君を愛さない……こともないような、そうでもないようなって、どっちなんですか旦那様!?~氷の軍神は羊飼い令嬢を溺愛する~

束原ミヤコ

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一年前の戦い

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 国王陛下とエリーゼ様、それから私とダンテ様と一緒にミランティス家の馬車に乗り込んだ。

 エリーゼ様は「ご婚礼のお祝いなのに一緒の馬車というのは……」と、遠慮をしてくれていたけれど、せっかくいらしてくださったのだからもっとお話をしたいという気持ちもあり、無理を押し切った。

 国王陛下の護衛の兵士の方々と、サフォンさんの指揮する兵士の方々が馬車を先導する、婚礼としては仰々しい行列が、街に向かっていく。

「ジェイド様とエリーゼ様は、国境の戦いで出会ったのですね」

「ええ、そうなの。あれは――三年程前になるかしら。ジェイド様が貴族学園を卒業なされて王位を継がれたあと、すぐにローラウドからの侵攻があってね」

「それは恐い思いをしましたね。国境のある土地に住むとは、いつでも侵略の矢面に晒されるということでしょうから」

「ええ。でも、辺境伯家はそのためにあるのだから、慣れている――というのは言い過ぎだけれど、ある程度戦うことができるように、いつでも準備を整えているわ。ただ」
 
 馬車に揺られながら、私はエリーゼ様と話をしていた。
 ダンテ様は寡黙で、過去のことをあまり話すことはない。
 私も色々聞き出したりはしないので、エリーゼ様が饒舌に話をしてくれる話の内容は、はじめて聞くことばかりで新鮮なものだった。

 もちろん、侵略の憂き目に晒された話を新鮮に――なんて思ってはいけないのだろうけれど。
 エリーゼ様の話にダンテ様の過去が出てくることは、妙に嬉しいものだ。

 私の知らないダンテ様の姿が、そこにはあった。

「ローラウドは特殊な武器と、乗り物を持っていてね。空を飛べる動物なのだけれど」

「空を飛べる動物ですか!?」

 私は身を乗り出した。
 人間が乗って飛ぶことができる動物――。
 ヴァルディア王国――少なくとも、エステランド近郊ではそんな動物の話は聞いたことがなかった。

「ローラウドは近隣の小国を支配下におさめている。その中に、エルフラッドという小さな国があってな。国とも呼べないぐらいの小さな国だ。エルフラッドで神聖視されている、グリフォンと呼ばれている動物がいる」

「ぐり、ふぉ?」

 ジェイド様の説明に私は首を傾げた。
 聞いたことのない名前だ。
 エステランドで空を飛ぶ大きな動物と言えば、ディーヴァコンドルだろうか。
 切り立った山脈の山頂付近に住んでいて、首のまわりにふわふわな白い体毛を持つ。

 翼を広げると私が両手を広げたよりも大きい鳥だ。
 はじめてその鳥を見た人が、女神が現れたと勘違いしたことから、ディーヴァコンドルと名付けられたそう。

 大きいとはいえ、人が乗ることなどとてもできない。

「グリフォンだ、ディジー」

「ぐりーん、ふぉん」

「グリフォン」

「グリフォン……ダンテ様は見たことがありますか?」

 何度か名前を教えてくれるダンテ様を見あげると、ささっと視線をそらされた。
 今のダンテ様は、恥ずかしがっている。
 こんなに可愛らしい方が、戦場では軍神のようだったなんて。
 戦場はおそろしい場所だとは思うけれど、見てみたかったわね。

「侵略戦争は三年前にはじまり、一年ほど前に、ローラウド軍を退けた。その時に、見た」

「どんな姿でしたか?」

「そうだな。……形容しがたい、が」

「顔立ちは、犬に似ているわね。白い毛足の長い体毛を持って、大きな翼。太い手足。猛禽類というよりは、翼のある狼のような姿をしているわ」

「それはとても、美しいですね。エルフラッドでは神獣だったのでしょう? きっと賢くて穏やかな性格をしているのでしょうね。ローラウドの兵士たちの乗り物にされるというのは、穏やかな気持ちではないのではと思います」

