リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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遺跡探索と雪解けの春

遺跡からの帰還 1

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 校外学習の遺跡から馬車で学園まで戻り、フィオルド様に私は学園寮のお部屋まで送っていただいた。
 女子寮と男子寮は隣り合って建てられていて、女子寮は当然ながら男子禁制になっている。

 壮年の寮母さんにフィオルド様は「リリィは怪我を。部屋まで運ばせて欲しい」とお願いしていた。寮母さんは二つ返事で了承してくれた。

 他の女生徒たちに驚いた視線を送られながら、フィオルド様は堂々と私を部屋まで抱き上げて運んで、ベッドの上におろしてくださった。
 寮の部屋に誰かを入れたのははじめてだ。

 ダブルサイズの白いベッドには、公爵家から連れてきたクマのぬいぐるみが置かれている。
 子供っぽいことは理解しているけれど、一人ぼっちの寮生活で、クマのぬいぐるみは癒しだ。抱いて眠るとよく眠れる。

 誰にも見られないと思っていたから、少し恥ずかしい。

「今日はゆっくり休め。今は、痛みや怠さはないか? 魔力をずいぶん多く奪われただろう。多少、補充をしたが、あれで足りたかどうか……。本当は、治療師に診てもらうべきだとは思うが」

 ベッドに横たえた私の額に触れると、フィオルド様が言った。

「……大丈夫、です。体、もうつらくない、ので」

「そうか。……治療師も苦手か?」

「その、……ごめんなさい」

 今はもう、体はなんともない。どことなく甘い疼きが残っているような気がするだけだ。
 気怠さは感じるので、ベッドに寝転がっているのはとっても気持ち良い。

 保健室に行けば治療師の先生の治療を受けることができるけれど、それよりも今は部屋にいたい。何があったのかを聞かれたり、体を調べられるのは得意じゃない。

 フィオルド様は私の気持ちを見透かしたように、静かな声音で言った。
 謝る私の頬をさらりと撫でると、髪を撫でてくださる。

「構わない。私としても、……もしお前の体に、媚薬の残滓が残っていたとして、治療師にそれを調べられるのはあまり、歓迎できない。リリィ、お前の侍女はいないのか?」

「学園の、寮の規約で、侍女は連れてきてはいけないって……」

「そんなものは建前だろう。皆、連れてきているものと認識しているが。……まさか、リリィ。ずっと、一人だったのか?」

 驚いたように言うフィオルド様を、私も同じように驚きながら見つめた。

「は、はい……そういう決まりだって、思っていて」

「かつては確かにそうだった。かなり厳しかったようだが……今は、事情があってかなり、規則もゆるくなっているはずだ。知らなかったのか」

「わ、私……お話、する、お友達も……いなくて。だから、そういうこと、あまり知らなくて……」

 自分で言って、情けなくなってしまった。
 知らないことばかりだ。

 私はずっと一人で、だから、尋ねる人もいなくて。周りに目を配る余裕もないから、皆が寮でどんな生活を送っているかなんて知らなかった。

 寮には寮付きの侍女の方々が何人かいて、掃除や洗濯などの部屋の管理は行ってくれている。誰が寮付きの侍女で、誰がそうではないかなんて、私にはわからない。

「リリィ、そんな顔をするな。責めているつもりはない。本来は、私がお前に教えるべきことだった。ここでの生活の仕方や、決まりについて。頼れる者もいなかったのだな、リリィ。すまなかった。不自由だっただろう」

「大丈夫、です。一人でいるの、慣れていて……」

 フィオルド様に、私のせいで悲しそうな顔をさせてしまった。
 胸が痛む。それ以上に、底のない穴に真っ逆さまに落ちていくような不安を感じる。

 今までずっと、舞踏会やお茶会、晩餐会などでは、一人でいることが多かった。

 だから、得意ではないけれど、少しは慣れていると思う。
 フィオルド様を元気づけるつもりで言ったのに、なおさら悲しい顔をさせてしまった。

「本当に私は愚かだな。……最低だと、罵ってくれて構わない。婚約破棄を望まれても当然だと思える態度を、ずっと私は。それでも、私はお前を離したくない。身勝手で我儘だと、理解している」

「フィオルド様、私も、……フィオルド様のこと、知ろうとしなくて。だから」

「お前は何も悪くない。全て私の責任だ。……私に、償わせてくれるか」

「……私、怒ってない、です。でも……これからは、一緒に……」

 声が震える。
 遺跡でのことは、非日常の世界で起こったことで、現実に帰ってきてしまったら、全て失われてしまう気がした。

 明日朝起きたら、全ては元通りで。私は一人ぼっちで、フィオルド様には嫌われていて。

 私は自分に自信なんてまるでなくて、何一つ変わらない、今までと同じ毎日が繰り返されていて。
 そう、思ってしまう。
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