最強の私と最弱のあなた。

束原ミヤコ

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守谷ルイ(もりやるい)

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 いきなり運動部に勧誘してきた青年を、私はジロリと睨んだ。
 知り合いではないわね。
 蒼依のことを知っているのだから、紅樹先輩と同じ生徒会の関係者か、蒼依と同じ三年生の先輩なのでしょうけれど。

 まさかこの体格で同学年ということはないだろうし。


「あぁ、悪ぃな。急に話しかけられて吃驚しただろ? 俺は守谷ルイ。蒼依の友人で、水泳部の部長をしてる。水泳は良いぞ、果林。俺と一緒に泳がねぇか?」


 この騎士風の方は、王国騎士というよりは傭兵に近い。
 なんせ口調が粗雑だ。
 水泳とは何かしら。
 水泳。
 水泳とはーー水の中で泳ぐこと。
 体にぴちぴちの衣服を身に纏って、ほぼ裸のような格好で水の中でする運動が、水泳。


「へ、変態だわ……!」

「俺が? それとも水泳が?」

「守谷先輩と言いましたかしら。見ず知らずの淑女を突然全裸で興じる運動に誘うなんて、変態の極みですわよ」

「ルイで良いぞ、果林。お前は今日から俺の部員だからな。それに妙な言い方をしないでくれねぇか、水泳だ、水泳」

「ぐいぐい距離を詰めないで下さらないかしら! どうして私がそのような行為をしなければなりませんの」


 私はルイ先輩を振り切ろうと走る速度を上げた。
 息切れがすごい。今日だけですごい痩せそう。

 守谷先輩は歩いているぐらいに余裕の表情で私の隣を同じ速度でついてくる。圧が強い。


「果林、君の運動に対する情熱が俺には強く伝わってきた。なんせ昼休みにわざわざ体操服に着替えて校内をマラソンしているぐらいだからな。だけどな、その体型で急に走ったら膝を痛めるぞ」

「知ったような口を聞かないでくださる? 体の痛みぐらい根性でなんとでもしてやりますわ」

「なんとかならねぇんだよ、これが。膝やら足首やらを痛めると、歩くことも大変になるぞ。そこで、水泳だ」

「……はぁ、……」


 私はぜえぜえしながら返事をした。


「水泳は良いぞ、果林。体に負担は少ないのに、運動強度が高い。すぐに痩せられる」

「全裸で水の中でする運動にそのような効果が?」

「全裸じゃねぇけどな、残念ながら」

「それならやります」

「肉体美を手に入れたければ水泳部が一番良い、なんせ今人手も足りねぇんだよな。プール掃除の手伝いもしてくれると助かる」

「だから、入部します」

「果林、是非入部を……って、本当か? 偉いぞ、果林。じゃあ今日の放課後、水泳部まで来てくれ」


 たとえほぼ裸を晒しての運動だろうとなんだろうと、すぐに痩せられるのならそれに越したことはないわね。
 サリエルは頼りにならないし。
 どこからどう見ても運動に精通していそうな傭兵のような青年、ルイ先輩の方が役に立ちそうだもの。

 入部を了承すると、ルイ先輩は爽やかな笑顔を浮かべて、私に何度も手を振ってものすごい速さで走り去っていった。
 置き去りにされた私は校舎に掲げられている大時計を見上げる。


「やばいですわ」


 はじめての言葉が口から飛び出した。
 やばい?
 やばいとは、非常によろしくない、ということ。
 これも果林の記憶だ。
 気をつけなければいけないわね。果林の記憶と私の記憶が混同してしまったら、自分が誰なのかわからなくなってしまうかもしれない。

 私はシャーロット。
 でもなんとなく、新しい言葉を口から紡ぐのは楽しいような、くすぐったいような、奇妙な感覚になった。


「着替えて、授業に戻らないといけないわね。まだ間に合うわね、大丈夫」


 私は校舎に向けて足を進めた。
 一歩足を踏み出したところで、前方の休憩用のベンチにサリエルと紅樹先輩が並んで座っているのを見つけて、全速力でその前を通り過ぎようと決意した。

 なんだかめんどくさい予感がすごくする。

 というか、なんで仲良く並んで座っているのかしら。
 魚肉ソーセージについて語り合っているのかしらね。もしかして。


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