 グリフォン。翼のある狼。見てみたい。
 どんな触り心地なのだろう。お肉はどんな味がするのだろう。そもそも食べたりするのだろうか。
 やっぱり、神聖な動物だから食べたりはしないのかしら。

「……エルフラッドの方々は、グリフォンに乗るのですか? 繁殖はさせるのでしょうか。毛皮やお肉を売り買いしたりなどは……」

「あはは……いや、失礼。今の話を聞いて、グリフォンについてそのような感想を述べる女性を見るのははじめてで、つい」

「陛下」

「そう睨むな、ダンテ。ディジー嬢は魅力的だなという、好意的な感情だ」

「陛下……」

「さらに睨むな、ダンテ。エリーゼの前で浮気などはしない」

 ジェイド様があわてている。
 エリーゼ様はあまり気にしている様子もなく、くすくす笑っている。

「美しい体毛や、鳥と牛を混ぜたような味わいの肉が人気だと聞いたことがある。神聖視されていても、エルフラッドは狩人の国だ。だから、狩るし、食べる。グリフォンを狩ることができれば、一人前の男とみなされるという風習があるらしい」

 ジェイド様は「繁殖については、わからないな」と付け加えた。

「ローラウドは、グリフォンを手なづけて、乗り物に?」

「ローラウドは平地が少ない国だから。空を飛ぶことができれば、進軍は格段にはやくなるわ。それに、雷を放つ矢もある」

「それでも、ヴァルディアは勝ったのですね」

「ええ。辺境伯家では防ぎきれずに、ジェイド様に援軍を要請したの。ジェイド様や、ダンテ様はすぐに来てくださって。でも、かなりの負傷者がでたわね。空を飛んで、雷を放つ相手と戦うのは、難しいもの」

 エリーゼ様は負傷者の手当てを、辺境伯家の侍女たちと共に行っていたのだという。
 辺境伯家の女性たちには戦場での役割がある。
 剣を持って戦うことはできないけれど、運ばれてきた負傷者の介抱ができるように教育されている。
 ジェイド様はそんなエリーゼ様の献身的な姿を見て、妻にしたいと辺境伯にお願いをした。

 一年前の、勝利の凱旋と共に、ジェイド様はエリーゼ様を城へと連れて帰り、結婚式をあげたのだ。

「ダンテ様にはとても、感謝しているの。ダンテ様がいなければ、辺境伯領はローラウドに切り取られていたかもしれないもの。辺境にも人が住んでいる。それを、ローラウドに支配されるなんて、とても辛いことだわ」

 今の平和は、ミランティス家のおかげだと、ジェイド様もエリーゼ様も口々に言った。
 ダンテ様は「いえ」と、小さく言っただけだった。
 私はそんな謙虚なダンテ様が誇らしく、同時に愛しくて、今すぐ抱きつきたい気持ちを抑えるのに必死だった。

 いくら私でも、国王陛下と王妃様の前でダンテ様に抱きついたりはしないぐらいの節度はある。
 
 それにしても――グリフォンが空を飛べるのならば、今すぐに王都に攻め込むことも可能なのではないかしら。
 空を飛ぶものは、弓に弱い。
 狩人が狩ることができるのならば、グリフォンも弓に弱いのだろう。

 だから、そこまでの無謀はしないのだろうか。
 
「おめでたい日なのに、怖い話をしてごめんなさいね。ディジーさん、気を悪くしないで欲しいのだけれど」

「大丈夫です。エリーゼ様たちの馴れ初めや、ダンテ様の勇ましいご活躍を聞けるのは嬉しいです。それに、グリフォンも。是非、数頭貰い受けて、繁殖をさせてみたいものです」

 力強く私が言うと、ジェイド様が口元をおさえて再び笑った。
 
「でも、グリフォンよりもオルデイル牛兵のほうが強い気がしますね」

「オルデイル牛兵……!?」

 あの牛に乗って戦うのかと、ジェイド様が笑うのをやめて目を輝かせる。
 ダンテ様が私の耳元で「陛下は珍しいものや、新しいものが好きなんだ。ディジー、あまり陛下に好かれないでくれ」と囁いた。


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