23 / 53
守谷ルイ(もりやるい)
しおりを挟むいきなり運動部に勧誘してきた青年を、私はジロリと睨んだ。
知り合いではないわね。
蒼依のことを知っているのだから、紅樹先輩と同じ生徒会の関係者か、蒼依と同じ三年生の先輩なのでしょうけれど。
まさかこの体格で同学年ということはないだろうし。
「あぁ、悪ぃな。急に話しかけられて吃驚しただろ? 俺は守谷ルイ。蒼依の友人で、水泳部の部長をしてる。水泳は良いぞ、果林。俺と一緒に泳がねぇか?」
この騎士風の方は、王国騎士というよりは傭兵に近い。
なんせ口調が粗雑だ。
水泳とは何かしら。
水泳。
水泳とはーー水の中で泳ぐこと。
体にぴちぴちの衣服を身に纏って、ほぼ裸のような格好で水の中でする運動が、水泳。
「へ、変態だわ……!」
「俺が? それとも水泳が?」
「守谷先輩と言いましたかしら。見ず知らずの淑女を突然全裸で興じる運動に誘うなんて、変態の極みですわよ」
「ルイで良いぞ、果林。お前は今日から俺の部員だからな。それに妙な言い方をしないでくれねぇか、水泳だ、水泳」
「ぐいぐい距離を詰めないで下さらないかしら! どうして私がそのような行為をしなければなりませんの」
私はルイ先輩を振り切ろうと走る速度を上げた。
息切れがすごい。今日だけですごい痩せそう。
守谷先輩は歩いているぐらいに余裕の表情で私の隣を同じ速度でついてくる。圧が強い。
「果林、君の運動に対する情熱が俺には強く伝わってきた。なんせ昼休みにわざわざ体操服に着替えて校内をマラソンしているぐらいだからな。だけどな、その体型で急に走ったら膝を痛めるぞ」
「知ったような口を聞かないでくださる? 体の痛みぐらい根性でなんとでもしてやりますわ」
「なんとかならねぇんだよ、これが。膝やら足首やらを痛めると、歩くことも大変になるぞ。そこで、水泳だ」
「……はぁ、……」
私はぜえぜえしながら返事をした。
「水泳は良いぞ、果林。体に負担は少ないのに、運動強度が高い。すぐに痩せられる」
「全裸で水の中でする運動にそのような効果が?」
「全裸じゃねぇけどな、残念ながら」
「それならやります」
「肉体美を手に入れたければ水泳部が一番良い、なんせ今人手も足りねぇんだよな。プール掃除の手伝いもしてくれると助かる」
「だから、入部します」
「果林、是非入部を……って、本当か? 偉いぞ、果林。じゃあ今日の放課後、水泳部まで来てくれ」
たとえほぼ裸を晒しての運動だろうとなんだろうと、すぐに痩せられるのならそれに越したことはないわね。
サリエルは頼りにならないし。
どこからどう見ても運動に精通していそうな傭兵のような青年、ルイ先輩の方が役に立ちそうだもの。
入部を了承すると、ルイ先輩は爽やかな笑顔を浮かべて、私に何度も手を振ってものすごい速さで走り去っていった。
置き去りにされた私は校舎に掲げられている大時計を見上げる。
「やばいですわ」
はじめての言葉が口から飛び出した。
やばい?
やばいとは、非常によろしくない、ということ。
これも果林の記憶だ。
気をつけなければいけないわね。果林の記憶と私の記憶が混同してしまったら、自分が誰なのかわからなくなってしまうかもしれない。
私はシャーロット。
でもなんとなく、新しい言葉を口から紡ぐのは楽しいような、くすぐったいような、奇妙な感覚になった。
「着替えて、授業に戻らないといけないわね。まだ間に合うわね、大丈夫」
私は校舎に向けて足を進めた。
一歩足を踏み出したところで、前方の休憩用のベンチにサリエルと紅樹先輩が並んで座っているのを見つけて、全速力でその前を通り過ぎようと決意した。
なんだかめんどくさい予感がすごくする。
というか、なんで仲良く並んで座っているのかしら。
魚肉ソーセージについて語り合っているのかしらね。もしかして。
20
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
今度は、私の番です。
宵森みなと
恋愛
『この人生、ようやく私の番。―恋も自由も、取り返します―』
結婚、出産、子育て――
家族のために我慢し続けた40年の人生は、
ある日、検査結果も聞けないまま、静かに終わった。
だけど、そのとき心に残っていたのは、
「自分だけの自由な時間」
たったそれだけの、小さな夢だった
目を覚ましたら、私は異世界――
伯爵家の次女、13歳の少女・セレスティアに生まれ変わっていた。
「私は誰にも従いたくないの。誰かの期待通りに生きるなんてまっぴら。自分で、自分の未来を選びたい。だからこそ、特別科での学びを通して、力をつける。選ばれるためじゃない、自分で選ぶために」
自由に生き、素敵な恋だってしてみたい。
そう決めた私は、
だって、もう我慢する理由なんて、どこにもないのだから――。
これは、恋も自由も諦めなかった
ある“元・母であり妻だった”女性の、転生リスタート物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる