リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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遺跡探索と雪解けの春

同室ぐらし 1

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 フィオルド様の学園でのお部屋に入ったのは、当然だけれど初めてだ。

 女子寮から離れた場所に男子寮がある。けれどフィオルド様は生徒たちが皆で暮らしている男子寮ではなく、その隣にある立派なお屋敷で過ごしているそうだ。

 婚約者なのにそんなことも知らなかった私。本当に駄目よね。
 けれどフィオルド様と私の間には渓谷よりも深い溝があって、学園に入学してからフィオルド様に校外学習について呼び出されるまで、ろくにお話もしなかったのよ。

 それに、入学する前は時折公務や晩餐会や舞踏会などで顔を合わせる程度だったし、ここでもほとんど話をしてこなかった。
 私は言葉を話すのが苦手だったし、何よりフィオルド様が怖かったし、フィオルド様もずっと不機嫌そうだったし。

 だから、抱き上げて運んでくださって、それに、一緒に過ごす時間を持つなんて、考えたこともなかった。

 古めかしいながらに質の良い邸宅は、歴代の皇太子殿下が過ごす場所なのだと、フィオルド様は説明してくださった。

 お屋敷は広いけれど、使用人の方々はほんの数人しかいなかった。
 フィオルド様の言うように、男性だけだ。それも、皆さんご高齢の執事の方々だった。

 私を寝室に運ぶと、フィオルド様は一度寝室から出ていった。

「……ここ、フィオルド様の寝室なのかしら」

 それとも、客間なのだろうか。
 さらりとした白いシーツのかけられた大きなベッドに、天井からは雨の雫に似た魔導ランプが吊り下げられている。

 大きな窓にはレースのカーテンがかけられていて、外は見えない。
 もう夕方に近いようで、カーテンの向こう側からこぼれる陽光は少し薄暗い。

 一人きりになった私は、両手で顔を押さえると、思う存分ベッドの上でごろごろ転がった。

「フィオルド様……」

 好きだって、愛してるって何度も言っていただいた。
 はじめてキスもしたし、それから、それから。

 ものすごく、甘えてしまったような気がする。

 気持ち良くしていただいた時のこと、全部覚えているわけじゃないけれど、甘えことをたくさん言ってしまったような気がする。

 うっすらと思い出した記憶の中のフィオルド様は艶やかで嫣然としていて、美しくて、私の体にとても優しく触れてくださった。

 思い出すと、顔が真っ赤に染まった。
 体には甘い気怠さが残っている。体に残る記憶が、あれは夢ではなかったと私に教えてくれるみたいだ。

「リリィ?」

「……っ」

 ひとしきり、恥ずかしさと嬉しさを発散するためにごろごろしていると、フィオルド様の声が聞こえて、私はぴたりと動きを止めた。

 扉が開く音がしなかったような気がする。記憶に浸るのに夢中で、聞こえなかっただけかもしれない。
 恐る恐る顔から両手をどかすと、フィオルド様が私を心配そうに見下ろしていた。

「大丈夫か」

「だ、大丈夫です……」

「一体何を?」

「そ、その、……あの、……幸せを、噛み締めていました」

 私の奇行の理由を素直に白状すると、フィオルド様は俄かに目を見開いた。

 一気にフィオルド様の周囲に氷の結晶が広がる。
 フィオルド様は口元を押さえて、視線をそらした。氷の結晶も、一瞬のうちに消えていった。

「具合が悪いわけではなくて?」

 気を取り直したように、フィオルド様は言った。


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