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ルイ先輩とラーメン
しおりを挟むサリエルがいなくなった。
まるではじめから沙里衛士先生なんていなかったみたいに、担任は女性教師になっていたし、水泳部顧問もその女性教師になっていた。
みんな違和感なくそれを受け入れていて、私だけがサリエルのことを覚えているみたいだった。
これもきっと天使の不思議な力の一つなんだろう。
私は朝からそのことにずっと腹を立てていた。
(一方的に私をこの国に連れてきたくせに、一方的に置いて帰るなんて、なんなのよ。勝手すぎるのではないかしら!)
教室で大声で喚くわけにもいかずに、私は心の中でサリエルに呪詛の言葉を吐き続けていた。
おまけに今日は生憎の雨だ。
雨の日は、プールはない。
そのかわりに部室で鬼の筋力トレーニングが待っている。
「果林、今日は私、放課後用事があるんだよね。お父さんが珍しく早く帰ってくるから、一緒にご飯食べに行く約束してるの。焼肉食べさせてくれるって約束。すごい楽しみ」
「僕も、今日は用事。妹の具合が悪いから、買い物して早く帰ってきてって、母親からメール」
サリエルに苛立って、さらに憂鬱な雨の日に、三月と楓は部活に来ないのだという。
けれど、用事があるのなら仕方ない。
私は二人に別れを告げて、放課後水泳部の部室へ向かった。
荷物を持って、傘をさして部室の前に行くと、ルイ先輩が珍しく制服のまま待っていた。
いつもはたいてい体操着か、ハーフパンツのみの半裸に近い格好をしているルイ先輩の制服姿というのは珍しい。
スタイルが良いから、制服がよく似合う。
どこか野生的な見た目をしているので、やはり傭兵の雰囲気がある。
「来たか、果林。三月と楓は今日は休みらしいな」
「ええ。用事があるとか」
「雨だし、泳げねぇしな。たまには、俺たちも帰るか」
「良いのですか? トレーニングは?」
「水泳部に入ってからずっと、果林は毎日真面目に頑張ってるからな。すっかり痩せたな」
「努力は裏切らないのですわ」
私は当たり前だと、頷いた。
ゆるくなったスカートは、お母様が縫い直してくれた。
シャツは大きいけれど、ゆったりとしていて着心地が良いぐらいだ。
「そこで、俺が頑張ったご褒美に、今日はお前にラーメンを奢ってやろう」
「ラーメン……」
「嬉しくねぇのか?」
「ダイエットの敵の予感を感じますわね」
「たまにはしっかり食わないと倒れるぞ。それに水泳部を続けていれば、痩せることはあっても太ることはねぇよ、少しラーメンを食べるぐらい大丈夫だ」
「……ルイ先輩は、よく食べますの?」
「食って動く。健康的だろ? 先輩が奢ってやるって言ってんだから、喜んでついてこい、果林」
「はぁ……」
良いのかしら、ラーメン。
この国に来てから、美味しそうな料理の味の概念だけを知っている状態だった私。
ラーメン、食べても良いのかしら。
ルイ先輩が私を何度も呼ぶので、私はしぶしぶルイ先輩に従った。
いえ、正直、ラーメンの誘惑に負けた。
ルイ先輩のいうとおり、たまには良いのかもしれないと思ってしまったからだ。
私らしくもないけれど。
でも、今日はサリエルもいなくなってしまったし、雨だし、それに。
紅樹先輩に聞かなければいけないことがあるし。
果林とも、話し合う必要がある。
やることが多くて、しかも憂鬱だ。
だから、ラーメンを食べたら元気が出るかもしれないと思ったのだ。
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