リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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遺跡探索と雪解けの春

 昔の夢と校外学習の終わり 2

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 目を開くと、視界いっぱいにフィオルド様の美しい顔が広がった。長い睫毛が頬に影を落としている。アメジストに似た美しい色合いの魔法石の耳飾りが、きらきらと輝いている。

 アイスブルーの瞳は、晴れ渡った空にも、透き通った海にも似ている。
 万年雪や氷山を連想していたけれど、それよりもずっと綺麗で、あたたかく、柔らかい。

 フィオルド様は私を腕に抱いて、小部屋の壁に背中を預けて座っている。
 私の制服は綺麗に直されていて、フィオルド様も脱いだジャケットもリボンタイも元通りになっていた。

 気を失う前のことを思い出して、一気に顔が赤くなる。

 それから、――何かとても苦しい夢を見ていた気がして、胸が切なく疼いた。
 けれど、思い出せない。

「……もう、体に異変はないか? 落ち着いただろうか」

「……っ、はい、……大丈夫、です」

「そうか、良かった」

「あ、あの、ありがとうございます……」

「謝るべきは私だ。お前の救出が遅れた、私の落ち度だ。すまなかった」

 私はふるふると首を振った。

 あんなことがあったのに、フィオルド様はすごく落ち着いていて、私よりも二つ年上というだけなのに、とても大人びて見えた。

「それに私は、このような場所で、お前にひどいことを。……気持ちが通じたばかりだというのに、お前を傷つけてしまった」

「い、いえ……!」

 少し目を伏せただけで、フィオルド様の印象はずいぶんと儚げなものになる。
 ずきりと胸が痛んだ。

 私は傷つけられていないし、ひどいことをされたとも思っていない。
 助けていただいたし、それに、すごく――なんていうか、幸せだった。

 伝えなきゃ。

 言葉にしなければ、何も伝わらない。

 フィオルド様は沢山私に好きだと言ってくれた。大切にすると言ってくれた。謝ってくれたのに――私は、何もできていない。

「わ、私、すごく、気持ち良くて……それで、その、優しくしていただいて、嬉しかったです」

 震える声で、なんとかそれだけを伝えた。
 声は相変わらず小さいけれど、これだけ近くにいるのだから、きっと聞こえたわよね。

 すごく恥ずかしくて、顔から火が出そうになる。瞳が潤んで、涙の膜がはった。

 ちゃんと伝わったかどうか自信がなくて、うかがうようにフィオルド様を見上げると、フィオルド様の背後の壁が一瞬のうちに凍り付いて、氷の結晶が小部屋中にきらきらと舞った。

「……っ、リリィ、……記録石を持って、帰ろう。私のせいで、私たちには空白の時間が長くできてしまった。今までの、十六年分の償いをしたい。お前には、苦しい思いをさせてしまった」

「フィオルド様……」

「過ちに気づくことができて、良かった。……私は、お前をずっと」

 フィオルド様はそこで一度言葉を区切った。
 それから、軽く頭を振ると、私を腕に抱いたまま立ち上がった。

 軽々と私を抱いて歩くフィオルド様はとっても頼もしくて、私はうまれてはじめてのお姫様抱っこにどきどきしながら、フィオルド様の腕の中でゆられていた。
 本当は歩いたほうが良いのだろうけれど、両足に力が入りそうにない。

 フィオルド様の腕の中にいたからか、それから何度かスライムやら謎の触手に遭遇したけれど、私は無事だった。
 魔物が私を捕食する前に、フィオルド様が氷漬けにして倒してくれたからだ。

「はじめから、こうしておけばよかった。すまなかったな、リリィ」

 もうすぐ目的地の記録石のある場所だ。
 その部屋の前でフィオルド様が後悔するように言った。

「そんなこと、ないです。……私、はしたない姿を見せてしまいました、けど……でも、フィオルド様にこうして、……そ、その、あの……優しくしていただけるから、幸せです」

「……可愛すぎて、死ぬ」

「フィオルド様……?」

「いや、なんでもない」

 今何か、死ぬとか、死なないとか、聞こえたような気がした。
 また皇帝陛下の死を望んでいたのかしら、フィオルド様。

 バルツス、死ね。という言葉を何度聞いたかしら、私。
 フィオルド様に皇帝陛下について尋ねたい気がしたけれど、そこまで踏み込んで良いのか分からずに、結局私は何も聞けなかった。

 遺跡の最奥で手のひら大の水晶に似た記録石を手にすると、私たちは帰路についた。

 私は――この時、記録石には遺跡内部での学生の様子を記録して、あとで先生が評価をする役割があるということを、すっかり忘れていたのである。
 
 
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