君を愛さない……こともないような、そうでもないようなって、どっちなんですか旦那様!?~氷の軍神は羊飼い令嬢を溺愛する~

束原ミヤコ

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思いだしました、旦那様

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 心なしか白い顔をさらに白くしている血色の悪いダンテ様を、私は部屋に招いた。
 ダンテ様の背後でサフォン様とディーン様がちらちら目配せしている。
 もしかしたら私がプレゼントを渡そうとしているのを知って、秘密を守るために必死になってくれているのかもしれない。

 自室として使用させてもらっている部屋のベッドに、羊クッションは隠してある。
 扉を閉じて二人きりになる。ダンテ様は硬い表情のままだった。

「ダンテ様、実は――」

「待て、ディジー。……すまなかった」

「えっ」

「俺は、言葉が足りなかった。その上、久々に君に会えたことが、嬉しく――そ、その、挨拶の際に、あのようなことを」

「あのようなこと?」

 珍しく饒舌にダンテ様が低い声で言う。
 私は首を傾げた。
 あのようなこと――なんだったかしら。

 私はあまり、過去のことを覚えていない。
 細かいことはどちらかといえば忘れてしまうのだ。

 首を捻って少し考えて、両手をぽんっと合わせた。

「私のことを愛さないような、そうでもないような……とおっしゃっていましたね!」

「あ、あぁ……」

 ダンテ様は深く眉根を寄せて、口元に手を当てて俯いた。
 
「あの時は、私が違うディジーだからそうおっしゃったのかと思ったのですが、今考えてみればそうではないのですよね。どちらなのかしらとは思いましたが、よくよく考えれば私とダンテ様は初対面です。いざ私と会ってみたら、とても妻にはできないような女だった――という可能性もありますし、至極真っ当なご意見だと思います」

「違う、ディジー。それは、全て違う」

「違うのですか……」

 ダンテ様は初対面でのご挨拶を気に病んでいるらしい。
 私としてはもう気にしていないというか、はじめから特に気にしていなかったのだけれど。

 それよりもプレゼントを渡したい。
 どうしてこのタイミングで謝罪を受けているのだろう、プレゼントを渡したい気持ちが強すぎて、そわそわしてしまう。ちらちらベッドのほうを見てしまいそうになるのを、なんとか抑え込む。

「君は――あまり、記憶にないかもしれない。だが、俺は君とは、初対面ではないのだ」

「まぁ、そうなのですね! ダンテ様はエステランドから色々と買い付けてくださっていますから、私をどこかでみかけたということでしょうか? 私……エステランドでは大概作業着で、藁を運んだり羊の毛刈りをしたり、畑を耕したりしていたのですが……お恥ずかしい限りです」

「何も恥ずかしいことではない」

「私も今までは恥ずかしいとは思っていなかったのですが、ダンテ様に見られていたのだと思うとなんだか、恥ずかしいです。不思議ですね」

「ぐ……可憐過ぎて死ぬ……」

「ダンテ様、具合が悪くていらっしゃるのですか、ダンテ様……?」

 胸を押さえるダンテ様が心配になり。その腕に触れる。
 腕に触れた手を、ダンテ様の大きな手が掴んだ。
 前腕を痛くない程度に握られる。氷のような青い瞳が射るように私を覗き込んだ。

「あの時――俺は、十歳で、君は六歳だった。君は子供用のヴァイオリンを弾いていた」

「……そんなに小さなころに?」

「あぁ」

 ぱちぱちと瞬きをして、ダンテ様の整った精悍な顔を見つめる。
 十歳のダンテ様とは、どのような姿だったのだろう。あまり、想像ができない。
 もっと、小さかったはずだ。
 レオが十歳の時のことを思い出す。私よりも背が小さく、細かった。
 ダンテ様はそのころから、立派な体躯をしていたのかしら。

 だとしたら、記憶に残っているはずだけれど――。

 六歳の頃の私は確かに、ヴァイオリンの練習をよくしていた。
 家庭教師の先生から教わって、暇さえあれば自主練習をしていたように思う。
 楽器を弾けるのが楽しかったのだ。

「……六歳の頃というと、そういえば――王都から静養に来ているという、少年が……あ!」

 ふと、記憶の琴線に触れるものがあり、私は伏せていた目を開いた。
 それからがばっと、ダンテ様の方に身を乗り出す。
 ダンテ様は腰をそらせた。私と頭がぶつからないようにしてくれたのだろう。
 身長差があるので、頭がぶつかるということはなさそうだけれど、私の勢いがよすぎてびっくりしたのかもしれない。

「もしかして、ダンテ様ですか!? ずいぶん大きくなられました……!」

「あ、あぁ」

「あの時は私よりも背が、低くなかったでしょうか。私はてっきり、年下だとばかり思っていました。それに、心臓が弱いらしいとお父様から聞いていましたから……ダンテ様、心臓が悪いのですか? それなのに、戦に……!」

「心臓が悪いというのも、静養というのも、嘘だ」

「そ、そうなのですか……!?」

 思い出した――というか、覚えていた。
 エステランドによそから人が来ることは珍しい。
 買い付けの商人は多いけれど、辺鄙な場所だから旅行者はまずいないし、移住者もいない。
 
 だから、もちろん王都から静養に来ている高貴な身分の少年――というのは、噂になる。
 私もお父様から話を聞いていたので知っていた。

「ディジー、王都から高貴な身分の方が静養に来ている。どうやら心臓が悪いらしい。エステランドの空気はとても綺麗だから、体にいいのだよ」

 お父様は何故かとても誇らしげだった。
 エステランドの空気は自分が作り出しているとでも言いたげに胸をそらしていたので、私はその仕草に、お腹を押さえて笑ったことを覚えている。

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