現代妖奇譚

束原ミヤコ

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カグツチの賭け

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 ◆◆◆◆


 カグツチが左手の人差し指で示すと、飾り棚の鳥籠がふわりと浮いて、ひとりでに寝台の上まで移動する。
 鳥籠の中に白く光る芍薬の形をした宝石を丁寧に入れた。

 芍薬は白い光を点滅するように強めたり弱めたりしている。
 魂の輝き方は感情の揺れにより左右される。カグツチの言葉により戸惑い苦しむほど、光はより美しく強まった。

 暫く寝そべり、鳥籠を傍らに置いて満足げに眺める。

 宝石は頼りなく薄ぼんやりとした光を放っている。彼は籠の隙間から指を差し入れると愛でるように軽く撫でた。
 ややあって部屋の入り口から、足音が響くのが聞こえ、カグツチはゆっくりと起き上がった。

 ――カグツチが幽閉されたのは気が遠くなるほど遠い昔の事だった。
 カグツチは、アマテラスとツクヨミという二人の兄と共にイザナミから産まれた。

 高天原にはアマテラス、幽世にはツクヨミが、それぞれ父であるイザナギから管理を命じられていたので、カグツチは余った現世で好きに暮らしていた。

 管理をするというのは性に合っていないし、どうせなら楽しい方が良い。
 自分が楽しければ何でもした。それが悪かったらしい。

 アマテラスは頭が固く、ツクヨミは潔癖だとカグツチは思っている。
 カグツチの在り方が兄弟たちには気に入らなかったようで、冥府を治めている母と結託してカグツチをこの部屋へと閉じ込めた。

 部屋の中では好きなように己の力を使えるが、部屋から出る事はできない。
 禁呪を持って助力請われれば力を貸したが、現世に直接関われるわけではなかった。

 美しい魂を愛でるのは、無聊を慰めているに過ぎない。
 多少の気晴らしにはなったが、死にたくなるほど退屈な事には変わらない。

 元々はじめじめとした牢屋のようだった場所を神殿のように作り替え、天井に星空を浮かべてみたものの、全てやまやかしだ。幾度か外に出ようと試してみたが、部屋の入口には結界が張ってある。

 外に出ることはできなかったし、結界を踏み抜いたことに気づくと、イザナミがやってきて穏やかに言うのだ。

「あなたが外に出るためには、足りないものがまだあります。無駄なことはやめなさい」と。

 足りないものとは何なのか、何の変化もないこの場所で、その足りないものがみつかるとは思えない。
 神は死ぬことができない。
 永遠にこの部屋に居続けるのかと思うと、残酷な気分になり、不必要な魂達を引き裂いたこともある。
 苦しみ呻く声で多少は気が晴れたが、それも一瞬の事だった。

 ――結界のある入り口から、二人の人影が入ってくる。
 捧げられた魂を助けにここに生きた人間が来るなど、後にも先にもこれが初めての事だ。

 久々に、少しばかりだが、心が躍るような気がした。
 カグツチには出ることのできない結界から簡単に中に入ると、漆間涼と八津房尽はカグツチの座る寝台の前で足を止めた。
 涼の隣には風伯が浮かんでいるが、カグツチの姿を見ると本能的な恐れを感じたのだろう、涼の後ろへと隠れるように下がった。

「よく来た。黄泉比良坂を降り、亡者の巣を越えてきたんだろう、長い旅路だったな」

 カグツチは言った。
 涼は表情を変えず、尽は僅かに嫌そうに顔を顰めて口を開く。

「招待に預かり光栄だと言いたいが、ここまで案内したんだ、琥珀を返す気があるんだろ?」
「そう急くな。なんせ久方ぶりの客人だ、少しは話でもしようじゃないか」
「話?」

 不思議そうに涼が言う。
 カグツチは彼に視線を移すと、口角を上げた。

「漆間涼だな。人の身でよくここまで来た。漆間昴の魂は俺の元に来たが、お前は父を助けに来たのか?」
「昴は、父さんは死んだ。死んだ人は生き返ったりしない」
「お前の言う死という意味なら、琥珀も死んだ。同じ事じゃないか」
「琥珀の体はまだ生きてるって八津房に聞いたよ。父さんとは違う」

 臆せずに話す涼を、風伯が心配そうに見つめている。
 けれどカグツチには敵わない事が分かっているのだろう、彼の後ろから出てこようとはしなかった。
 カグツチは涼に向かい、指先を二本差し出す。

「どちらも魂なのだから同じだろう。お前に昴の魂、琥珀の魂、どちらか一方を返すとしたら、どちらを選ぶ?」
「琥珀」

 悩む様子もなく、躊躇わずきっぱりと涼は言った。

「父を見捨て、女を助けるんだな。冷酷な事だ」

 見下すようにカグツチに言われたが、涼は特に気にした様子もなく頷く。

「そうかもしれない。でも、俺は琥珀を選ぶよ」
「お前の父は、ここにいるかぎり地獄の責め苦を受けているとしても?」
「だとしても、琥珀を連れて帰る。そのために来たから」
「お前は己の目的のためなら、他者を見捨てることも厭わないようだな、漆間涼」

