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第二章 マユラ、錬金術店を開く
戦う男と薬箱
しおりを挟むアンナの作ったニワール鳥のスクランブルエッグをレオナードと共に食べて(ユリシーズは食べなかった、朝はガリア豆茶のみ派の男である)、マユラはアンナお勧めの服に着替えた。
「マユラちゃん、可愛いわぁ! 私、娘をこうして着飾らせてみたかったの! 嬉しいわ」
『母性の魔物め……』
「師匠ももっと父性をもってマユラちゃんに接するべきよ。あっ、私と師匠が夫婦になっちゃうわね、それじゃ。それはちょっと嫌ね」
『私も嫌だ』
アンナが整えてくれた衣裳部屋には(元はアンナの化粧部屋だったらしい)ユリシーズが持参したマユラ用の服がずらっと並んでいる。
その中からアンナが選んだのは、花のように広がるスカートが特徴的な魔導師の服だった。
その上からマントを羽織ると、確かに錬金術師という見た目になる。
「錬金術師に見えますか?」
「それはもう、ばっちりよ! 花の錬金術師という感じだわ!」
『多少は見栄えがよくなった』
「ぴぃ」
アンナや師匠、ルージュが褒めてくれるので、マユラは照れたようにはにかんだ。
「お待たせしました……あ、あの、何をなさっているのですか? お兄様、レオナードさん……!?」
今日はクイーンビーの蜂蜜を採取して、そのまま滅びた地下都市に向かう予定だ。
行って帰って、おおよそ一週間程度の道程である。
鞄に着替えや保存食などを入れて準備を整えたマユラが一階に向かうと、レオナードとユリシーズの姿がない。
外から物音が聞こえるので師匠を鞄に突っ込で外に出てみると、ユリシーズが氷の刃をレオナードにふらせて、レオナードはそれを剣で叩き切っていた。
イヌが尻尾を振りながら「わおん、わふ!」と鳴いて、レオナードを応援している。
それを少し離れたところで、腕を組んで感心したようにガレオが眺めていた。
「あっ、マユラちゃん、おはよう!」
「ガレオさん、おはようございます。お兄様、レオナードさん、家の前で戦わないでください……お客様が危険です……!」
「大丈夫よ、僕、強いから」
「そんな感じはしますが、でも、ともかく……お兄様、何事ですか、落ち着いてください……!」
『ユリシーズの魔法は、全盛期の私ほどではないが、まぁまぁだな』
「師匠、感心している場合ではなくてですね……」
ムキムキの腕を見せてくれるガレオをマユラは背後に庇った。
ユリシーズの魔法で怪我でもしたら、大変だ。せっかくのお客様なのに。
ユリシーズが生み出した特大の氷の槍が、レオナードを貫こうと狙っている。
レオナードは軽く地面を蹴ると空中に浮かぶユリシーズの眼前まで飛びあがる。
降り降ろされた剣を、ユリシーズは氷の槍を動かして阻んだ。剣が氷の槍を粉々に打ち砕き、きらきらとした魔法の粒子をマユラたちの頭上にふらせる。
「お兄様、レオナードさん、おしまいです! もう、終わりです! お兄様、き、嫌いになりますよ……!?」
マユラが勇気を出して、今までのマユラだったら兄に絶対言えない言葉を口にした。
ユリシーズは目を見開くと、マユラの元へと降りてくる。
「……マユラ、私はお前に嫌われたくない」
「すまない、マユラ。ユリシーズと本気で戦えることなどまずないから、つい、楽しくなってしまって」
剣をおさめたレオナードも、しゅんとしながら反省をしている。
「訓練をしていたんだ」
「訓練ではない。私はお前を再起不能にしてやろうと思っていた」
「訓練ではないのか?」
「そんな面倒なことを私がするわけがないだろう。私のマユラと一夜を共にした罪、償って貰おうと思ってな。その上、マユラからマントをもらったのだろう、お前は。死ね」
マユラは耐火のマントをレオナードにプレゼントしていた。
マユラがつけるには少し重たいのだ。それに大きすぎる。
性能を求めたら、男性用になってしまった。性能と、デザイン性と、薄さや軽さ、全て満たした錬金魔法具が作れるように頑張りたいところだ。
「お兄様も欲しかったのですか?」
「欲しい」
「今度、お兄様に似合うものをつくってさしあげますね」
「……そうか。それは、婚約の証のプレゼントだな」
「違います」
兄にあげてもよかったのだが、『実質結婚のようなもの』などと言われる気がしたので、ちょっと怖かった。
案の定言っている。かつての兄は恐かったが、今の兄は別の意味で怖い。
「あらま、マユラちゃん、人気者ね。太陽の騎士と、麗しのユリシーズ様から求婚されているなんて」
「ガレオさん、求婚されていませんし、友人と兄です」
「僕の目はごまかせないわよ、マユラちゃん」
友人と兄である。
ガレオは乙女のように体をくねらせて、それから「そうだったわ」と、居住まいを正した。
「依頼の小箱が出来上がったの。時間があったから、届けてあげようと思って。マユラちゃんのお店も見たかったし」
「ありがとうございます、ガレオさん。お店、まだまだこれからで恥ずかしいのですけれど……」
「そうね、まだ店って感じじゃないわね。廃墟ね」
「うぅ……」
アンナが外観を綺麗にしてくれたとはいえ、まだ廃墟感は否めない。
錬金術店というよりは、まだまだ幽霊屋敷である。
「看板がないのがいけないわ。それから、お花を植えたり、錬金術師らしく、店の前に錬金魔法具を飾ったり、錬金ランプを並べたりするべきね」
「そうですよね、頑張ります」
『男のくせにうるさい』
「あら、師匠! 可愛さは男女平等よ! 芸術や可愛くて綺麗なものには、男でもときめいていいのよ」
マユラはガレオを店の中に案内した。
ユリシーズやレオナードも大人しくついてくる。レオナードは「よい鍛錬だった」と嬉しそうにしていて、ユリシーズは「お前のそういうところが、昔から気に入らん」と、苛立っていた。
ガレオはリビングルームのテーブルに、どさっと手にしていた大きな荷物を追いた。
荷物を開くと、手のひらに乗るサイズの小さな円形の薬箱が沢山入っている。
綺麗に絵付けをされていて、マユラ・グルクリム錬金術店という名前と、ユリシーズの描いた元絵を基本にした、師匠とルージュの絵が二種類描かれていた。
「どうかしら? ルメルシエと僕が魂を込めて作った芸術作品よ」
「わぁ! 可愛いです!」
「これは、ネコとトリだな」
「師匠とルージュですよ、レオナードさん」
『私はもっと可愛いだろう』
「……これは、私の絵だな。マユラ、私の絵をそんなに……」
ユリシーズは皆と違う方向で感動をしているようだったが、マユラは聞かなかったことにした。
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