴族服に着替えたレオナードは──まさしく、公爵家のご子息様、というような雰囲気を漂わせていた。





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