 カグツチは喉の奥で笑うと、視線を尽に移した。
 尽は涼とカグツチのやり取りを静かに見ていたが、カグツチの興味が移ったことに気づき、面倒臭そうに嘆息した。

「さて、八津房。全てはお前が蒔いた種だが、自分で刈り取りに来たのか? 琥珀を連れて帰り、どうするつもりだ」
「それはお前には関係のない話だろう」
「那智から聞いているな。現世に琥珀を戻せば、いとも容易く妖に食われるだろう。それでもお前はそれを望むのか? 俺ならば至上の幸福と安寧を与えられる。俺の檻に居た方が幸せだとは思わないか」

 尽は一瞬逡巡するように言い淀んだが、軽く首を振ると肩を竦める。

「琥珀は生きることを望むことを、怖がっていた。本当は、生きたいと望んでいる。お前の檻はまやかしだろう。琥珀が生きる限り、俺が守る。それが償いだからな」
「償いとは、都合の良い事を言う」

 カグツチは尽の言葉を嘲笑う。

「償いの為に傍に居るとは、耳障りの良い都合の良い言葉だ。お前は息をするように偽りを吐く。事ここに及んでも、その悪い癖は治らないようだな」
「あぁ、そうだな。それは建前だ。性格ってのは馬鹿みたいに長く生きても治らないらしい」

 尽は深く溜息をつくと、何かを振り切る様に言う。

「俺は俺の生きる目的が欲しい。琥珀の傍で琥珀を守りたい。共に生きたい」
「それは、依存だ。女を守って死ぬことを生きる意義にするなど、相手にとっては害悪でしかないな。それにお前は人の身であるとき、女を守れず失っているだろう。同じことを繰り返すのか?」

 カグツチに言われ、尽は小さく舌打ちをした。

「随分と懐かしい事を持ち出してくるんだな。お前たちにとっては、過去も今もそう変わらないのか? それはもう終わった事だ」
「八津房、お前は失ったものの穴を埋めようとしているだけだ。不義理な事だな」
「漆間も言っていただろう。死んだ人間は蘇らない。それはただの記憶だ。過去を今と混同する程、お前たち不死の神様とは違って、耄碌してない」

 尽の皮肉に、カグツチは目を細めた。
 カグツチにとっては蟻が強がっているようなものなのだろうと、尽は思う。
 彼は特に怒った様子もなく、首を傾げる。

「お前は皆を見捨て、一人生きている。皆を見捨てたお前に、琥珀と生きる価値はあるのか」
「……そうだな。過去は過去だが、あったことは事実だ。俺は確かに誰も守れず、一人生き残った。今でも目を閉じれば、土蜘蛛に殺される皆の姿を思い出す。耳には苦痛や悲鳴がこびりついてる。それでも、それは、終わった事だ」
「良い事を一つ教えてやろう。土蜘蛛は冥府にはいない。現世にて生きているぞ。お前の存在を知り、琥珀を知れば、お前を苦しめようと躍起になるだろう。それでも傍に居ると言えるのか」

 カグツチはゆっくりと穏やかな声音で言った。
 尽は息を飲む。目を見開いて二の句が継げない彼をちらりと見ると、涼が言葉を繋ぐ。

「八津房、俺はあんたが何なのかは知らないし、あんたたちの話が何なのかも分からない。でも、守りたいと思う事に理由が必要だとは思わない。あんたがそうしたいなら、そうすれば良い。……俺もいるし、きっと大丈夫だと思う」

 涼を唖然とした顔で見て、それから尽は気が抜けたように長く息を吐いた。

「よくもまあ、何も知らないくせに……」
「八津房、迷うのは終わってからで良いんじゃないか。俺は琥珀を連れ帰る。その為に来たし、それ以外はどうでも良い」

 カグツチは思案するように口元に手を当てると、暫く黙り込む。
 傍らの鳥籠を眺めて、それから視線を涼と尽へ向けた。

「お前たちの事はよく分かった。場合によっては返してやることもやぶさかではなかったが、やはりただで返すのはつまらない。ここで一つ賭けをしよう」
「賭け?」
「どうせろくでもないものだろう」
「今からお前たちの体を少しづつ切り刻んでいく。何、死にはしない。切り刻むのは魂だ。肉体を損なう訳じゃない。最後までお前たちが耐えればお前たちの勝ちだ。お前たちが勝てば、琥珀を返してやろう」

 そういうと、カグツチは片手を伸ばした。
 途端に涼の右腕が、炎に焼かれてぼろぼろと崩れ落ちた。


 ◆◆◆◆

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