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はじめまして、こんにちは
しおりを挟むーー死にたくないと、思った。
三月ちゃんと、せっかく仲直りできたのに。
学校に行くのが、苦痛じゃなくなったのに。
お母さんが、毎日泣かないで、明るく笑ってくれるようになったのに。
お兄ちゃんが、私に謝ってくれたのに。
水泳部も、楽しくて。
ラーメンも餃子も美味しくて。
シャーロットの視界を通して見ていた世界は、明るい光に満ちていた。
私ももう少し、それを眺めていたいと思った。
シャーロットの見る世界を、眺めていたいと。
それは全部、私がつくりあげたものではないけれど。私が、譲り受けて良いものではないけれど。
けれど、私がここで何もかも諦めて、投げ捨てて良いものじゃない。
シャーロットが私のために残してくれた、宝物みたいな世界だ。
一歩、川に踏み出していた。
踏み出したところで体の所有権が、私に戻った。
私は白沢果林。
シャーロットは、もういない。体のどこにもいない。消えてしまった。もう話すこともできない。
「シャーロット……」
雨天のせいで水嵩と勢いが増している川に足を取られて、そのまま流されそうになる。
喪失感が胸を締め付けて、涙なのか雨の滴なのか判別のつかないものが、頬を流れ落ちる。
普段は浅く穏やかな川の淵の、草むらにしがみついた。
このままでは流されてしまう。判断が、わずかに遅かったのだろう。
全部私のせいだ。私が、死にたいと願ったから。
でも今は違う。もう少し、生きたい。生きていたい。シャーロットの残してくれたものを大切にしたい。
だってシャーロットが、私を認めてくれたのだから。
「白沢さん!」
力強い声に名前を呼ばれた。
大きな掌に、両手を掴まれる。
流されかけていた体が、ずるりと川から引き摺り出されて、私は川縁に倒れ込んで、ぐったりしながらはあはあと息をついた。
靴が片方流されてしまっている。
服は泥だらけで、髪もぐちゃぐちゃだ。
降りしきる雨が、体にぶつかって弾けていく。
ビニール傘が、転がっているのが見えた。
それから、私の横で座り込んでいる紅樹先輩の姿。
「間に合って、よかった。無事で良かった」
「……紅樹先輩」
「雨の日は、川に近づいたらいけない」
「ごめんなさい。助けてくれて、ありがとうございました。……先輩は、水が苦手なのに」
呼吸を整えてお礼を言うと、紅樹先輩は困ったような笑みを浮かべた。
「必死だったからかな。忘れてた。ともかく、白沢さんが流されなくて良かった。水は、怖いから」
「……先輩。……私」
シャーロットだった私は、紅樹先輩のお店でアルバイトをしていた。
けれど、果林としての私は、紅樹先輩と親しくない。
どうしていいかわからずに、倒れ込んでいた川縁から体を起こす。
紅樹先輩は先に立ち上がると、私に手を差し伸べてくれた。
「大丈夫、俺も君と、同じ。……はじめまして、白沢果林さん」
「私は、……私は、白沢果林です。蒼依の妹の、いじめられていて、すごく、太っていて、……シャーロットと違って、気がよわい、果林です」
「俺は、榊紅樹。セルジュと違って、嘘つきで暗くて、誰のことも好きじゃなくて、いつも死にたいと願っていた、借金まみれの」
私は紅樹先輩の手をとった。
それからどちらともなく、変な自己紹介だと言って笑った。
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